枯渇事件:危機1
リクの妹であるソラの居場所を詳しく出すためにコンピューターを操作していると、ゴトリと後ろから音が聞こえた。
それと同時に何か、背筋に冷たいものが走る。
嫌な予感を感じたグレンは操作をやめてバッと振り返ると、ガスマスクのようなものをつけた大男がそこにいた。ソイツはグニャグニャと関節がないのかと思うほどグネった腕を上げている。それの先にはまるで大きな鉄球のような肥大化した拳が振り上げられていた。
「リク!!」
「うわっ?!」
リクを突き飛ばして自身は大剣を顕現し、振り下ろされた拳を受け止める。
バゴンッ!!
鈍い音を立てながら強い衝撃で床が凹む。ミシミシと受け止めた大剣が軋む。
ギリッと歯を食いしばりながらグレンは腕を力の限り押し返し、蹴り飛ばす。ガスマスクは蹴りばされたが、グニャグニャと曲がる腕で床を掴み、止まる。
「なんだコイツ……?」
軟体生物のようなコイツの接近に全く気が付かなかった。ゴトリという音を聞き逃していたら恐らく攻撃が直撃していた。それに、目の前にいるにも関わらず、全く気配を感じない。魔力すらも……。
突き飛ばされていたリクは痛む背中に手で押さえながら起き上がる。
「いたたっ……」
「動けるか? 危険だから離れていろ」
「う、うん、大丈夫」
リクが起き上がった事を確認しながらグレンは大剣を構え直す。
(意思疎通が出来るかは不明だが、もし今、応援を呼ばれたら面倒だな。しかも気配を感じない厄介な相手をこのまま放置してしまうのも危険だ)
大剣を握り、一気に距離を詰める。再びガスマスクは鞭のように腕を振り回して拳を振り下ろしてくるがそれを躱し、首を狙う。
グレンの大剣がガスマスクの首を跳ねようとした瞬間――
「ぐっ?!」
バキィッと横から強い衝撃を受ける。
目の前のガスマスクとは違う、同じ格好をしたガスマスク。ソイツの肥大化した太い腕がグレンの横腹へと直撃していた。
不意打ちの受けたグレンの身体は受け身を取ることが出来ずに壁に強く打ち付けられる。一瞬、意識が飛かけるが、どうにか保つ。
「つっ……、ッ!!」
痛みに耐えながら起き上がると二撃目が目の前まで迫っていた。それを大剣で受け流し、二体目のガスマスクを蹴り飛ばすとすぐさま距離を取り、リクの方へとタンッと飛び、移動する。
(コイツ、何処から出てきた?)
ガスマスクの怪物が二体。しかも、二体とも気配を感じ取れず、一体からはもろに攻撃を受けてしまった。
頭を強く打ち付けたせいでツツーッと血が滴る。その傷を見て、リクは心配そうにグレンの服を掴む。
「グレン、だ、大丈夫?」
「あぁ、大丈夫だ」
グイッと頭から垂れてきていた血を袖で拭う。
目の前の怪物以外にいないか警戒を解かずに魔力を自分たちの周囲に流す。コイツら以外にはいない、と思いたい。理由としては、目の前にいるのに、流している魔力に一切の反応がないからだ。
コイツらだけとは限らない可能性があるなら、一旦は退くしかないだろう。自分一人ならどうとでも可能だが、今はそうじゃない。
リクを持ち上げてその場を去ろうとガスマスクの怪物から目を離さないように、周りを警戒しつつ、距離を取る。ジリッと後退りをしていると、唐突にガクンッと身体から力が抜ける感覚に襲われる。
足に力が入らない。
かろうじて倒れそうになるがどうにか耐える。ここに来てからジワジワと魔力を奪われているからだろうけども、それが急に強くなったような気がした。
(残っているマナポーションを飲んで転移魔法ですぐにこの場を離れるか?)
辺りを見渡して他に居ないはずだが、先程の事もある。魔力探知にも引っかからないのにこの二体だけだと決めつけてしまうのは早計というものだろう。
なら、私が今出来る最善の行動をするしかない。
アイテムボックスに手を入れて何かを探す。
「……おい、リク」
「な、な、ななな、何?」
恐怖にビクビクしているリクのみに聞こえるようにボソボソと呟く。内容を聞いたリクは驚いたように目を見開く。
「ま、待って!! でもそれは――」
《おやおや、お帰りになられるん? ゆっくりとしてってもえぇとよ》
リクの言葉を遮るように、スピーカーからマーテルの声が響く。
響くと同時にグレンがいた足場にカッと魔法陣が現れる。
魔法陣を見た彼は咄嗟にリクを魔法陣の外に投げたが、グレン自身は逃げれず、発動した魔法陣はバリバリッと音を立てて、陣の中にいる彼に電流が走る。
「あぐっ!!」
「グレン!」
陣の外へと投げられたリクは彼の元まで行こうとしたが、陣の発動された魔力に遮られる。
バチバチとなる魔法陣はおさまる気配は無い。グレンは陣の外へと出ようするが雷が強く、先程のダメージが重かったのか上手く身体動かない。
ついに、ガクッと膝をついてしまうと、それを待っていたと言わんばかりに、先程のガスマスクたちはグレンの方へと腕を振り上げながら飛んできた。
振り下ろされた腕は彼のいた場所に強く打ち付けられる。唖然としたリクが息を呑んでいるとゆっくりと腕が再び持ち上がる。
魔法陣に拘束されていたグレンはその場に倒れており、ガハッと血溜まりを吐き出す。
「そ、そんな……?!」
「あらあら、思ったよりもあっさり捕まえれたんねぇ」
「ひぃっ?!」
リクの後ろからマーテルが姿を現し、優しく彼の肩へと手を置く。
声の主にガクガクと身体が震える。
「あ、あぁあ……っ」
「ん? なんや、首輪つけとったんに、何処にやったと?」
スルリとリクの首に手を滑らせる。本来チョーカーがあったはずのところに指がツツツッとなぞられゾワッとリクの背筋に冷たいものが走る。
マーテルは笑みを浮かべてながら、リクの顔を覗き込むように顔を近づける。
「勝手に外したらアカンやん。これは、お仕置が必要、やなぁ?」
「い、いや、いやだ……ッ」
怖がるリクに楽しそうに浮かべているマーテルだったが、ターンッと銃声が響く。
マーテルとリクに当たることは無かったが銃声のあった方を見ると、カタカタと照準が定まっていない左手に銃を持っているグレンがフーッフーッと息を荒らげながら睨んでいた。
魔法陣の拘束は解けてない。しかもまだ身体が痺れて動けないはずなのに……。
拘束の痛みに耐える彼の姿にマーテルの口角が上がる。
「わぁっ! えぇやん、えぇやん!! グレンはん、とてもえぇよ! お人形はんを助けるんに無理して、ホンマに可愛らしいわぁ!」
嬉しそうにそう言うマーテルはパチンッと指を鳴らす。
鳴らした音に反応するようの二体のガスマスクはグレンへと腕を伸ばす。絡め取るようにグレンの身体に巻き付き、紐のように絡んできた腕は、腕や足、胴体、そして首に巻き付き、そのまま体積を広げて肥大化する。
「かはっ?! ぁ……っ!!」
「や、やめて!!」
リクはグレンへと駆け寄ろうとしたが、マーテルがそれを妨害する。撫で回すように頬や頭を撫でながらクスクスと笑う。
「どのお人形さんも、最初は反抗的なくらいが可愛ええんよ。それに、グレンはんの弱点は、よぅ調べとるんよぉ」
勝ち誇ったようにニヤニヤと笑う。
締め上げられているグレンは苦悶の様子の浮かべながらもリクに聞こえるように声を張る。
「――リク!!!!」
「ッ!! う、うわぁあああああっ!!!!」
リクは叫びながらマーテルの腕を振りほどき、その場から走って逃げようとする。突然暴れるように逃げた彼に驚いたマーテルは思わず手を放してしまったことで隙が生じた。
マーテルとリクが十分に距離が空いたところで、グレンは右腕を無理矢理拘束を引きちぎるように拳を突き出す。手の中に持っていた石のようなものを、ビッと指で弾き、それはリクの背中に当たる。
「いだっ?!」
痛みと同時にフワッと浮かんだ感覚と同時にリクの姿はその場から消える。
消えたリクにマーテルはジィッと居なくなった場所を見つめる。
(消えた? 何や、何処に行ったんやろうか?)
石のようなものをぶつけた途端に姿が消えた。なにかしたのは間違いないと、マーテルはグレンへと視線を移す。
「……まぁえぇわ。それよりも、もっとえぇもん手に入れれるんやからなぁ」
ニヤニヤとしながらゆっくりとグレンの方へと近寄る。
彼はギチギチに締め上げる拘束に対して、どうにか抜けようと力を込めていたが、拘束が緩む様子がない。その間にもマーテルはグレンに近寄る。
彼が持っていた銃を手から奪い取る。拘束をかなりキツく締めあげられているからか奪い取る力を強くしなくてもアッサリと奪えた。
「なぁ、グレンはん、さっきも言うたけど、あんさんの弱点もよぅさん調べとるとよ。もちろん、好きな食べ物もパンケーキやて、見た目に反して可愛えぇな。あ、顔は可愛らしいけん、間違っとらんか」
「……はっ、ずい、ぶんと……、ストーカーの、ようだな……ッ」
首を絞められているため、彼は掠れながら声を出す。
どうせ奴のことだ。ナギ経由でそれを調べているんじゃないかと思う。
変わらず反抗的な目にゾクゾクとしているマーテルは頬を赤く染めウットリとした表情でクスクスと笑う。
「……でも、やっぱ調べとった通りや。あんさんの怪物並みのパワーや常人離れした身体能力は魔力有りきや。その根源の魔力さえ空っぽにしてもうたら、普通の人と変わらへんなぁ。ここに来てから、なんや力が弱まっとるんのは、自覚しててもお仕事やからって、無理するとこもえぇわ。真面目な人はうちは好きやで」
「……ッ?!」
不意にギリッと首を絞める触手に力が入る。どうにか気道を確保しようと首に巻き付く触手を掴むが締まる力は弱まらない。
「ぁ……ッ く…ぅ……!!」
「あ〜、苦しいわなぁ。安心しいや」
マーテルはカチャンッと奪った銃の安全レバーが降ろされ、グレンの額に銃口を向けられる。
「ほな、少しの間、ゆっくりお休みしぃや」
その言葉を最後に、マーテルは引き金を引いた。
◇
リクは背中の痛みと引っ張られるような感覚に襲われていた。引き寄せられた感覚が無くなり、そのまま重力に従って下へと落ちていく。
ドスンッと落ちるが身体には痛みがない。
恐る恐る、目を開ける。
『リク様?!』
「い、いたた……」
視線に見えたのはアッシュとマリアの姿だった。




