枯渇事件:依頼1
魔力を与えている間に書類処理をしてるユーリが持つ書類を覗き見しているナギに見えないようにしようとしているが、それでも見にてくる彼女の顔を押して見えないようにしていると、その中にあった書類に目が止まる。
「……ゲッ、また来てやがる……。おい、ルーファス」
アビスの件で話しているルーファスにユーリが声をかける。話の途中だったが、話を中断して視線を向ける。
「どうしました?」
「また来てる。例の件」
「あぁ、そうですよね。ずっと先送りになっちゃってますし、そろそろ受けないとマズイですよね……」
「何かあるのかい?」
「え、あ、あぁ、実は、以前から頂いてる調査依頼が来てるのです」
「調査依頼?」
「えぇ、そうなんです」
頷くとルーファスは困ったような顔をする。
「何かあるの?」
「3、4年前……くらいからでしょうか、ある一帯の場所で、というか精霊の森と呼ばれるマナが豊富だったはずのところで、マナの著しい現象が起こっているそうなんです。それを確認しに行ってくれ、という依頼とそれと同時期に行方不明者の捜索願いも受けてまして……」
「何でルーファスたちの方の騎士団に? ギルドとか、冒険者たちが受けたりするような内容じゃないかな?」
「普通はな。けど、俺らに来るのはギルドや冒険者が対応出来なかった各国の案件ばっかくんだよ。知り合いのやつからも来たりすんだよ」
「へぇ〜、なんかすごいね。頼られてる感じじゃん」
「違ぇよ違ぇよ。厄介な案件を投げられてるだけだっつの。便利屋扱いされてるだけだわ」
呆れた様子でユーリがそう言い放つと、あぐらをかく。
そういえば、確かエドワードから聞いたのはルーファスたちのこのクロノス騎士団はどの国にも所属しない、騎士団自体が国のように扱われているらしい。ギルド等が対処出来なかった依頼を解消するというのが条件で各国に独立の許可が出ている。
故に、かなり面倒事を押し付けられることが多いらしい。
「ちなみにこれ、何処から来てる依頼なの?」
「クークラ国からの事案です」
「クークラってここからかなり遠くない? そんなところのもやってるの?」
クークラは騎士団のところからもっと北の方にある国だ。そんな遠くの国からも依頼来るんだと感心してしまう。
クークラの名前が出た途端、ナギがピクッと反応した気がする。
「ただ、私もユーリもまだそんな遠くのところまで伺って調査をする余裕が今無くてですね……。どうしても後回しになっちゃってまして、催促で毎月来てるのが困りものです」
はぁ、とため息を吐く。ため息を吐く理由としては、派遣がすぐ出来ない理由も含まれている。騎士団が所有するワープゲートも何処にでもある訳じゃない。設置するのに魔法陣や魔法使いがいないと使えないし、かと言ってて転移魔法が使えるルーファスも何度も転移魔法を向かう騎士団員を連れていくのも難しいらしい。
そのため、こういう依頼はどうしてもすぐすることが出来ない。
困った様子のルーファスにグレンが軽く手を上げる。
「調査依頼くらいなら、私が行こうか?」
「え、グレン君がですか?」
「あぁ、今は非番だし、行ったことがある場所なら私も転移魔法は使えるし、確認するだけなんだろ」
「い、いいんですか? 私としては助かりますが……」
「おいおい、アビスの使者のコイツに任せるのはやべぇだろ。他にバレたらどうすんだ?」
「とはいえ、私もユーリも動けないじゃないですか。別件の仕事もありますから」
「だと言ってもなぁ……」
「ほら、アレですよ、仮の騎士団の証明書があれば問題はありません」
「仮でもコイツだぞ?!」
「一応、アビスの件で仕事の時は、普段、フードで顔を隠しているし余程のところでなければ身バレはせんぞ」
「んな問題じゃねぇよ!!!!」
ギャーギャー騒ぐユーリだったが、それをフル無視して、ルーファスはグレンに何かを手渡しする。先程、話した仮の証明書で名前のところは空欄のものだった。
「え、マジで渡すの?! もし、ファーゼスト・エンズと関わりがあることが、ましてやグレンの事がバレた時どうすんだよ!! 面倒事が起こんだろ!!」
「うるさいですよ、ユーリは心配性ですね」
「あぁああああああっ!! 俺は知らねぇぞ!!!!」
怒った様子でユーリはズカズカと歩いて部屋を出ていってしまった。
いいのかなぁと思っていると、ルーファスは今度はアッシュの方を見る。
「もしよろしければアッシュ君もお願いできますか?」
「え、僕も?」
「えぇ、グレン君だけでも問題は無いでしょうが、10日も動けてないですから、少し運動がてら行ってきてはいかがでしょうか?」
「あー、まぁそうだね。でも魔力強化どうする?」
「それなんだが……、お前、どうやったかは知らないが、三日間でやる予定の魔力量は既に増えているんだ。あとは馴染ませるくらいだ」
「一日もかかんなかったのはビックリだねぇ。ある意味ではルーファスのおかげだね」
アッシュがルーファスにニッコリと笑うと、どう答えようかと困った顔をまたしてきた。触れられるのは、という感じだ。あとでアッシュから聞けばいいし、むしろ増えすぎた魔力を馴染ませないと増えた分が無駄になる可能性もある。それに調査依頼くらいなら怪我もせんだろ。
とはいえ、なんだかあまり大丈夫だろうと思うとフラグが立つ、というものを前に言われた気がする。変にそういうのは言うのは、やめよう。
「君と仕事とか、ちょっと昔を思い出すねぇ」
「まぁ、そうだな」
「では、決まりですね。お二人には申し訳ありませんが、仮の証明書をお渡ししておきますので調査と捜索をお願いします」
「……この証明書の著名は私が書いていいのか?」
「私が書きます。お渡ししておいてあれですが、仮のものでも偽装防止に私しか著名できないので」
「そうか。なら、私の名前のところは、ソワレと記載してくれ」
「ソワレ、ですか?」
「あぁ」
受け取った仮の証明書をそのままルーファスに手渡すと、一緒に聞いていたアッシュは首を傾げる。
「なんでソワレって名前なの?」
「偽名だ。たまに潜入捜査したりする時に私が使ってる名前だ。私がグレンだとバレるのも面倒な時があるからな」
アビスの使者として都合がいい時もあれば、悪い時の方が多いこともある。面倒ではあるが、それが一番動きやすい。
「あと、ルーファス」
「はい、なんでしょう?」
「クークラ方面の案件、他にもあるだろ。全部終わらせるからそれも出せ」
「ぜ、全部ですか?」
「あぁ、調査依頼だけじゃないだろ」
「え、えぇ、魔物討伐や、他にも、ありますが……」
「それらも終わらせる。調査依頼だけ終わらせるのも非効率だ」
「ちょ、ちょっと待ってくださいね。確認してきますので」
バタバタと他に依頼がないか確認しに向かう。扉の前でユーリもまだ居たのかすぐ扉の近くで話し声が聞こえる。
調査と捜索の依頼だけでなく他の依頼もやる気なんだと思ったが、確かにそれ一件の事だけでやるよりも他にも出来ていないならまとめてしてしまった方がいいとは思う。
「お前はどうする? ついて行くか?」
「ふぇっ?! お、オレか? え、えーとやなぁ……」
突然ふられたナギは何やら動揺している気がする。指先をツンツンと合わせて視線を泳がせている気がする……。
「なんだ? 言いたいことがあるなら言え。行かないなら置いて行くぞ」
「い、行かんとはゆーとらんやん! そ、そうやなくてなぁ……」
「だったらなんだ?」
「そ、それが……その、あんさんらがゆーてる、調査依頼のある地域、たぶん、なんやけど、そこ、オレ、知っんねん……」
「え、そうなの?」
「…………精霊の森の近くにある街、オレの、育った街……なんよ……」
ボソッと呟いたナギの言葉に少しの沈黙が入る。
そんなことで戸惑う必要は無いだろうし、里帰りついでにもなるんじゃないだろうか。
「行くんはえぇけど……、いつ行くん?」
「明日の早朝で向かうぞ。お前も起きれるな?」
「うん、大丈夫だよ。でも、調査は一日二日で終わる?」
「多分な。かかりそうならお前だけ先に帰らせる。原因が分かれば根本的なものを潰すつもりだ」
「潰せるものなのかなぁ」
「人為的なものだったらな。自然現象も何かと起こるには原因があるし、分からないこともないだろ」
「まぁその辺は君に任せるよ」
そういうと小さく頷く。
ルーファスが他の書類を持ってくる間、グレンは一度ナギの方を見る。いつもなら何処かに向かうのでもやかましいが今回は大人しい。里帰り、というものになるとは思うが乗り気では無い感じの様子だ。
「行きたくないなら本当に来なくてもいいんだぞ。最初に会った時に帰れない事情があるって言ってただろ」
「なんや、覚えとったん? 相変わらず記憶力えぇな、グレンはんは。……大丈夫や。多分地元ってだけやし、それに……」
「それに?」
「…………いや、ええわ。行く時声掛けてや。オレはそれまで寝とる」
「そうか。明日の朝起きてなかったら置いてくからな」
「……わーった」
ナギはそう言うと彼女も部屋を出ていく。
廊下に出た彼女は歩きながらギュウッと胸元を締め付けるように握る。
「……ママンに、知らせなアカンな」
懐から小さな玉のようなものを取り出す。
それに魔力込めると光がポオッと溢れた。
◇ ◇ ◇
翌朝、身支度の終えたアッシュとグレン、それとナギはエントランスにいた。仮とはいえ騎士団として動くということもあり、彼らの制服を三人は身にまとっていた。ただ、変わらずグレンは紅いマフラーはつけたままのようだ。
「三人とも、良くお似合いですよ」
「こういうちゃんとした制服、僕らが来てもいいの?」
「えぇ。それに、グレン君の普段の服装は使者としてよく着ていらっしゃるものですし、身分を隠すなら、今のがいいかと。そのマフラーくらいなら、まぁバレませんよ」
そう言うルーファスから依頼書と仮の証明書を片手で受け取り、グレンにアッシュはヒョコッ横から顔を出す。
「それ、クークラ方面の依頼書かい?」
「あぁ、魔物討伐が大半だな。向こうの地方にはまともな冒険者が居ないのかと言いたいくらいだ」
ペラペラと書類はかなりの枚数がある。10枚か、いや20枚以上ありそう。
「まぁでも、手分けしてやれば魔物討伐は早く終わりそうじゃないかな」
「そうだな。本命の依頼の前にそっちを午前中に終わらせるぞ。調査と捜索の方に時間を持っていった方がいいだろうからな」
「本当に全部やる気なんですね……」
「当たり前だ。終わらせれるなら終わらせた方がいいだろ」
半分呆れた様子のルーファスにグレンが言い張るが、何度も何度も本当に全部やるのかと聞いたくらいだ。
それくらい難易度が高い魔物なのだろうか。
「いや、別にあなたがたの腕を信用しているのですが、そこそこ私でも苦戦する魔物もいるんですよ? 調査と捜索の依頼をして頂けるだけでもありがたいので、無茶だけはしないでくださいね。あと、精霊の森の近くにある街、そこの領主にも伺うことは伝えてますので調査の際はその街を拠点にしたらいいかと思います」
「あぁ、わかった。アッシュ、ナギ、行くぞ。現地に着いたら依頼書の詳細を伝える」
「うん。それじゃあルーファス、アティを頼むね」
「はい、分かりました。お願いをしておいてあれですが、病み上がりなのであなたも無理のない程度に」
「あはは、わかってるよ」
アッシュがルーファスに向けて手を振り、挨拶をすませるとパチンッと指を鳴らして転移する。




