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とある異世界の黙示録 -蒼い守護者の物語-  作者: 誠珠。
第十二章 雨の里

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雨の里:独りに……5

 ディルックの冷酷な目がアティを見下ろす。見た目が父と同じだから、恐怖、いや、殺気に近いものを感じる。



「あ、あの、む、虫唾が走るって、何か私は――」

『君、解放しろって言ったけど、君が僕に提案した内容の意味はわかって言ってるのかな?』

「も、もちろんです! お父さんの身体を解放して、私の身体を――」

『君が言ってるのは、アッシュ(コイツ)に守護者をやめろって、死ねと言ってるのと同じだよ』

「……えっ?」

『嗚呼、別にアッシュ(コイツ)が死ぬ事なら大いに賛成だ。けど、君のその提案だと、僕とアッシュ(アイツ)の魂ごと君に移るってことだ。それは、その肉体自体に魂も何もかも無くなるって話になるんだよね』

「ちょ、ちょっと、待ってください!!」



 慌ててアティは立ち上がる。


 私は、お父さんに死んで欲しくないからそう言っただけで――



「お父さんを解放して欲しいって言うのは……ッ」

『そもそも僕を宿すってことは守護者になるってことだ。君は器でも無いし、耐えられる訳でもない。自惚れがすぎる』

「う、自惚れてはいないです! ただ、本当にお父さんを――」

五月蝿(うるさ)い』

「あぐッ!」



 ディルックはアティの胸ぐらを掴み上げ、宙ずりになった少女に顔を近づけ、蒼い瞳が少女の姿を目に映す。



『自惚れているだろ。まるで自分の事はどうでもいい、死んでしまってもいい、だから身体を渡したい。大方そう思っているんだろ?』

「〜〜ッ だ、だって、わた、しは……!」

『そんなに死にたいなら、独りで死ねばいい』

「ヒッ?!」



 ブワッと蒼い炎がアティを覆う。胸ぐらを掴まれ、宙ずりになっている少女には為す術もなく飲み込まれていく。



 熱い、痛い……!!

 お父さんの炎で熱いと思ったことは、今まで無かった。息が炎の影響で息苦しい。肺が焼けているように熱い!!



 気がつけば首を掴んでいたはずのディルックの手も無くなっている。それでも地面に足が着くことも無い。炎と自分の呼吸以外何も聞こえない。


 炎から出ようと手を伸ばそうとしても空振り触れることも出ることも叶わない。



(死ぬ……? 死んじゃう……?)



 私が死ぬのは、いい。でも、あの人の気配が一気に変わった。お父さんに何をするか分からない。


 私が、何か気に障ることをしてしまったの?

 そのせいで、お父さんに何かされてしまうんではないかと不安で、たまらなくなる。


 その不安を感じ取ったのか、炎の何処からか、ディルックの声が聞こえた。



『安心しなよ。君がこれから堕ちるのは地獄だ』


(地獄……?)


『そう、地獄だよ。地獄って炎の地獄、炎熱地獄ってのがあるんだ。嘘つきが堕ちる、地獄』


(嘘つき……? 私は、嘘なんか……!)


『君は嘘をついている。誰かの役に立ちたいと思っている割には言い訳として言っているたけだろ』


(違う、ただ、私は、役に立ちたいだけ! 私は、唯さえ、疫病神で、強くない。足手まといなんですから……!)


『君は嘘をついている。死ぬ事なんて怖くないって言う割には、誰よりも怖がっている』


(いいえ、死ぬなんて、怖くありません! 誰かの為に死ねるなら、こんな命なんて……!)


『君は君自身にも嘘をついている』


(私は、嘘なんか……ッ)


『誰かを失うことを誰よりも恐れているのは、君だ。誰かに遺され、先立たれ、そうなる前に自分が消えたいと願ってるだけだよ。独りに成りたくない、独りは怖い、だから死にたいんじゃないのかい?』


(…………)



 そう、です。私は、もう誰かを目の前で失うのが怖いんです。


 ジジ様もババ様も、お母様も死んじゃって、大切な人をまた失うのが怖いんです。だったら、私は、その前に死んで、しまいたかった。


 でも、死ぬのも、怖かった。


 死のうともした。けど、死んだ先の事を思うと、怖かった。


 死んだらどうなるんだろう。


 死んだらずっと苦しいが続いちゃったら?


 死んだら、死んだ先でも独りだったら、どうしよって……。

 お母様たちの元に逝くことも出来なくて、独りだったら、どうしよって……。


 そう思ってしまった。だから、今まで死ねなかった。



『まだ嘘だと否定するなら、炎の中でたった独りで死ね』



 ”独りで死ね”


 その言葉に、アティは恐怖が内側から零れるように溢れてくる。心にピシリッとヒビ割れた音が響いて、そこから溢れていく。


 溢れてくる。



「……ッ い、いや……!」



 オッドアイの瞳から大粒の涙が、ボロボロと零れ始める。



「いや、だ!」



 独りになりたくない。独りは、いや。



『なんで? 死にたいんでしょ?』

「独りはいやだ、怖い、怖い!!」

『死ぬ時は誰だって独りだ。君にも死にかけた時の覚えはあるんでしょ?』

「――ッ!!」

『寒い寒い、地下の中、傷つけられて、嬲られて、蔑まれて、疎まれ、辱められた。何度も何度も君は死の瀬戸際にいた』

「あ、ぁ……!」



 お父さんたちが、助けてくれる前、フラッシュバックのように、あの時の地下でのことが頭に過ぎる。


 寒くて、凍えそうで、暗くて、淋しくて、寂しくて、何度も何度も……。



『望んで死ぬんだ、あの時と同じさ。だったら、独りはもう慣れただろ』



 また、あの時のように独り……?


 寂しい思いを、しないと、いけないの?



「いや、いやだ……ッ あんな思い、もう、したくない……ッ」



 死にたく、ない……。あんな思い、死んでも同じ思いをしなくちゃいけないの?



「いや、やだやだやだ……!!」



 喚く少女に炎は容赦なく燃やしていく。


 熱いのに、冷たい。


 パチパチと火花の音が死の足音のように聞こえてくる。



「独りは、もういや、いやだよ……! 置いて、行かないで!! 独りにしないで!!」



 そう叫ぶと、少女を包んでいた炎がバッと晴れる。目の前にいる彼はため息を吐いて少女へと手を伸ばす。急に目の前が晴れたことで驚いた少女はガクッと落ちそうになるところを支える。



「あ、あの……?」



 ザーッと炎に包まれる前と変わらず雨が頬に当たる。冷たい雨と、冷えた空気が身体にまとわりつく。


 ゆっくりと少女を地面に降ろすと、ディルックはアティの頭をポンポンと軽く叩く。先程の殺意に満ちたような目ではない。父と同じような、優しい目をしていた。



『わかったかい? これが本当に死ぬってことだよ』

「……ッ うわぁぁぁぁぁん……!!」



 先程の恐怖と安堵感で思わず、再び泣いてしまった。


 本当に怖かった。死ぬなんて一瞬だと思っていたから。一瞬じゃなくても、少し苦しいのを我慢すれば、それでいいと思っていたから。



(やっば、泣いちゃった……。まぁ泣かしたのは僕だから仕方ないか)



 面倒くさそうな顔をしながらも泣いているアティの頭を優しく撫でて落ち着かせる。嗚咽混じりに泣き続けたが、ようやく落ち着いたのか、涙を拭い、顔を上げる。



『落ち着いたかい?』

「は、はい。先程は、失礼、しました……。もう、死に、死にたい、なんて、言いません……」

『いいよ。僕も意地悪が過ぎた。……でも、死ぬってことは孤独なことだよ。誰かがそばにいたとしても、死んだ後は暗闇に一人きりだ。いつかは訪れるのに軽率に死にたいと思わない事だよ。それに今回、僕が炎を消したからいいけど、そうじゃない奴らは君が命乞いをしてもきっと容赦なく殺すこともある』

「そ、そう、ですよね。気をつけ、ます……」

『……あと、僕が気に食わなかったのは、君は子どものクセに変に大人ぶって全部に絶望したような顔をするのがウザったかったから。もうしないように』

「はい、ごめんなさい……」

『……全くもう、君はまだ子どもなんだ。子どもは子どもらしく周りを気にしないで貪欲にワガママを言いなよ。それに、よくあの方は言っていたよ。”子どものうちは苦難や嫌なことがあったとしても、子どもらしさがなければ幸せな大人にはなれない”って。子どもらしく、寂しいなら寂しい、嫌なものは嫌って言いな』

「分かりました……」

『それと!』



 ビシッと指を少女の顔の前に突きつける。急に指を突きつけられてビクッとしてしまう。



『さっきも言った通り、君じゃ僕の器には足りないんだ。君がアッシュ(コイツ)を助けたいにしろ、今はどうしようも無いんだから諦めな。……全く、母娘(おやこ)揃ってなんで自分の身を犠牲にしようとするかね……』

「お、おやこ……、ですか?」

『そうだよ。母娘(おやこ)、君の母親も僕と話した時に(おん)じように、”自分の身体を渡しますから〜”って、全く呆れたもんさ』



 ベーッと舌を出して、やれやれと両手を軽く上げる。



 そう、この子(アティ)もそうだが、あの女(レイチェル)、あの人もそうだった。呪いの事をどうやって察したかは知らないけど、どうしてこうもアッシュ(コイツ)の周りの人は自己犠牲に迷いがないのだろうか。


 正直、気持ちが悪い。自己犠牲なんて、所詮はソイツのエゴだ。だから、僕はアッシュ(コイツ)が……。



 不機嫌そうに舌打ちをしていたが、アティはガシッとディルックの服を掴む。



「で、でもお父さんの身体奪うのは、やめて欲しいです!」

『大丈夫大丈夫。どちらにしろ今はこの身体をどうこうすることは出来ない。呪いを進行させたくても、周りには生きてる人って君しかいないし、そもそも魔法もままならない。遠くに人のいる気配は感じるけど……、そこまで今の僕じゃ遠距離の魔法も撃てないからね』

「……それって、出来たら撃ってたんですか?」

『さぁ、どうだろうね。少なくとも、彼女があそこにいるようだからしないけど』

「……先程から、その”彼女”というのはどの方のことを仰ってるのですか?」

『さぁ、誰でしょうねぇ〜』



 ニヤニヤと意地悪そうな顔をするディルックに少しアティはムッとしたが、すぐアティは笑顔になる。



 この人はお父さんの身体を奪おうとしている。けど、悪い人じゃない気がする。

 じゃなかったら、ここまで気付かせるようなことを、わざわざするような人じゃないと思うから。



 笑うアティにディルックもクスリと笑う。



『ま、君は子どもなんだから、もっと気楽に生きなよ。それでももし死にたいなら、いつでも僕の名前を呼ぶといい。その時はアッシュ(コイツ)の意思なんかガン無視で入れ替わって、君を遠慮なく殺してあげるよ』

「……死なないよにって言いながら殺してくるんですか?」

『まぁ、君が望めばって話さ。アッシュ(コイツ)の呪いを進行させる糧になるんならどうぞ差し出してくれって話だよ』

「ぜ、絶対にやです! 殺されてあげません!」

『くははっ そうだね。君は僕に殺されるのはごめんかだよね。アッシュ(コイツ)が、お父さんが大好きだからね』

「当たり前です!」

『だったら、もっともっと君は長生きしなよ。君が誰かが居なくなるのが怖いってのと同じように他の人も君が死んだら嫌だって人がいることを、その事を決して忘れちゃいけないよ』

「……うん」



 小さくアティが頷くとディルックは満足そうな顔をしているような気がした。

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