枯渇事件:捜索開始4
リクは部屋に入ると中には枯れ木のように茶色く変色した女性がそこにいた。様子を確認すると、息はしている。けど、意識がない。
グイッとその人を持ち上げて、部屋の前にいる彼の元まで戻る。何か考えているようだけど、声をかけない訳にはいかない。
「グレン、戻ってきたよ」
「あぁ、おかえり。どうだった?」
「……呼吸は、ある。けど、意識がないみたいで……」
「なるほどな」
肩に担がれたままの女性に触れ、魔力循環をし、状態を確認する。
……ほとんど、と言えるほど魔力が全くない。それに、何か人間にはあるはずのないモノの反応がある。
これは……。
「……、…」
「えっ?」
ボソボソと女性の口が開く。すぐ近くにいたリクが先に気付いた。
「あ、グレン、この人、もしかしたら意識が――うわっ?!」
「ッ!」
「Agaaaaaaaaaaaaaッ!!」
ドロリと女性の姿が変わる。溶けた身体が支えていたリクの身体にへばりつくようにまとわりつく。そして、顔がミシミシと音を立てて、まるで縦に裂けるように開き牙が現れる。
「うわぁぁぁ――うぐっ?!」
襲われそうになったリクはグイッと上と引っ張られ、宙を舞うように飛び上がる。上に上げられたリクの視界には、異形の姿へと変わった女性と入り口すぐ近くにいたグレンはソイツに蹴りを入れて部屋の奥へと突き飛ばす。すぐに銃を顕現すると間髪入れず、バンッと銃声が響く。額を撃ち抜かれた魔物はドスンッと音を立てて倒れ、血溜まりが広がる。
呆気にとられたリクは自分から伸びる紐のようなモノが伸びていたことに気付く。さらに紐はピンッと引っ張られてそのままグレンの元まで引っ張られたかと思うと両手で抱えられる。
「ぐ、グレン?!」
「リク、大丈夫か?」
「う、うん。大丈夫……」
「それより、リク、アレを持ってこれるか?」
「あ、あの魔物を?!」
撃ち抜かれた魔物の方を見て、グレンを見る。
さっきまでいた部屋は少し怖い。襲われたし、殺されかけたから。けど、必要なら……。
プルプルと震えながら立ち上がると、背中から伸びている紐を掴んだまま、震えた声で口を開く。
「だ、だ、大丈夫、持ってくるから、待ってて。あ、あと、その紐、取らないでよ!」
「死んでいるんだからもう紐はいいだろ」
「ま、また襲われたら怖いから!」
「ゾンビでもあるまいし……、別に構わんが」
切ろうとした紐をとりあえず持ったまま、リクが中で死んでいる魔物の姿になった人をズルズルと引き摺る。
入口まで持ってくると、変異している女性だった者に触れて確認をする。
「混じっているな……」
「混じっている?」
「錬金術に近い、ものだな。人体錬成しているのか、それとも配合したのか……。どちらにせよ、混じった時点でコイツは死んでいたんだろうな」
「えっ……、じゃあなんで動いたんだろ?」
「魔物の方が生きていた可能性はある。だからこそ、ここに入れて魔素を回収し、トドメを刺そうとしたんだろうな」
魔物の根源は魔素だ。魔素はマナに近い。近いからこそ、魔力を吸い取るこの装置に突っ込んでいた。
大方、魔物を制御しきれず暴走したのか、死にかけでその後処理での始末だったのか……。なんとも分からないものだ。それにしても……。
(殺気も魔力の反応も全く感じなかった……。警戒してたのにも関わらず反応が遅れるのは少々厄介だ)
「グレン?」
「……コイツは、妹だったか?」
「うぅん……、違う」
「そうか。怪我がないなら先に進むぞ」
「う、うん」
倒れている女性へと視線を向ける。
(ナギが言っていた。母親は女性が嫌いだって、言ってた……。ソラ、ソラ……、無事でいてよ……!)
ギュウッと祈るように服を掴み、リクはグレンの後を追う。
◇
部屋から伸びているパイプのようなものを視線で追って、それがさらに奥の部屋まで続いているようだった。最初の真っ暗な道とは違い、そこを抜けてしまえば灯りは至る所にある。
そのおかげでパイプの行先もわかりやすい。
先へと進むが、急に上の方へと伸びていく。
「登るぞ」
「えっ? うわっ?!」
また急に持ち上げられ、壁をジャンプして三階くらいの高さまで軽々と登っていく。上へと辿り着いた頃にはリクは顔色が真っ青になり若干吐きそうな状態になってしまった。
「うぅ……ッ」
「どうした?」
「は、吐きそう……」
「そうか。我慢しろよ」
「む、無理ぃ……」
降ろしてもらったリクは隅に行くとゲロゲロと吐く。吐いているリクを置いておき、辿り着いた場所を警戒したまま周囲の確認を始める。
(パイプは……この部屋まで続いているな)
パイプの終着点らしき部屋に入る。中は先程よりも機械音が響いており、少々うるさい。
部屋の中にはかなりのモニターがある。監視室、なのだろうか? 廊下や各部屋の様子が全て見えるようになっている。
カタカタッと操作していると、アッシュたちがいる部屋も監視カメラがあり、そこにはグレンの姿も映っていた。
(ここもやはりカメラはあったか。念の為、幻覚魔法で映るようにしていたし、盗聴防止用の魔法のおかげで話声までは聞こえていないようだな)
だが、魔法がかなり特化しているこの世界だから、こういう監視カメラを扱うところはかなり限られている。それだけの機械技術でいったい何をしているのだろうか。
さらに詳しく調べるためにカメラの映像を確認しながらデータを確認していく。
「ご、ごめん、今戻ってきたよ……」
「別に大丈夫だ。それよりも、リク」
「何?」
「このデータの中に、お前の妹はいるか?」
グレンが見せてくれた映像には、男女に分かりやすくデータが分けられており、女性のみのデータを出すと被験者であろう人たちの顔と名前が書いてあった。
それらは1から見ただけでも、非道な実験やその結果が、映し出されていた。
「お前たちが来たのは最近だったな」
「う、うん」
最新のデータの欄を出して一つ一つ映し出す。
「……あっ! あった!」
「これか」
リクが指をさす画面を出す。そこには顔はリクと似た様子。ただ、黒い髪のリクと違い、ソラと名の書いた少女は銀色の髪のようだ。
見た目がそっくりすぎて先にソラに会っていたらリクの方を女の子の方だと勘違いするかもしれないほど。
「お前、双子だったんだな」
「あれ? 言ってなかった?」
「妹しか聞いてないな。まぁいい。とにかくコイツの居場所が分かれば探しやすい。少し待っていろ」
「う、うん」
カタカタと目の前のコンピューターを操作しながらソラのいる場所が何処かカメラも同時に動かす。
そして、コンピューターの操作をしている間、二人の背後から大きな影がゴトリと落ちてくる。
◇
少し時間を戻して、アッシュたち。
カチカチと鳴る時間の中、アッシュとナギ、マリアは部屋の中で時間が経つのを待っていた。
『思ったよりも1時間というのは長いものですねぇ……』
「ホンマよ、ホンマ。暇すぎて暇すぎて……、おちおちトランプするしかやる事があらへんわ」
『ですねぇ……』
呑気な二人はため息をこぼしながら二人で何故かババ抜きをしていた。二人でやって成立するものなのかと思いながら珍獣を見ているかのような錯覚を覚えているアッシュは思わずため息を吐く。
『待っている間、何か面白い話もあればいいですねぇ』
「あ、それはえぇなあ! なぁなぁ、アッシュはん!」
「その流れでどうして僕に振ってくるの?」
「当たり前やん。アッシュはんは何かと面白そうな話とか持ってそうやもん」
「無茶振りがすぎるってば。僕よりも君たちの方が持ち合わせてそうだけど?」
『え〜、私たちですかぁ?』
「んな乙女の話しさせんのぉ〜?」
(……なんでこの二人は揃いも揃って煽るようにニヤニヤしてるんだか)
肩を竦めて、二人の言葉をスルーするようにアッシュは視線を外す。
それに、アリスも大概無茶振りや面白い話とか、旅の道中で聞いてきたりするけど、それと同じ気はするが、どうも乗り気にはなれない。
事態が事態だから、というのもあるかもしれないけど……なんだかなぁ……。
「早く、アリスたちに会いたいものだよ……」
ため息混じりにボソリとそう呟くと聞き捨てならなかったのか、二人は持っていたトランプを投げ捨てて、アッシュの方へとダダダッと近寄る。
「おっ! なんやなんや?! ホームシックってゆうやつ?!」
『アリスさんにお会いしたいというのは、ま、ままま、まさか、レイチェル様という方がいらっしゃりながら、いらっしゃりながらぁぁぁっ!!』
「うわっ?! な、何さ、君ら?! ホントに急に何?!」
『えっ、アリスさんにお会いしたいと言ってたので会いたいほどお好きなのかと……!!』
「え、あ、はぁ?! いやいや、アリスだけじゃなくて、アリスたちに! って言ったの。そもそも僕、10日間ほど、寝てたんでしょ? こんなに長い期間アリスたちと離れてたのは旅を初めて以来なかったから、少し彼女たちが心配だっただけだよ」
「せやから、いわゆるホームシックってやつやん。ふぅ〜! 思ったんより、お子ちゃま思考やなぁ! アッシュはん!」
「何でそうな――、あ、まぁ、確かにそういうもの? なのかな……?」
「せやでせやで!」
みんなの元に早く帰りたいっていうのはそういうものなのだろうか? 帰る場所なんて、もう無いけど、場所だけじゃないってことかな。
いつもの間にか、彼女たちの元へ帰りたいと思っている事が何だか自分でも嬉しい反面、少し辛い気もしていた。
だって、僕は……。
(……いや、今更考えても無駄か)
ふぅ、とアッシュは息を吐いて横でまだワーワーと喧しいマリアとナギの声を無視していると、マリアが何か思い出した様子で手を叩く。
『あ、そう言えばナギ様、少々気になったことがありますが……』
「おん?」
『ナギ様のお母様は何故、女性がお嫌いなのですか?』
「あ〜、その件?」
リクの妹の話になった時に、”女の人がかなり嫌い”、と言っていた。
確かにこの屋敷にはマーテル以外は女性がいない。屋敷の住人もボーイのように男性しかいなかったからだ。
「それは僕も少し気になってはいたんだよね」
「あんさん、さっきガッツリ無視しとったのにそういうのには入ってくるんや」
「どうでもいい情報とそうじゃなさそうな情報を切り分けてるだけさ」
『それは、まぁ、大事だと思いますけども……』
淡白というかなんというか……。
失笑しているマリア。”そうやなぁ”、と呟くナギはテーブルの上に乗って腰をかける。




