雪男1
グレンは早朝からため息をつく。
気が抜けてしまっていたとはいえ、気付いたら寝てしまっていたことを恥じているようだ。
しかもアッシュを枕にしていた所をこいつらに普通に見られてる。
へこんでいる様子のグレンに追い打ちをかけるように隣で座っていたアッシュが横からケタケタと笑っていた。
「はぁ……、本当にいつもならしないんだが……。しくじった……」
「あはは!よく寝てたね!そんなに眠かったのかっな?!」
ズムッとグレンは片手でアッシュの口元を手で鷲掴みする。もがもがともがくアッシュにグレンは機嫌が悪そうな顔でこちらを睨んできた。
「いい度胸だな、アッシュ。お前、今もイカは大好きか?」
ニッコリと黒い笑みを浮かべるグレンにアッシュは首を横に振ろうとしたがガッシリと掴まれてて顔が動かせない。強制的に縦に動かされた。
「そうかそうか、今もイカは大好きかぁ。次の街に着いたら是非ともお前に極上に美味い生のイカをプレゼントてやろう」
「ご、ごべんなざい……っ」
「いやいや、元々は私の失態だ。それを慰めてくれたのだろ? なぜ謝る?」
「いや、ほんど、ずんまぜん……」
そんなやり取りを朝食を作りながら見ていたエドワードは”仲良いな、こいつら”と思いながら、そういえば何故イカの話をしてるのかと首を傾げる。
「なんでイカなんだ?」
まだアッシュの口を摘んだままのグレンはこちらに視線だけ向けて掴んだ手でアッシュの顔をエドワードに強制的に向けながら言う。
「こいつ、イカが嫌いなんだ」
「イカが?なんでだ?」
「さぁ。本人に聞いてみろ。生は特に嫌がる。焼いてるのでもあまり好んで食べないからな」
「ふぅん」
そういえば、水の都にいた時にイカ料理出てたが確かに一口も食べてなかったし、個別できたご飯の時もイカだけ弾いてた気がする。そんなに嫌いなのか?
「ま、イカ以外でもこいつの黒歴史くらい、いくらでもある」
「もががっ!」
どうにかグレンの手を振りほどこうとして抵抗するも全く振りほどけない。少しして急にパッとアッシュの口元からグレンは手を離す。
唐突に手を放されたため、後ろに転げ落ちる。落ちてすぐ上半身だけだがバッとアッシュは起き上がっってグレンに向けて指をさす。
「そ、それを言うなら僕も君の黒歴史くらい、いっくらでも知ってるよ!!」
「ほぉ、私の黒歴史、なぁ」
ニヤリと笑った彼にアッシュは悪寒が走る。ゆっくりとグレンは立ち上がってアッシュの目の前に立つ。
プルプルとするアッシュはまるで親猫に怒られかけてる子猫のようだ。
「どうした?言ってみろ」
「……た、大変申し訳ございませんでしたぁ……っ」
くぅっと渋い顔をする。ぐうの音も出せないアッシュは絞り出すように言い放つ。
そのままグレンはぐりぐりとアッシュの頭を撫で回す。
「ふん。出来ないことを言うな」
「うぅー……」
「さて、朝食を食べたら山を下る。アリスたちにも伝えててくれ」
「ん、わかった」
小さく頷いてエドワードはアリスたちの元へ。残ったアッシュとグレンは互いに顔を見合わせる。
正直こういうやり取りは本当に懐かしく思える。昔はもっと小さい時だったけど……。
「あはは、主が見てたら笑われそうだね」
「……ふん」
昔、僕たちが仕えた”僕たちの主”。今はもうこの世にはいない人。
だからこそ、少し不思議なところがあった。
「……君はなんであいつに仕えてるのか本当にわかんない」
「まぁ、お前に殺される前のことであれば話してやってもいいぞ」
「じゃあ一生来ないね」
「なんだ、一生は無いだろ。お前が答え聞いたらどうするかはわからないからな」
「だから、殺さないっての……」
グレンの回答にアッシュはムスくれながらそっぽを向いた。
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朝食後、いざ下山ということで、意気揚々とする。下山先の少し向こうにお城が見えているのであれが恐らくスノー・レインなのだろう。
ただ、降りる先は綺麗と言っていいほどほぼ垂直な崖だ。これ、どう降りるんだろうと、思っているとグレンが何かを大きい馬車の荷台のようなものを取り出してきた。肩車でグレンの上にいたアッシュがグレンの頭をちょんちょんと突きながら聞く。
「何それ?」
「ソリだ。本当はそのまま飛んでいきたいが……」
チラッとアリスたちの方をみる。”飛ぶ”という言葉に全力で首を横に振っている。
アリスたちの反応にため息をしながらソリをコンコンと叩く。
「と、言うわけで、これでいけるところまで滑ってもらう」
「これ、滑ってる最中に激突とかしねぇの?」
「しないために私が操作する」
パチンと指を鳴らすと少しだけソリが浮かぶ。グレンは浮遊魔法で浮かせたソリの中にアッシュを座らせる。
「ある程度滑ったらまた歩く。これなら今日中に下山できるはずだ」
「行きの時はえらいぶっ飛んだ方法で登ったもんね……」
そう。本当は昨日のうちに登れるとは思っていなかった。2日くらいかかると思っていたんだけど、その手段が結構大胆だった。
「なんだ。普通に結界張ってパチンコ玉の要領で飛んだだけだろ。怪我はしてないし、時間短縮にもなっただろ」
「僕は楽しかったけど、みんなそれのおかげで昨日満身創痍だったんだからね」
そう。実は歩くのが非常に時間かかるとのことで、グレンは結界魔法と氷魔法を使って山頂まで登って行った。登ったというよりも飛ばされたのが正解だろう。そのためアリスたちも、飛ぶのは勘弁してほしいと思っているという事だ。
グレンはソリの一番先頭の台の上に立って準備完了したのかアリスたちの方を振り向く。
「さて、行くぞ。早く乗れ」
「き、昨日みたいなことない?昨日、早く登れるからって安易に乗ってすんごい怖い思いしたんだけど……」
「ただ滑り降りるだけだぞ。前回みたいに上空に飛ぶわけではない」
「なら、いいけど……」
恐る恐るアリスから乗っていく。
昨日の飛ぶ案が怖かったのか、全員乗ったかと思うと何故かアリスとエドワードは僕にしがみつく。なんだろうと振り向くと真っ青な顔した二人。
「ど、どうしたの?」
「めっちゃ怖い」
「お前に掴まっていた方が安心するんだ……」
「そ、そう?それはーーうわっ⁈」
アリスたちの言葉に今度は他の3人もアッシュの服や腕を掴む。みんな思ってることは同じのようだ……。
先頭に立っていたグレンが全員乗ったのを確認した後、指を鳴らすとソリに蓋をするように結界が張られる。結界の外にいるグレンは首にかけていたマフラーの下から大きめのゴーグルと、つけているマントのフードを深く被る。
「いくぞ」
そう言って、片足を軽くあげたかと思うとソリの頭部分を踏みつけるように足を振り下ろす。その勢いでソリは大きく前に傾いていく。その傾き中にアリスは段々涙目になっていく。
「ちょっと、これやっぱり……!」
「おぉ」
アッシュを掴む手に力が入ってるが掴まれている当の本人は目をキラキラさせていた。
完全に傾いたソリは重力に従ってそのまま滑っていく。ほぼ垂直に滑るソリはどんどん加速していく。加速する勢いをうまくコントロールしながらあまり揺れないようにグレンは魔法で微調整していた。道中の岩や木を躱していく。
それでもかなり怖いのだろう、リリィ以外の叫ぶ声がアッシュの後ろから聞こえてくる。
「ムリムリムリムリムリィィィィ!!」
「アリス、大丈夫だって。外もほら綺麗だし。安全運転してくれてるから安心しなよ」
「そ、外って見れる余裕なんてそんな無理です!!」
「お前マジなんでそんな呑気にいれんだよぉ!!」
「あはは、大丈夫だよ。ほら、よく見て。そんなに揺れてないし、外、本当に綺麗だよ」
しがみついてるアリスとエドワードたちの腕をアッシュは諭すように言うと、エドワードはどうにか視線だけでも外を見る。
視界には確かに綺麗な雪景色が広がる。頂上から見たのとはまた違う景色。キラキラ光る空には朝にも関わらずオーロラと言われるものだろうか、そして樹氷がキラキラと光の反射で光っており、とても綺麗だった。
思わず見惚れてしまう。
「あはは、世界樹も見えるから結構、幻想的だね」
「あぁ、そうだな……」
そう呟いたエドワードの声にアリスたちもそちらを向いては目を輝かせていた。どうやらもう怖くはなくなったようでみんな外に興味津々だ。そんな彼女たちに”みんな単純だなぁ”とアッシュは思いながら微笑む。
エドワード以外はどうにか手を放してくれたのでアッシュはゆっくりと立ち上がり、正面の方を覗き込む。器用に木々や岩を躱しており、正面からだと割と迫力がある
「ん?」
数十キロ先ではよく見れば樹氷の森が広がっている。ソリではさすがに通れないほどだ。
「おい、止まるから何かに掴まっておけ」
グレンの言葉にまたアッシュは後ろに引っ張られてみんな何故かアッシュに掴まる。
”なんでみんな僕に掴まるんだろう”、とアッシュは思うがそれで安心するならいいやと思い、アッシュは座ってる椅子に掴まる。
全員が掴まったことを確認したグレンは、タンッと後方の台に移動する。移動しながら、大きな剣を生成してソリの正面に突き刺し、グレン本人はソリが横転しないように足で押さえつける。
ザザザッと音を立てながら減速させていく。
減速がある程度できたころあいで、グインッとソリを大きく横に向ける。樹氷に当たるか当たらないかの距離で無事に止まった。
止まったことで結界魔法も解除され、グレンはつけていたゴーグルとフードを外し、こちらを確認する。
全員アッシュに掴まっていたおかげなのか、コケることもなく問題なさそうだ。
「お前、それ窮屈じゃないか?」
「え、暖かったよ?」
「……そうか。まぁお前がいいならいいが」
どう見てもしがみつきすぎて動きにくいようにしか見えないが、本人がいいならいいかとグレンは指を鳴らしてソリを消す。雪の上に落ちたアリスたちは大きくため息を吐く。が、アリスは物凄く笑顔で顔を上げる。
「はぁ~、怖かったぁ~!けど綺麗だったわね!」
「楽しかったようで何よりだ。さてここからは歩きだ」
「はーい!」
返事をしたアリスはスッと立ち上がって、樹氷の方を興味があるのかそちらを見てから軽く蹴ってみたりとしている。
”遊ぶな”とエドワードに注意されながら、樹氷の森へと進んでいく。