マーダー帝国2
体の軋む音。自分の意思とは関係なく身体が動く。意志と関係ないからか、関節の可動域を無視した動きを強制させられ、酷く痛む。
「痛っ……!うわっ?!」
「なっ?!」
アッシュの方へと身体を飛ばされる。拳を振り上げアッシュが躱すとそのまま地面を殴ってしまい、骨が軋む。
「ぐっ?!」
今ので折れたと思う。身体強化の魔法もなしに加減のない攻撃はグローブもなしに地面に拳を叩きつけているのと同じだ。
「エドワード! ……お前っ!!」
アッシュがアレックスへ向かって剣を振るう。だが、またしても身体は勝手に動き、二人の間に入るように持っていかれる。
寸前のところでアッシュの剣が止まった。
「くっ!エドワードの術を解け!!僕と遊びたいなら僕だけを狙えばいいだろ!!」
「何言ってるんだよ。使えるものは、使わねぇと。ゴミがもったいないだろ?」
「絶対に、許さない……!!っつぁ?!」
アッシュの腹部にエドワードの拳が入る。骨が軋む音がし、そのまま吹っ飛ばされていく。
エドワードの拳は、腕は既に血だらけでボロボロになっていた。それでも構わず”操り人形”の魔法で容赦なく攻撃を続ける。
「や、やめろ……!」
腕よりも、仲間にこんなことをしてしまっている自分が嫌だ……っ
「アッシュ!私を切れ!”操り人形”は対象者が意識がある限り、止まらない!!だから!!」
だから、これ以上……。
「これ以上、お前を傷つけたくない……っ」
殺して欲しいと思うほどにこんなことはこれ以上したくない。苦しい。嫌だ。
殴り飛ばしたところで、ついにアッシュは起き上がれなくなってしまった。
アッシュから、ゴホゴホと血混じりの咳が止まらない。
「さて、これで俺の勝ちだな」
「やだ……。やだやだやだ!アッシュ!起きてよ!アッシュ!!」
声がまるで水を張っているようにくぐもって聞こえてくる。声のする方を見れば、泣きながらアリスがこちらに手を伸ばしていた。
アリスが、呼んでる。
そうだ。起きないと。助けないと……。
「おい、あとの奴らは好きにしろ。お前はあいつをもう少し痛めつけたら回収して俺ん所持ってこい。多分まだ食いついてくるだろうから気をつけろよ」
「女はどうします?」
「あ?んー、この前皇帝に出したばっかだし、少し遊んで商人に持っててやれ。中古でも喜ぶだろ」
「ハッ」
そう言ってアレックスは魔法陣を出して、そのままどこかへ数名の兵士を連れて転送されていく。
残った奴らはニヤニヤとしながらアリスとリリィへ近づいた。
「っ!いや、やだ!触んないで!来ないで!!」
「うるせぇな。大人しくしろよ!!」
バシンッと叩く音が聞こえる。アリスの悲鳴と男たちの笑い声。ああ、とても、耳障りだ。
男のひとりがアリスの被っていたフードを乱暴に掴む。
「黙ってたら可愛がってやるよ。おら!フード脱がせ!!」
「いや!やだ!やめて!!」
「……!おいおい!上玉じゃん。神子だぜこれ!」
「お、ラッキーじゃん」
群がっていく。押し倒されたアリスの服に手が触れ、服を破こうとする。リリィに触れる男が顔を近づける。ノアとユキは蹴られ、殴られている。エドワードは僕を押さえつけたまま、ずっと泣いている。
朦朧とする意識。
「や、め……ろ……」
僕は、決めたんだ。今度こそ。
「……っ、ぼ、くの……」
大切な、人たちを……!
ドクンッと何か胸の奥で、炎が弾ける。
「さーて、一番乗りはいただ――」
「あ?ひぎゃあ?!」
アリスを襲おうとしていた男の首がもげる。その隣にいたであろう男は胴体の胸から上がなかった。
ドサリと音を立てながら倒れていく。
「ど、どういうことだ?! おい!なんなんだ?!」
次々と周りが絶命していった。血が真っ赤に広がっていく。マーダー兵士たちは何が起こっているか理解できないまま、次々と頭が消し飛び、腕がぶっ飛び、燃やされていく。
「さ、さっきの男はどこに行った?!」
マーダー兵士はアッシュが倒れていたところを見るが血溜まりとその隣で倒れているエドワードの姿だけだった。
「喋るな」
「ひぃっ?!」
男の首を何かが触れる。全身にぱちぱちと蒼い炎を纏ったアッシュの姿があった。だがその姿はいつもの黄金の金色の髪ではなく、まるで神子のような真っ白な髪、目の色は血のように真っ赤な、紅い瞳に染まっていた。
その目は怒りが収まらないのか見開いたまま、兵士の首を強く締め上げながら問う。
「アレックスはどこだ……?」
「へ、へぇあ?!」
「アレックスは、どこに行ったと、聞いてる?」
今度は男の頭を掴む。ミシミシと軋ませ、アッシュはもう一度尋ねる。
「もう一度、聞く。アレックスはどこだ?」
「あ、あぁああアレックス様は帝国にお戻りにぃ?!」
「僕の仲間にこんなことをしておいて……?」
アッシュの手に力が入る。男の頭に指が食い込み、徐々に血がボタボタと流れ始める。
「た、頼む!やめてくれ!!!」
「やめろ……?」
一瞬力が緩んだ気がしたがそのままさらに力をアッシュは込める。
「アリスとリリィを汚そうとして、ノアとユキに怪我させて、エドワードには苦しい思いさせておいて、助けを求めるの?」
グシャリと頭を握りつぶす。男の脳漿が溢れ出し、身体を痙攣らせて崩れ落ちていく。落ちていく男の身体を踏み越る。
アッシュを囲むようにマーダー兵士は武器を構えるが震えており、互いにどうしたらいいかと騒ぐ。
「ど、どうするよ?こいつアレックス様のところに連れて来いって言われてるけど……無理だろ!!」
「いや、どうせこいつは魔法も使えない!このまま――ぎゃあ?!」
「耳障りだ。喋るな」
蒼い炎を飛ばして燃やす。すぐに燃え尽きる様子はなくじわじわと焼き、肉の焼ける臭い。悲鳴が響く。どうにか炎を消そうとのたうち回り、他の兵士にぶつかるとそれが燃え広がっていく。
だが、ノアやユキたちに当たっても炎は燃え移らない。まるで兵士のみを焼いていた。
火だるまになった兵士を踏みつけ、頭を、確実に潰していく。
「簡単に死ねると思うな」
パチンッとアッシュが指を鳴らす。無数の剣が顕現される。それの矛先がそれぞれ兵士を捉えていた。
魔法を行使しているアッシュの目からは血がボロボロと流れ、それでも気にすることなく、兵士を睨みつける。
「消えろ」
兵士たちへ無数の剣が降り注ぐ。急所を外しながら切り刻まれ、のたうち回る。
最終的には、細かく刻まれ、肉塊と成り果ててしまう。
「お!おい!!」
最後であろう残った兵士がアリスの髪を掴み短剣を首元に当てている。
その行動にアッシュの目が見開く。
「お、おぉおとなしくしろよ!!じゃないとこの女――ぎっ?!」
目にも止まらない速さで男の顎を掴む。短剣を持つ腕を掴み、へし折ると悲鳴を出していたがアッシュは容赦なく顎を掴む手に力を入れ、さらに顎を砕いた。
「触るなって、言っただろ?何アリスに触れてんの?」
「お、おゆるひ、くだはい……っ た、たひけて、くだはい……!」
「…………なんで僕がお前の頼み聞かないといけないの?」
「ひ、ひぃ?!」
砕けた顎を持つ腕に力がはいり、そのまま地面に叩きつける。ゴギュリという嫌な音と共に痙攣した男は次第に動かなくなる。
敵がいなくなり、静寂が訪れる。
気配がないことを確認して、ゆらゆらとアッシュはそのままアリスの元へ行く。
「アリス……」
「アッシュ……?」
ぐしゃぐしゃに泣いている。可愛いだろうと自慢していた服がボロボロで、僕が貸した服は破られてなかったみたいだからかそれをずっと握りしめて、泣いていた。
崩れ落ちるようにアリスの前に膝から落ち、震える手で赤く腫れてしまったアリスの頬に触れる。
綺麗なルビーの瞳からはとめどなく流れる涙をどうにかアッシュは拭おうとする。
「大丈夫……?まだ、何も、されてない?」
「……うん、大丈夫……っ。あ、ありがとぉ……」
「ごめん、僕が、弱くて……、みんなに、怖い思い、させてしまって……」
「うぅん、そんなことない、そんなことないよぉ……っ」
泣いているアリスの頬を撫でていく。
だが、アッシュの視界が少しづつ、赤く染っていく。意識がまた、グラグラとして、視点が合わない。
「うっ! ゲホッ!! ゲホッゴホッ!! 」
吐血し、大きく咳き込むも、止まらず、その場で蹲る。
アリスが小さな悲鳴を上げながらアッシュの肩を揺らすがその声もまたくぐもって何を言っているか、分からないくなってきた。
ダメだ。まだ、意識を失う訳にはいかない。アレックスの性格は何となく把握した。恐らく遅いとやつはここに戻ってくる。
今の状態では、守れない。どうにか、どうにかして、みんなを、隠さないと。
「あー?なんだこりゃ」




