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とある異世界の黙示録 -蒼い守護者の物語-  作者: 誠珠。
第十三章 枯渇事件

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枯渇事件:この手が届く限り1

 呑み込まれたナギを、グレンはただ見ているだけしか出来なかった。



「な、ナギ……」



 ……嗚呼、また、だ。あの時と、同じだ。レイチェルの時と同じ。

 手が届く範囲だったのに。


 助けられない。


 守れない。


 救えない。


 私の力は、何のためにあるのだろうか。



「く……そ……!!」



 ガリガリと爪を立てて地面を引っ掻く。薄く消えかけた指が砕ける。


 正直、ずっと迷っていた。

 撤退し、立て直してから向かうか、それともこのまま捨て身覚悟で殺すべきか。だが、今はどちらを選ぼうとも、ナギにかけた保護魔法が切れてしまえば、きっともう、助けられない。そして、このままだと、私は本当に死ぬ。


 せめてあの装置を破壊するか、もしくは故障させるだけでもいい。直す時間を作らせてその間に今度こそ破壊してしまえばどうにかなる。殺すのはその後でも可能だ。


 ……だが、もし……。


 もし、アイツがこの場からいなくなり、他の龍脈や龍穴を脅かすのであれば、きっとあの森だけではすまなくなる。


 ヘタすれば世界樹そのものが危険だ。

 それでは、輪廻転生する、神子が、主様(マスター)が帰って来れなくなる。それだけは、阻止しなければ……!!



(もし、死ぬとしても、ここで……ッ!)



 このまま、何もせず、何も守れず、消滅してしまうわけにいかない!!



(いや、まだだ! 命なんてない、私に唯一、あるもの、魂を、魔力に変換しろ……!!)



 主様(マスター)アッシュ(アイツ)を、私が守りたいと思う人たちのためなら、私の命だろうが、魂だろうが、捨ててやる!!


 魂を魔力へと変換しようと意識を向けようとしたところで、ふと、アッシュの言葉が脳裏に過ぎる。



 ”君が僕を心配するように僕も君が心配になるんだ。無茶だけは、しないように”



 アッシュに言われた言葉に、手が止まる。



(………………あぁ、そう、だな。私も、お前が同じようなことをしようとする、と思うときっと心配するだろう)



 ……冷静になれ。

 捨て身でやるにしろ、アイツにいつも私が言っているようなことをしてしまっては示しがつかない。冷静に考えれば、もっと別の方法がある。銃も剣も、今どれだけ振るおうが届かない。

 確実に、届かせるなら、()を使えばいいだけだ。来るかどうかは、一か八かだが、ダメだったら、まぁそれまでということだ。



「……はは……、まったく……。博打なんて、する、主義じゃないんだ、がな」



 腕に力を入れ、パキパキとヒビが拡がり、砕け掛けながらも上半身を起こし、座る体勢になる。この動きだけでも相当、キツイ。


 肩で息をしながら上を向く。


 ちょうど、装置の、真下か……。



「なんや、まだやるん? 起きた割にはもう攻めてこんへんの? あ〜、ちゃうよなぁ。もう来れへんのよなぁ。息も絶え絶えの虫の息。その姿も長くは持たへんやろ」

「……そう、だな。まぁ……このままだと、私も、持たんだろう……」

「そうよなぁ、そうよなぁ。死にとうなかろ? 生きたかろ? ちゃーんと飼い殺しして可愛がったるけん、大人しく捕まりぃや」



 ジリジリと近寄ってくるマーテルたちにグレンは”ハッ”、と鼻で笑う。口元から垂れていた血をまだ残っている指で取り、それを地面に魔法陣を(えが)く。



「貴様に、飼い殺しに…、されるくらいなら、私は、ゲホッ! 喜んで、死を選ぼう……。だが、簡単に、死ぬ気もさらさらない。約束がある、からな」

「約束やと? まさか、この状況で、まだやれると思っとるん? どう見ても詰みや!! 悪あがきなやっちゃなぁ!」

「しつこい、くらいの、わる、あがきは……、主様(マスター)譲り、なものでな!」



 血で描き終えた魔法陣から手を離し、前に手を突き出す。



「……何をする気や」

「私の、切り札、を、見せてやろう……!」



 パチンッと鳴らし、詠唱する。



「”魂の、契約を(もと)に、ここへ、顕現する。来い、タナトス”!」



 ズズズッと深淵のような闇がグレンの周りに纏わりつくように現れる。その闇から発せられる気配に、マーテルはゾッとした。



(なんや、この悪寒……。それに、タナトス、やと? グレンはんには回復を使うための召喚獣がおるとは知っとるけど、この死を連想さられるような気配は、そげなものとは桁違いや。なんなんや、コイツ?!)



 辺りの空気は冷え込み、血で描いた魔法陣は大きく広がり、グレンを包むように魔法陣が発動される。彼の背後からまるで狼の骸骨のような被り物、身体はまるで布のようにヒラヒラとさせ、この場にいる者たちからすると死神ではないかと思わせるような、ソレは目の前に顕現する。


 タナトスはボロボロの姿になっているグレンを見て、被り物の下からでもわかるほど、ニヤニヤと笑う。



『無様だな、若造』

「やかましい……、今は、話す余裕が、無い……!」

『クククッ 余裕が無いなら喚ばないでほしいものよ。こう見えて我は忙しいのだ』

「二度と、喚ばんぞ……」

『……本当に我とマリアとの扱いが違うぞ』

「だったら、仕事、しろ」

『それはそれは……』



 クスクスと笑いながら彼を抱え込むように両手を暗闇から伸ばす。


 何をする気なのか分からないが、マーテルは顔を引き攣らかせる。



「な、なんや、ソレ、召喚獣……なんか……?」

「あぁ、タナトス(コレ)、か。コイツは、特別な召喚獣でな、魔力がなくとも喚べるんだが、いかんせん、気まぐれなものでな……」



 そう話す間に、タナトスは彼の前に魔力を集め、黒く、黒く、そこだけが黒く塗りつぶされたような玉を作り出す。


 腕を上へ突き出し、命令する。



「撃て」

『”黒死玉(こくしだま)”』



 グレンの命令で黒死玉(こくしだま)を上へと向け――


 ドォォォォンッ!!


 マーテルたちの方ではなく、マナの満たされた装置へと放たれる。



「ッ!!!! 防ぎぃや!!!!」



 撃たれた黒死玉(こくしだま)を防ぐため、マーテルはガスマスクたちに命じる。だが、たまに触れるとソレらは灰へと変わり、消滅する。


 障害物をものともしなかった黒死玉(こくしだま)は装置へと当たると爆発音と割れた音が響く。中に満たされたマナの液体は重力に従って下へと滝のように落ちていく。


 それは真下にいたグレンとタナトスへと直撃し、液体は地面から波のように広がっていった。



「ひいっ?!」



 マナの原液は相当危険なものだ。それをわかっているマーテルは液体が自身にかからないように急いでガスマスクに抱えてもらい、ステップフロアへと逃げていく。


 ドバドバと流れる液体は下の階を埋め尽くす程、液体が隙間なく、満たされていった。


 それを見てマーテルの相好を崩す。



「……は、はは……! 液体をモロに被っとるやん!! ハハハハハハッ!! どーにもならんっちゅーことで自滅かいな?!」



 まだ流れているマナの方を見ながら腹を抱えて笑う。



 ◇



 一方その頃、アッシュたち。


 マリアとリクたちは被験者を地上へと転移の魔石を使って移動させている間、アッシュとマダラオと他に牢がないか漏れがないか確認をしながら部屋を確認していた。


 とはいえ、二人で確認するのにかなり、いや、相当気まずいマダラオは必要以上に話さずにいた。



「…………」

「…………」



 ただ、沈黙が段々と気まずさが増す。チラッとマダラオはアッシュの方へと視線を向ける。



「あ、あの、いいですかね?」

「ん? 僕?」

「アンタ以外にいますか……。えーと、気になっていたことがあるんですけど、アンタってアッシュってさっき呼ばれてましたよね?」

「そうだけど……、それが何?」

「俺、冒険者ギルドに所属しているって話ししましたよね。アンタの噂、よく聞いてんだけど、聞いていたイメージとちょっと違うなと思いまして」

「僕の噂?」



 冒険者ギルドには一応、僕もユキも登録している。まぁ元々はアティを捜すために登録したものだ。


 でも、僕の噂って、なんだろ?



「えーと、そう、ですね……。聞いた限りですと、子どもを捜している、というのと、あとは元貴族で惨殺事件を起こした悪徳なやつ、という所でしょうか」

「え、何それ?」

「俺がよく行く街のギルドではそう聞いてますよ。違いますか?」

「……ん〜」



 惨殺に関しては正直、間違いではない。元いた国で、僕は家族を殺した人や貴族も住人も関係なく殺している。そのせいで滅んでいるからだ。


 でも、この事を知っているのは、アリスと僕だけのはず。


 とはいえ、悪徳のようなことはした覚えはないんだけどなぁ。レイチェルたちの立場もあるし、政治とかも分からないなりに一応ちゃんとやってはいた。



「実際そうなのです?」

「……君から見てどう思う?」

「惨殺はありえそうだなぁていうのはありましたけど、悪徳するようなタイプじゃないと思いますけど。じゃなければ失踪者の安全とか、俺のことも含めて助けるなんて選択無さそうですし。というか、その辺興味ないというところでやらなそうっていう理由でしそうですけど」

「まぁ、あながち間違えではないけど」

「間違えはないんですか」

「そうだね。でもあまり詮索しないで欲しいかな。あんま触れられたくないところもあるし……」

「あ、いや、別に詮索する気はないですよ。触らぬ神になんとやら、という言葉がありますから」

「あははっ、それはいい判断だねぇ。もし詮索したら、記憶弄って廃人にしてやろうかと思ったよ」

「やめてくれます?!」



 ヒィッ! と言いながら逃げるマダラオにニヤニヤとするアッシュだが、すぐに視線を逸らす。

 逸らし方に違和感があったかもしれないが、廃人にされるかもしれないという言葉にそれ以上追求が出来なかった。


 数歩先を歩くアッシュは痛む心臓部分に手を当て、服越しに握り締める。



(……僕の話、アリスが言うとは思えない。それなら、いったい、誰、が……)



 息が荒くなる。息が苦しい。心臓が、痛い。


 マリアに解呪してもらったけど、動くのはもう、ダメかなぁ……。時間切れだ。



「ん? おい、アンタ?」



 フラフラと歩いているアッシュが壁にドンッと当たったかと思うと、そのままズルズルとズレ落ちていった。


 慌ててマダラオが駆け寄る。



「お、おい?! 大丈夫ですか?!」

『戻りまし――』

「おい! マリア!」

『どうされましたか? マダラオさ……ッ?! アッシュ様!!』



 倒れて気を失いかけている中、駆け寄ってきたマリアの腕を掴む。



「ちょっと……寝るから、少し経ったら、起こし……て……」

『アッシュ様!! アッシュ様!!!!』



 マリアとマダラオの声が遠くなっていく。


 そのままアッシュの意識はプツリと消える。

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