雨の里:弔い1
時間を少し戻してグレンとユキ。
ツノを相変わらず引っ込める事も出来ずにフードの上から手でツノに触れてユキはため息を吐く。
「はぁ……、このツノ、本当にどうしましょうか……」
「まぁ、一番いいのは引っ込めるのがいいんだがな」
「それが出来なくて困っているんですけど……」
「ふむ、アリスにでも聞いてみたらどうだ。神子は女神化すると翼が生える。狭いところでは邪魔だからしまうことも出来ると聞いたことがあるぞ」
「翼とツノって同じ要領でできるんですかね?」
「さぁ、いらん」
軽く返事をされてユキはガクッと肩を落とす。最悪、切り取ってしまいたいが、グレンからは絶対にそれはやめた方がいいと言われるし、困ったものだ。
なんて話をしながら廊下を進んでいると、グレンが足を止める。
「ここだ」
「ここ、ですか?」
「あぁ、ここに恐らく研究資料があるはずだ」
コンコンと鉄製の扉を叩いた後、魔力を流してみるが、やはりと言うべきか。全く反応がない。仕方なく、グレンはガッと指で扉に指をねじ込み、無理矢理横へスライドさせてこじ開ける。
なんとも力技だ。
中に入ると、廊下同様、ほぼ廃墟のような状態、と思ったが中は綺麗な状態だった。部屋の中の壁に触れる保管魔法だろうか。古い術式だったがそれが部屋に施されており、中にある書類も機材もほぼ劣化しているものはなかった。
「僕も探すのを手伝ったらいいですかね?」
「特には手伝いはいらん。ほとんどは破棄してもいいとは思うが、奴曰く、魔物と人間の合成実験の結果の書いた資料がいるらしいから、それくらいだろうな。探すのは」
「魔物と人間の、ですか?」
「そうだ」
ユキの問いに答えつつ、手際よく必要そうな書類とそうじゃないものを分別していく。
見ただけじゃ正直分からないが、資料のひとつを拾い、中身を見てみるも、よく分からない。難しいことが羅列のように並んでいる。
(こんなの、普通分からないんじゃ……。とはいえ、グレンは普通に見て分けているし……)
ため息を吐いて、手に取った書類を一枚一枚確認していく。S-906という名前がいくつも出ているけども、これはこの被検体、とかいうものを使って実験した書類なのかもしれない。
(そもそも、人と魔物じゃ構造も性質も違うのに、混合なんて出来るものでしょうか……。こういう実験をする人は物好き……いえ、妙な考えをするものですね)
ペラララッとそれに関する内容がないか見ているが、ふと、気になる文献がある。
「これは……」
その書類を手に取り、内容を見る。
――――――――――――――――――――
・〇月〇日 記載者:ミゴ
【被検体:S-906について】
・以下のことを書き記す。
・神子:シエルの守護者である、被検体:S-906は死亡後、遺体を使用し、実験を開始。この実験は守護者の肉体で同じ守護者を再構築可能か。また、魂を天の国から強制的に降ろすことで守護者としての資格を継承されるかの実験。
・もう一体の守護者の被検体:S-0244に関しては別紙にて記載済み。
・第一段階として、肉体の再構築。マナを利用し、一度肉体を分解、新たに肉体を生成に成功。魔力が全身に巡る限り、不死身に近い肉体。また、コレを他の副産物として、複製も可能になった。主であるアビス様の希望で食事としても提供が可能。通常の人間よりも高濃度の魔力で構築されているからか、美味と好評であった。
・詳細は別紙にて記載済み。
・第二段階、魂の招来。この点はアビス様のお力により、難なく可能となる。束縛の呪いにより、召喚術の応用し、招来された魂はその器に固定される。実験段階の召喚獣を核に魂の定着を確認済み。
・その後の副作用については別紙にて記載済み。
・驚いたことに、元の身体という事もあるからか、すぐに定着し、覚醒する。ケースを破壊し、脱走を試みたようだが、アビス様により、捕獲済み。
・前世の記憶を持ったままでは面倒なため、初期化済み。
・被検体:S-906に関しては今後、前世の名称である、”グレン”、と命名する。
・詳細については別紙にて記載済み
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書類からグレンへ視線を移す。
これは、彼の事だろう。何故、深淵の神子とやらに仕えているのか。それは彼が実験体として造られたからなのかも知れない。
なんとも言えないような表情をしているとこちらの視線に気づいたグレンが顔を上げる。
「どうした?」
「あ、え、えっと、その……」
「見つかったのか?」
そう言って持っていた書類をユキの手から取り上げる。中身を見て、彼は目を細める。
「あ、あの、その……」
「……ふん、あのマッドサイエンティストめ。こんなものをわざと置いていったんだろうな」
「え?」
「書かれていたことに関してはお前は気にするな。どうせ、今回の依頼主の嫌がらせだ」
「そ、そう、ですか……」
こんな資料をここに置いているのは、ある意味では今回ここで行っていた実験に必要だった、というのと――
(”お前は造られた人形なんだぞ”、と再認識させているようだな)
グレンはため息を吐いて、ユキから取り上げた書類を燃やす。燃やされた書類は灰になり、塵となった。
「……あの、グレン」
「なんだ?」
以前、アリスたちから聞いたところ、魔力喰いに魔力を食べられていた彼をアリスとアッシュが助け出したそうだ。けど、その時にアリスが言っていた。グレンの身体がその時透けていた、と。
それは、あの資料に書いてあったマナから構築した身体だから、魔力を食べられ、身体が壊れかけていたんじゃないかと推測出来る。
「あなたの、その身体の事で、アッシュは知っているんですか?」
「…………話してないから知らないだろうな。今の生で私とアッシュが再会したのは数年経った後だ」
「言わなくて、いいんですか?」
「むしろ、言う必要があるか? それよりさっさと終わらせて引き上げる。もうひとつ確認する部屋もあるしな」
「もうひとつですか?」
「あぁ、お前が見た資料にも書いていた、食料用の被検体のところだ。気配からしてまだあるんだろう。施設そのものを破壊しろ、との事だし、変に生き残っていては、不憫だからな」
「あ……」
ずっと気になっていた場所があった。人でもない、ましてや、魔物のようでもない、変わった魂があった場所があった。それが気になっていて、ここに残ったというのもある。
もし、グレンが言う被検体のことなら……、それかもしれない。
「さて、目的の資料は回収済みだ。この部屋を出るぞ。ここは出て直ぐに燃やすからさっさと部屋から出ろ」
「わ、分かりました」
平然な顔をしてグレンは部屋を後にする。彼に続いてユキも部屋から出ると、彼は指先に小さな光のようなものを魔法で呼び出すと、それをヒョイッと部屋へ投げ込む。
地面に着いた光は一気に部屋の中を燃やし尽くしていく。
あの中にはもっと残酷に、非道な実験の数々がまだ書かれていたと思う。軽く目を通しながら見ていた中のほとんどは、人体実験の数々が書かれていた。それは、もしかすると……。
チラッと後ろ姿のグレンに目を移す。
嫌がらせ、と言っていた。ということは彼に関する資料が沢山あったんだ。難しい内容は、あまり分からなかったが、見たもののほとんどにS-906、グレンの名前が何度も出ていたから。
なんとも、悪質すぎる。彼は何故平然としていられるのだろうか。
「おい、ユキ」
「は、はい!」
考え事をしていると突然声をかけられたユキはビクッとして、思わず大きな声で返事をしてしまう。急に大きな声で返事をしてきたのでグレンも驚いた顔をしたが、すぐにいつもの表情に戻る。
「さっきから声をかけているだろ」
「す、すいません。考え事をしてまして……」
「……はぁ、まぁいい。私はあとこの部屋に用事がある。中にいる被検体を処分したら施設から脱出するつもりだ。お前はジャンヌと合流して、出る準備をしておけ」
「出る、準備……」
「そうだ」
……何故だろうか。気を使われている気がする。
部屋に入って扉を閉めようとするグレンにガシッと扉を掴む。閉まらない扉に彼は振り返るが、押し通るようにユキも部屋へと入っていった。
「何のつもりだ?」
「ぼ、僕もこの部屋に気なってましたし、同行してもいいって言われてますから、一緒に行きます!」
「別に、来てもいいが、見てもいいものではないと思うぞ」
「承知の上なので、大丈夫です」
強情なのか、意地っ張りなのか。
呆れた様子で扉を閉める。先程の部屋と同じように保管魔法が施されており、中は綺麗なままだった。部屋の中は筒状のガラスケースが沢山並んでいて、その中身は、ケースの中いっぱいに詰まった液体と、人が一人その中に入っていた。
いくつかは空っぽになっているけども、見渡す限りでは100ほどだろうか。すごい数のケースが並んでいる。
「ふむ。やはり残っていたか」
「……彼らは生きているんですか、ね?」
「生きてはいるとは思う。が、意思はない。ここに置いてあるのは実験の最中で壊れた者や、魂の定着がされなかった者たちだ。他に使いどころがなくて、食料用にしていたんだと思うぞ」
「……そうなんですね。魂は見えるのに、全く色がなかったので、ちょっと気になってはいたんです」
「魂自体はあるのか」
「えぇ、なんと言ったらいいでしょうか。僕もあまり魂についてそんなには詳しい訳では無いのですが赤ん坊ですら魂には色があるんです」
「それは初耳だな」
以前、ユエという神子が魂の色が視えると言っていた。それと似たようなものかもしれない。
「魂は初めは白い魂なんです。これは赤ん坊の子がそうですね。子どもから大人になるまでに、罪悪感や悪い事をした、という自覚から魂は少しづつ黒く濁る事が成長と共に起こります。あとは、まぁ、人を殺したらその分、濁りは濃くなりますね」
「なるほどな。だが、コイツらはそれがない、ということか?」
「えぇ、そうです。彼らの場合、白い、と言うよりも透き通ったガラス玉のような感じに見えますね」
(心があるかないかで色味が出るのか?)
目の前のガラスケースに入っている被検体を見ながらそう考えるが、そもそも身体はあっても魂がない者ばかり。
ある意味では心がない状態でここにあってよかったかもしれない。意思や心があれば、ずっとこんなところにいては発狂していたかも知れないから。
「……ま、私のやる事は変わらん。ユキ、下がってろ」
「あ、はい……」
数歩、前を歩いて、彼らを見る。
本当に心がなくて少しホッとしている。これから彼らを殺さないといけないからだ。怖い思いも、苦しい思いもさせなくて済む。
私が出来る、彼らへの弔いだ。
グレンは指先をガリッと噛み、血で魔法陣を描く。
「”魂の契約を下に、ここへ顕現する。来い、タナトス”」
パチンッと指を鳴らし、詠唱すると、死の根源が顕現される。




