枯渇事件:ナギの家1
ナギの案内でそこそこ大きな屋敷へとたどり着く。街から少し丘へと伸びた先にこの屋敷はあった。大きな門があり、門の向こうにある屋敷が領主が住む建物なのだと理解する。
「割と大きいな」
「まぁ、一応、領主の家やからな」
そう言ってナギは門の前まで立つと服の中からチャラッと白く小さな玉がついた物を取り出して掲げる。掲げられた玉は光り、門はそれに反応するようにギギギッと金属音を立てながら開く。
開かれた門をナギはくぐって先へと進む。その後にアッシュとグレンも続いて入ろうと足を進めようとした時――
「っ!」
門をくぐった時に何かの違和感を、いや、嫌な予感を感じて思わずグレンは数歩下がり、門から離れる。どうして離れたか自分でも分からない。
門をくぐらなかった彼にアッシュは気づき、振り返る。
「どうしたの?」
「……いや、なんでもない」
返事をして改めて門をくぐる。感じた違和感は、やはり間違えではない。今も妙な感覚に襲われているが、目の前のアッシュはそういう様子はないようだ。
(門をくぐった途端のこの違和感はなんだ? ……いや、一旦は後にしよう。どうせ調べるんだ。今、気になったところで無駄な手間だ)
一先ずは領主の話を聞くところだと、自分にそう言い聞かせ、二人の後を追う。門から屋敷へと到達して、ナギが扉を開けると中は綺麗な装飾が施されていた。その屋敷の中の第一住人、執事の格好をした老人が立っていた。
「よっ、帰ったで」
「ナギ様……? ナギお嬢さ……いや、ナギ坊ちゃんですか?!」
「久々やな。ママンは居るん?」
「えぇ! えぇ!! いらっしゃいます! よくぞお戻りになられました……!」
「心配かけてしもうてすまんな。それよりも、今日帰ってきたんは、仕事で帰ってきただけなんよ」
「仕事……? あぁ、そういえば奥様が仰っていた騎士団の件でしょうか?」
「せやで。オレと後ろにいる二人、ソワレはんとアッシュはんや。森の件とか色々調べに来とるけん、ママンのところに行ってもえぇか?」
「えぇ、構いません、坊ちゃん。来られた際は応接室へお通しするようにと申しつかっております。奥様へは私めがお呼び致しますのでお先にお部屋へとどうぞ。お部屋はお分かりで?」
「大丈夫や。あんがとぉな」
ナギがそう言うとコチラへ振り返り、”こっちやで”と言い、中央階段から二階へと上がり、応接室へと向かう。
応接室に向かっている間、周りをキョロキョロとアッシュは見渡していると、少し違和感があった。
(この屋敷、メイドがいないなぁ。こんなにも大きな屋敷ならメイドくらいいるのに……。その代わりにフットマンやボーイばっかだ。屋敷の主人……、もとい、ナギのお母さんの趣味なのかな?)
まぁ、こういうものもあるのだろうと思いながらも首を傾げる。
それに、こういう屋敷は使用人を含め、主人の趣味が反映されやすいとも言うし、とやかく言ってしまうとキリがない。。
廊下を進み、応接室に入るとナギは部屋の窓側にあった適当なところに腰をかけて座る。
「なーんも変わらんなぁ、ここは」
「お前、本当になんで帰りたがらなかったんだ? あの執事の様子を見る限り、帰れなさそうな要素は見当たらんが」
「家出や家出。ホンマそんだけよ。そのうちママンが来るで。二人はそこの椅子、使こうてえぇからな」
「そうだね。座って待ってようか」
椅子に座って領主が来るのを待つ。
数分程だろうか、待っていると扉のノック音が聞こえ、開かれる。そこにはナギによく似た初老の女性が立っていた。
「お待たせしてもうてすまんへんなぁ。うちがこの土地の領主、マーテル・クレルラプトルと言います。以後お見知りおきを」
「あぁ、こちらこそ急な伺い失礼する。私はソワレ。後ろのはアッシュだ。そこの娘は貴殿も存じているだろう」
「娘? いえ、うちの家は娘はおりまへん。ナギはうちの息子です」
「……そうか、それは失礼した」
グレンは思った事はあるが、今はあまり突っ込まない方がいいと判断したのか短い返答のみで話を区切る。
マーテルは向かいの椅子に座ると、話を聞く体制になる。
「そんよりも、今回の依頼、受けてくだはるんやろ。国王陛下からお話は聞いてはるよ。えらい待たされてもうてたからお偉いさんも待ちぼうけしとったんよ」
「あぁ、待たせてしまい失礼した。こちらへ伺う前に森の様子も確認はしている。かなり深刻な問題になっているのは確かだった。早急に原因究明と解決するため、協力をお願いしたい」
「もちろん、かまへんよ。この屋敷を拠点にしてもらってもえぇ。必要なもあればナギや屋敷の者に言てな」
「あぁ、わかった」
「……そんかわり、と言うのもアレやけど、お願いがあるんやけどえぇ?」
チラッとグレンの方を見て、笑顔で笑う。
私になんの用があるのだろうかと、彼は首を傾げる。
「なんだ?」
「夜、是非、ソワレはんのお話、聞きたいんよぉ」
「私か? 何故だ?」
「こん中で一番強いんのは、あんさんやろ。強いあんさんの話を聞きたいんよ。うち、強い人の話を聞くのが唯一の楽しみやから、遅なった件に関してはそれでチャラにしたるさかい」
「そうか、仕事の後であれば構わない」
「あんがとぉな、楽しみにしとるわ。あ、ナギ、部屋に案内してあげてや」
「……わかったわ。二人とも、ついてきてや」
ナギは母親であるマーテルに軽く頭を下げてから部屋を出る。彼女に続いてグレンも出た後、チラッとアッシュはマーテルを見たがすぐしに視線を外して、二人の後を追う。
廊下に出て、少し歩いた後、立ち止まりクルッとナギは振り返る。
「なぁ、グレ……、じゃなくて、ソワレはん」
「なんだ?」
「夜、気ィつけて行きいや。オレが言うのもアレやけど」
「別に取って食われる訳でもないだろ」
「そういう意味やない。きっと大丈夫やとは思っとる。けど、ホンマ、気をつけてほしいんよ」
いつになく真面目な表情で言うから何にかと思ったが……。
「心配するな。今回は仕事でここに来ているんだ。油断しない」
「念の為、アッシュはんも気をつけてや」
「あ、僕も?」
「せやで。この屋敷にいる間はあんさんも警戒しーや」
それだけ言ってナギは再び足を進め、意味ありげにそう言われたアッシュとグレンは互いの顔を見る。
「どう思う?」
「今の段階では何とも。アイツも、何か心当たりはあるようだが、言えない状態なのか何なのか……。まだ様子見だ。だが、お前も一応警戒はしておけ」
「そうだね。りょーかい」
軽い返事をして、再び足を進める。
部屋の東側、精霊の森がこの丘の上にある屋敷からも見える部屋だった。部屋につくなり、グレンはパチンッと指を鳴らして結界を張る。
「防音の結界を張った。これなら部屋の外から声を漏れることもないし、盗聴の危険性もない」
「念入りだねぇ」
「いつもそうしてる」
「そうなの?」
「秘密事項を扱うことが多いからな、私は」
「まぁ、それもそうだね」
よく良く考えれば、グレンはいつも何かと依頼を受けていたり、本業の方が忙しい人だ。依頼の中にはそういう仕事も含まれているとは思うけど。
「さて、仕事に取り掛かるぞ。アッシュ、街への聞き込みをしてもらってもいいか?」
「うん、もちろん、いいよ」
「ナギは母親から森の件についての書類を貰ってくれ」
「それなら書庫にあるのは知っとるけん、持ってくるわ」
「頼むぞ。私も外に出て確認することがある。夕方にはここに戻れ、いいな?」
「はいはーい」
グレンの指示がでたところで、それぞれが別々での行動となった。
◇
そして、夕方頃、集まるように言われた時間になる少し前、グレンは屋敷へと再び戻ってくると、使用人たち話し声が聞こえる。
「……れたのか?」
「あぁ、だから……」
距離があって言葉が聞き取りにくい。ヒソヒソとしているが、あまり他人の家で詮索するのも良くない。
(警戒はしろと、アイツは言っていたが……)
屋敷に足を踏み入れた時に感じていたあの違和感。街よりもこの屋敷に何かとありそうな気がする。地面を足でズズズッと掻き分けるようにするが、足で軽く砂をどかした程度。
小さくため息を吐き、パチンッと指を鳴らし、部屋へと転移する。
部屋につくと、近くのベッドに背中からボスンッと身体を沈めて、手で顔を覆う。
(……ずっと真綿で首を絞められる感覚だな。そもそもマナを何処に集めているのか、場所さえ掴めれば……、あとは力技でどうにかなりそうな気もするが)
「やぁ、グレン、早いね」
「お前も早いな」
「まぁね、結構簡単……というか、街ではあまりなかった感じかな。少し面白いものは聞いたけどね。君の方は?」
「森の方とここ以外の街に行ってきた。森に関するそれらしい情報はなし。行方不明者の話は……、まぁ、ルーファスから貰った書類通りのことしか聞けなかったな。あと、あるとしたらナギの書類の方だろう」
「そうだよねぇ。にしても、マナの枯渇になるほどの事を人知れずするなんて難しいはずなんだけどね。街の人も大して知らないってのも妙なんだよなぁ」
「だろうな。だったらあるのはこの屋敷だろ。怪しさしかない」
「まぁ、確かに」
「お前も違和感ないか? ここに足を踏み入れてから」
「ん? 僕は特には無いけどね」
「…………そうか」
ゆっくりと顔から手をどかして、身体を起こす。
「あ、そういえば、マーテルに呼ばれてなかったかい?」
「あぁ、アレからも情報が取れると思うからな。……ナギも戻らんし矢先に用事だけ済ませてくる。お前が街で聞いた内容も後で聞かせろ」
「りょーかい、何かあったら呼びなよ。この前教えてもらった”通知”で呼んでよ」
グレンから教えてもらった風魔法。アレは結構便利だ。離れていても届くし。
ベッドから降りたグレンはコチラに軽く振り返る。
「1時間経っても戻らなかったら迎えに来い。お前なら私の場所くらい魔力探知でわかるだろ」
「……迎えに来いってのは珍いしね」
「念の為だ。……それと、そこの暖炉の火は絶やすなよ」
「はーい」
椅子に腰掛けて軽く手を振る。視線だけコチラに向けたグレンは返事もせずに部屋を出ていった。彼を見送ったアッシュは部屋の暖炉に近づく。
「暖炉の火、ねぇ」
目の前の赤く揺れている炎を風と水魔法で炎を消した後、自分の炎を灯す。蒼く光る炎はユラユラと揺らめき、その炎は徐々にボボッと音を鳴らして消えた。
「……へぇ〜、なるほど、そういうこと」
消えた炎を見てアッシュはクスリと笑う。




