雨の里:ボクとご主人様4
◇ ◇ ◇
自分ハ、ドウナッタンダロウカ。ゴ主人様ト、話ヲ、シテイタノニ、ナンデ……?
ナンデ、ズット、イタインダロウカ……。
助ケテ、ゴ主人、サマ……。
◇ ◇ ◇
声が聞こえて、アッシュは剣を止める。グチャグチャと音を立てて変異をしているが、どうしようかと悩んでいると、肩に乗っていたスイはピョンッと飛び降りて、人の形に変わる。
「今の、アラネアの声だ」
「えーと、確か、エドワードとこの場を離れていた蜘蛛の魔物の事だよね。なんでこの怪物から?」
「ボクが知るわけないよ。でも……」
心配そうに怪物を見上げる。
そうか、魔物とはいえ、彼にとっては大事な仲間。そして、彼がこっちに来たなら、エドワードを主人として命令で僕の手助けをしているはずだ。
エドワードの使い魔なら、僕も、魔物だからって放っておく訳はいけない。一番いいのは、グレンかマリア、アリスの神聖魔法でどうにか引き剥がせるだろうけど、今はあの三人がいない。
どうしようか……。
「スイ、君のおかげで毒はどうにかなってる。アレは僕が抑えるから、エドワードのところに戻って、グレンに助けを求めてくれないかい?」
「は? 誰だそれは?」
「僕の頼もしい相棒だよ。あの怪物から、アラネアを引き剥がすのにグレンの力が必要だ」
「ッ! アラネアを……、助けて、くれるの?」
「もちろん。君らはエドワードの使い魔になるんでしょ。なら、助けるよ。きっと、アリスならそうする」
僕の意見でするなら、面倒だからさっさと殺してしまった方が早い。でも、アリスは殺すなという言葉はあくまでも対話の出来る彼らを助けろというのも含まれる。であれば、僕が思い当たる出来ることをするだけだ。
(グレンには、巻き込んで申し訳ないけど……)
「わかった! ご主人様に、グレン……とやらを呼ぶように聞いたらいいんだろ?!」
「そうだよ。よろし――」
「アーッシュー!!」
「ッ?! え、ア、アリス?!」
驚いていると、里に行ったはずのアリスがエドワードの上に乗ってこちらへ手を振っていた。
「アリス?! き、君、なんでここに?!」
「変な気配したから引き返したの!! なんか、すんごいことになってるけどね」
引き返したって……。というか、ノアはどうしたんだろうか。パッと見だと近くにいないみたいだけど……。
エドワードから飛び降りると、アリスは大杖を取り出して、カンッと音を響かせ、女神化すると翼を広げて、隣にいた彼も一緒にこちらへと降りてきてしまった。
「き、君、なんでここに?」
『さっきも言ったじゃない。変な気配がしたから来たのよ』
「な、何故、私までこっちに降ろしてきたんだ……」
『ふふーん、エドワードは私の付き添いよ!』
「……まぁ、君らしいけど、危ないのはわかってるのかい?」
『もちろんよ。それに、なんかあってもアンタが私を守ってくれるでしょ』
「いや、それはそうだけど……」
ドヤッとしたアリスにアッシュとエドワードは困った顔をしたが、彼女がたまたまとはいえ、来てくれたなら助かる。
ため息を吐いていると、しばらくアリスがこっちを見たので首を傾げていると、また顔を真っ赤にした。
そ、そういえば、あの件の後だった。エドワードにバレませんように……。
彼女から視線を逸らして、動きが鈍くなった怪物に視線を移す。
「とにかく、アリス、僕が君たちを全力で守るから、あの怪物を浄化出来るかい?」
『んー、わからないわ。でも、やる! 力になりたいの! 侍の国では将軍にあんま効かなかったけど、陽の時と同じような気配だもん、浄化くらいならいけるわ』
「そっか。なら、お願いしてもいいかい? 準備できたら助け出すからさ」
『うん!』
今のところ動く気配がないので、束縛魔法で拘束する。
その間にアリスは神聖魔法の準備をしていた。
『”邪悪なる魔力より解き放たれし禁忌の封印を破り、闇の影を払う。我が魔力よ、聖なる力を宿せ。光輝く禍々しい呪いを解き放つ……”』
神聖魔法の魔法陣が怪物を包みこむ。
『アッシュ! いつでも撃てるわよ!』
「おっけー、じゃあ、ちょっと行ってくるね」
拘束された怪物に向けて裂け目から飛び込む。普通の人間なら神聖魔法で撃ってもらえれば中から出てくる。だが、アラネアは魔物だ。従魔契約もしていない魔物だと、もしかするとそのまま浄化されて消えてしまいかねない。
一度会ったことのある気配だから、恐らくそれを掴まえればいいと思う。
手探りで怪物の身体からそれらしきものを探っていると、ようやく見つけた。ソレに結界魔法を張り、怪物の中から叫ぶ。
「アリス!」
『見っけたのね! 行くわよぉ〜!! ”神聖魔法:聖光浄化!!”』
放たれた神聖魔法は大きな光を放つ。目が眩むほどの光に思わずエドワードとスイは目を瞑る。
光がおさまる頃には、怪物の姿は無く、アッシュは手のひらに光の玉、結界に入れたままの状態で現れた。
『アンタ、普通あんな怪物に飛び込むかしら』
「あはは、まぁその方が早いからね。それより、スイ、コレはアラネアであってるかな? 一度しかアラネアのことを僕は見ていなかったから、魔力的にコレかなって思って結界内に入れたんだけど」
手元の光の玉を、スイに渡す。受け取った光の玉に額をつけると、アラネアの気配がちゃんと、そこにあった。ホッとした様子で、スイは頷く。
「アラネアで間違いない。ありがとう」
「どういたしまして。……さて、エドワード」
「なんだ?」
「彼らの件どうする? 君、僕の毒を治す代わりに彼らの主になるって話になったんでしょ?」
『え、そうなの?』
アッシュの言葉にアリスも首を傾げてエドワードの方を見る。
そうだ。アッシュを助ける代わりに、そうなると、約束している。ここで嘘をつく必要もないが……。
「あぁ、約束している。スイたちの主人になると」
『ふーん、まぁ、いいわ』
「え、いいのか?」
『だって、エドワードが決めたんでしょ。私は別に止めたりしないし、アラネアとも私よく話して思ったけど、ちゃんと話せばいいって思ってるもの。ルーファスやレインの事もあるだろうけど、その場合の責任は私が取るわ』
「さ、さすがに、お前に責任を押し付ける訳には……」
『何言ってんのよ』
パチンッと指を鳴らしてアリスは元の姿に戻る。
「アンタはソイツらの主だけど、私はアンタの主よ。なら、私も責任を取るのは当たり前でしょうが」
「……本当に、いいのか? レインたちにもし、大きな責任を被れと言われたりでもしたら――」
「それは無いと思うよ」
心配するエドワードにアッシュが口を挟む。レインの姿をしたスイの頭に手を置いてグリグリと頭を撫で回す。
「恐らく、レインは今回の事で強く言えないよ。アティたちから聞いたけど、レイン自身、この失踪の件で不本意だけど半分片棒を担ぐ結果になっているからさ。それでも文句言われた時は、さっさと里を出ればいいじゃないか」
「あらなによ、アンタなんか知ってんの?」
「まぁ、いろいろとね」
レインはアヴェルスたちを、子どもたちを守るためとはいえ、何ヶ月も里の大人たちを犠牲にし、マーダー帝国の兵士までも巻き込んでいる。
むしろ、兵士を巻き込んだことで、ジャンヌがどうするかはまだ分からないが、もしかすると責任問題だと、言われ、正当な侵略の口実にされる可能性もある。
そういう事もあって、きっと厄介なこの魔物たちを引き取ってくれるならありがたいんじゃないだろうか。
「アッシュがそう言うならいいんじゃないかしら。あー! もう、お腹空きすぎてヤバい……」
「飯の心配か……。アリスらしいな。それにお前も私も朝はまだだったな」
「そうよぉ、ご飯待ってたら連れてかれちゃったんだもん。あっ! じゃあさ、じゃあさ! ご飯は大盛りにしてくれてもいいのよ!」
「ダメだ」
「なんでよ!」
「お前の大盛りはいくら多くついでも足りない!」
「むむむぅ〜!!」
ムスッとしているアリスだが、アッシュの方を見る。
あ、こっちに矛先向けられた……。と苦笑いするアッシュに彼女は飛びつく。
「いいもーん! そうしたら、アッシュにおやつ山盛りにしてもらうもーん!」
「あ、あはは、エドワードがいいって言われたらね」
「ふぅーん、アンタ、そう言うの」
「え、な、なに……?」
首にぶら下がっているアリスはまたムスッとしたまま、顔を少し赤くする。視線を逸らしてボソリと呟く。
「さっきの件、エドワードにチクっちゃお〜」
「さっき……? ッ?! ちょ、ちょっと待って!! 本当にアレは、その、わ、悪気があった訳じゃ……!!」
「? さっき……とは、なんだ?」
「い、いいや! その、エドワード! な、なんでもないよ……!」
(焦ると余計に怪しいな……)
ジーッと疑わしい目でアッシュを見ていると、アッシュまで顔を赤くしてエドワードから視線を逸らす。
何をしたかは知らないが、アッシュにとってはよほど隠したい、なにか大事だったのだろうか。
「まぁいい。何があったか後で聞いてやる」
「うぐっ……。ほ、本当に勘弁してよぉ〜……」
「ふふーん、いやなら大盛りパンケーキよ!!」
「お前からも聞くからな? アリス」
「ふぇ?」
腕を組みながらアリスにそう言うと間抜けた声を出した。まさかアリス本人にも来るとは思ってなかったのだろうか。一瞬止まると、アリスもまた顔を赤くしてしまう。
恥ずかしいことなら墓穴を掘らずに黙ってればいいのに、とエドワードは呆れてしまう。
スイや結界の中に入ったままのアラネアは今は悪いことをする様子もない。一旦は結界の中にいるアラネアに関してはそのままアイテムボックスにしまい、スライムの姿でエドワードの首元に乗ってもらうことにした。
首元にいたがるのは、どうもスイがこれ以上離れたくないからだそうだ。大人しくするなら好きにすればいいと、許可を出すと凄く嬉しそうにしていた。
里に戻る途中、ポタポタとまだ傷が治っていないアッシュの手をアリスが握る。
「アッシュ」
「ん?」
「手、私が治そうか?」
「え? あ、そういえば、まだ治ってなかったね」
塞がりかけてはいたが、まだ治ってはいなかった。ポタポタと垂れている手の血を見て、お腹にもある傷口に触れる。
アリスの回復魔法で手と身体の傷は完治し、彼はニッコリと笑う。
「治してくれてありがとう」
「へへん! 回復魔法なら任せてよ!」
「うん、そうだね」
彼女は笑顔で先を歩くスイとエドワードの所へと駆けていく。
そんな彼女たちを見たあと、傷が塞がった自分の手に視線を下ろした。
(昔よりも傷の治りが遅くなっている気がする……。以前はこんな傷、すぐ治ってたのに)
不安が少し過ぎってしまった。
これは呪いの影響なのか、それとも……。
嫌な予感を握り潰すように、見つめていた手をギュウッと握りしめて、先を歩く二人の後を追うように足を進めた。




