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とある異世界の黙示録 -蒼い守護者の物語-  作者: 誠珠。
第十三章 枯渇事件

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枯渇事件:この手が届く限り2

 温かい。


 マナの液体に呑み込まれたグレンはそれを全身に浴び、マナは彼を拒絶することなく包み込む。


 夜空を刳り貫いたように淡く輝いている液体の中、夢を見ているような感覚だった。


 ポコポコと耳元の聞こえる水の音は、まるで子守唄のようにも聞こえる。心地の良い音に耳を傾けていると、懐かしい声が聞こえた気がした。



「あなたもアッシュも、いつも無茶をしますね」

「……人の事、言えたものではないだろ。無茶されるあなたの守護者だからな。無茶の一つや二つ、今更だろ」



 ここにいるはずのない、あの方の声に思わず返事をする。


 姿は見えないのに、その声の人はクスリと笑う。



「えへへ、それはそうでしたね」



 声に振り返ろうとするが、両肩に手を置かれる。振り向いてはダメだ、と言っているようだった。


 居るはずのない、触れる事が出来るはずのない主様(マスター)。先程の幻覚とは違う。この方は、本物なのだろうかと思うほどだ。


振り返らずに黙っていると、また後ろからクスクスと小さな笑い声が聞こえた。



「でも、よかった……」

「……?」

「私やアッシュ以外にも、あなたが大切に思える人が増えたこと。大切な人が増えたのはとてもいいことです」

「…………そんなことは、ない。増えても、守れなければ、意味が無い。私の手が届く距離にあっても、守れなかった。守るためにつけた力なのに、魔法がいくら出来ようが、殺されても死なない身体になろうが、それを嘲笑うかのように、相棒も、大切にしたいと思った人も、何より、一番守りたかった、主様(マスター)の事も、肝心な時には私は、役に立ってない……」



 それがどれだけ悔しくて、虚しくて、苦しかった。だから大切な人をこれ以上作りたくなかった。

 相棒もアッシュ(アイツ)だけでもう十分だって思っていたからだ。



「いいえ、そんなことはないです。大丈夫ですよ」

「私、は……」



 私に大切な人も増えれば増えるほど、唯さえ私は、弱いのに、もっと弱くなるのが怖い。不安でたまらない。


 また、失うことが、守れなかった時が本当に怖くて、恐ろしいかったから。



「……ねぇ、私の小さくて可愛い守護者。あなたもアッシュも、私にとっては何よりもかけがえのない宝物」



 声の主は後ろからグレンを抱きしめる。かけている手に触れられると、傷が癒え、感覚が戻る。



「全部を守ろうとするのはとても大変です。だからこそ、あなたの手が届く限りでいいんです。もし、届かないなら、頼ってもいいんです。あなたは誰かを守りたいと思うほど、誰かもあなたを守りたいのです。そして、その人たちと一緒に前を向いてください。その方たちといれば、きっと大丈夫」



 抱きしめられているところからジワッと温かな体温と魔力が指から、腕へ、心臓へと巡る感覚が広がる。息苦しさも目眩も嘘のように消え失せて、感覚が研ぎ澄まされる。



「絶望に屈してはいけません。絶望は、あなたの希望を呑み込んでしまいます。恐怖に、屈してはいけません。恐怖はあなたの歩みを止めてしまいます。苦しみに屈してはいけません。苦しみは、あなたの幸せを奪ってしまいます。どんなことがあろうと、後悔や、悲しみがあったとしても、きっと光の糸口があります。その瞳に光が映る限り、光を掴んで、守ってあげてください」



 そう言われて目をゆっくりと開ける。視界に広がる夜空のような光景に強く光る星々のようなものが見える。掴み取ろうと手を伸ばしていると、背中をトンッと押された。



「さぁ、振り返らず、頑張ってください。大切な者を守るために」



 たとえ、今聞こえる声が幻聴であっても、あなたの言葉は()()()のように、私の道を示してくださる。



「あ、そうです。アッシュにも無理はしないように、とお伝えくださいね」

「はは、わかった。伝える」

「では、行ってらっしゃい」

「はい、行ってきます。主様(マスター)



 振り返らず、グレンは前へと進む。



「いつも、見守っております。私の小さな守護者たるあなたたちに、女神様の祝福があらんことを」



 サファイアの瞳を持ったその人はニッコリと笑い、彼を見送った。



 ◇



 マーテルの笑い声が響き渡る。


 だが、その笑い声は、ピタリと止まってしまった。その理由は明白だ。


 滝のように流れるマナの液体の中から何食わぬ顔でグレンが歩いて出てきた。



「……はぁああ……?」



 その姿は先程まで消えかけていたのに、消滅しかけていたとは思えないほど、身体の傷もなく立っている。


 左手にはマナの液体を零さぬように魔法なのだろうか、揺蕩う小さな水玉に入っているマナの液体を持ち、それをそのまま口元へと持ってきて呑み込む。


 ゴクリと飲み干すと、彼の周りには威圧のように魔力の高鳴りに空気は揺れていた。



「……通常、高濃度のマナは人には有害だ。人体にはもちろん精神にも支障をきたす。だが、私の身体はマナそのものともいえる。マナの液体を被ったところで私からすると命の水のようなものだ。実験なんぞしている割には理解してなかったようだな、マーテル」

「〜〜〜ッ!!!!」



 顔を真っ赤にしているマーテルにグレンはニッコリと笑う。そして、彼の後ろを追うようにマナの液体からタナトスが現れると、姿を人の形へと変える。



『さて、我の仕事は終わりか? それともアレらを消し炭にするのを手伝ったら良いのか?』

「……いいや、お前にはここにいろ。私は――」



 左手の指をパキパキと鳴らして数歩、歩く。歩いている時にグレンの髪は神子のように真っ白になり、チリチリと黄金色(こがねいろ)の火花ようなものが散る。”覚醒”状態へと、変わった。


 黄金色の瞳と同じ色の炎を纏う。



「私の相棒を奪い返す」

「ッ!! 何ボサッとしとるん?! はよ、殺すんや!!!!」



 声を合図にダンッと地面を蹴り飛ばして、落とした剣を掴む。


 最短で一気に距離を詰める。


 だが、その間には数多くのキメラが、ガスマスクたちが行く手を阻む。



「GAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!」

退()け!!」



 今の私がコイツらに負ける気は全くない。魔力が喰われる事もない。存分に、戦える。


 駆け抜けながらガスマスクたちを両断して行く。


 アルベルトのすぐ前まで行くと、大剣を肩に置き、身体をグリンッと捻りながら巨大な身体の上半身を横向きへと切り捨てて、奴に張り付く余分な肉を削ぎ落とす。


 そして、空いた手にグッと力を入れ、炎を纏わせる。



「返してもらうぞ」



 ドスンッと腕を突っ込み、掴む。ズルリと呑み込まれたナギを引き抜く。爆発魔法を放ち、距離を取る。タナトスのところまで下がり、まだ留まっているタナトスに手渡す。


 気を失っているナギの頭を撫でたあと、クスリと笑う。



「全く、何回食われたら気が済むんだ……、このバカが」

「うぅ……」



 呑み込まれたショックで気を失っているのだろう。けど、魔法が切れなくて本当に良かった。



『……コレ、どうしろと?』

「持ってろ。落としたら二度と喚ばんからな」

『お〜、怖い怖い。我は上へ行きたいんだがなぁ』

「行ってもいいぞ。貴様の嫌いなマリアが待ってるからそれでもいいならな」

『……チッ』



 露骨に嫌そうな顔をしているタナトスを無視して、再び大剣と銃を取り出す。



「さて」

「ひぃっ?!」

「装置は壊した。あとは、後片付けだ」

「〜〜ッ!! こんの、クソ女ぁあああああ!!!! さっきまで、さっきまで、虫の息やったろうがぁあぁぁっ!!!! なんでやぁあああ!!!!」

「貴様の切り札よりも私の切り札が有効だった、ということだ」



 ふぅ、と息を吐いたグレンは改めてマーテルを睨みつける。



「では、殲滅を開始する」

「殺せぇぇぇえええ!!!!」



 叫ぶマーテルだが、魔力の全快になったグレンの敵ではなかった。


 一番面倒なアルベルトからだ。まだ、ぐちゃぐちゃと音を立てながら形をなそうとするアルベルトの方まで向かう。


 奴を守ろうとするガスマスクを一掃する。


 魔法を、銃を、剣を使い、両断していき、距離を詰める。


 そして、アルベルトの前まで行くと銃に魔法を装填し、それを向ける。



「お前も難儀だな。望まれて造られたのにそうじゃなくなれば捨てられる。お前は私と似ているな」

「…………、……」

「ん?」



 アルベルトだったものは、口のようなものを形成したいる器官が何かを呟いている。



「……ナ、ギ…………、ぎ……、ゴメ……ナ……」

「……伝えておこう。もう、終わりだから安心しろ」



 意識があるのかそれともそう造られたのかはわからない。謝罪の言葉を口にするアルベルトにグレンは優しく笑う。


 装填した銃を一度アイテムボックスへとしまい、持っていた大剣に黄金色の炎が纏う。目にも止まらぬ速さで切り刻まれ、燃やし尽くされる。完全に消滅し、これ以上は再生も、復活もすることは無い。


 ザザッと勢いを殺しながら、次の標的に視線を向ける。



「次だ」



 ダンッと飛び、視界で捉えれる範囲にいる散兵に先程アイテムボックスにしまった銃を再度、取り出す。



「”殲滅魔法:神炎、拡散”!」



 パンッと放った殲滅魔法は通常の無差別に放たれるのではなく、正確にガスマスクたちを狙い撃ちをする。


 放たれた魔法の一つはマーテルを乗せている奴へと向かう。



「ひゃあっ?!」



 当たる直前に悲鳴を上げ、慌てて逃げる。だが、逃げた先は、マナの液体が満ちた1階。バシャンッと音を立てて落ちていく。



「ふぁ、あ、うぐぅううううっ!!」



 全身にマナの液体がかかったマーテルは呻き声をあげ、慌てて身体にかかった液体を落とそうとするが落としても落としても服に染み付いたマナは取れない。


 必死にしている姿が面白いのか、それを部屋の真ん中で見ているタナトスはナギを手に持ったままクスクスと笑う。



『フフフ、無様なものだな。あぁも醜く足掻くとはな』



 纏わりついているマナが奴の罪のようにへばりついているようにも見える。マナの影響であの人間ももう動けまい。


 バシャンッと音を立てて今度はグレンが降りてくる。


 その音にマーテルはハッとした顔をしてグレンの方へと視線を向けるが、グレン自身はあまり興味の無さそうに彼女から視線を逸らし、タナトスの方を見る。



「タナトス」

『ん?』

「ナギは起きているか?」

『お守りをさせておいて、全く……。起こすか?』

「一応、な」



 グレンは完全に怯えきっているマーテルの方へと視線を向けると彼女は小さく悲鳴を上げる。そんな彼女へ目を細めるながらパチンッと指を鳴らし、マーテルからマナの液体から守るように結界を張る。


 マーテルは何故、結界を張ったのかと戸惑う。それでも逃げようとしているが、奴にかけたのはマナの液体以外にその場から逃げられないように束縛の魔法もかけている。大した力ももう無いアイツでは逃げる事は無理だろう。



「それに、あとは奴次第、か、これが最後のチャンスだ」



 グレンはタナトスの所まで水飛沫の音を立てながら歩いて向かう。


 そして、眠っている彼女の額に手を当てて回復魔法を覚醒魔法、そしてマナから守るために結界魔法を唱えると、小さく呻き声を上げながらナギは目を覚ます。

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