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とある異世界の黙示録 -蒼い守護者の物語-  作者: 誠珠。
第十二章 雨の里

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雨の里:人間の真似事3

 血飛沫が舞う。


 衝撃音が響いて来たが、痛みは感じなかった。アリスは恐る恐る目を開けると彼女たちの前には見慣れた金色の髪と姿が目に入る。



「あ、アッシュぅ〜!!」

「やぁ、アリス」



 現れたアッシュにアリスは後ろから抱きつく。安堵と安心感でホッとしていたが、手に何が生暖かい液体のようなものが触れる。


 何かと思うと、アッシュの血だった。自分の手についたのは、血飛沫が見えたのは、彼の血だと理解した。



「あ、アッシュ?! ち、ちち、ち、血が?!」

「あはは、大丈夫大丈夫。大丈夫だけど、傷口には触れないでくれたらいいかなぁ、さすがに痛いから」



 そう言うアッシュの手のひらは穴が空いていて、同じ大きさの血の跡が左のお腹からも血が滲んでいた。


 彼は平然としていたが床に滴る血は多い。慌てて持っていたハンカチでアッシュの手を手当しようとしたが、彼は拒否して、見下ろしてくる魔物たちを見上げる。



「全く、手で勢い殺さなかったら身体も貫通してたところだったじゃないか」

「そもそも殺す気でやったのに、お前、死なないんだ」

「ん〜まぁ、このくらいじゃあ僕は死なないよ、いやぁ、残念だね」

「ふぅ〜ん、まぁ、ボクからしたら関係ないけど。エサが増えて……って、お前、家に来て食べ損ねたエサの一人じゃん」

「家? ……あ〜、あの施設のことかい? それにしても君、ミラースライム、だよね? 僕を含め、人をエサで認識されっぱなしは困るなぁ、スライムのくせに」

「ボクらからしたら人間は食糧(エサ)でどれも同じようなものだもん。お前も、その後ろの奴らも」



 そう、人間はボクらのエサ。エサなのに、ここまで抵抗されるなんて、不快だ。


 眉間に皺を寄せるスイにアッシュはクスクスと笑う。



「君がそう思うならいいや。それで僕からの提案なんだけど、君が捕まえている人間、エドワードを放してくれたら、後ろにいる彼女たちも連れて帰るからさ、君らはさっさと森に帰ったらどうだい? 今なら、見逃してあげる」

「バァーカ、なんでお前、上から目線なんだ? それに、ボクはお前もその後ろにいるエサに敵討ちしないといけないんだよ」

「? 敵討ち?」

「そう。家にいたアイツが殺されちゃったから、人って、身近な人が死んだら敵討ちっていうのするんでしょ? それとおんなじでボクもお前たちを、殺して食べる。アイツを殺した奴の前に首とか手とか置いたら立派な敵討ちでしょ」

「……へぇ、人間に対してエサだとか言う割には、結構人間の真似事のような事、してるんだ、へぇ、そう」



 理由はともかく、魔物が真似事なんて面白い。けど、アリスたちを狙われたままなのは困る。なら、彼らの標的を変えてしまえば、多少はアリスたちへの執着は消えるかな……。



「はははっ、じゃあ僕から一言、君に教えてあげよう」

「なんだよ?」



 ニッコリと笑うアッシュは目元は笑っておらず、目元に影を落とす。



「君と同じスライム、それにトドメを刺したのは僕だよ」

「……は? お前が?」

「そう、僕。トドメを刺しているってわかったってことは、君からすると僕が仇だよね。さて、こういう時、人間の真似事をする君らはどうする?」

「仇? そう、お前が仇」



 人間なら、仇を憎んで、憎んで、殺すってご主人様は言っていた。読んだ本もそう書いていた。だから、これは、目の前のあのエサを、この人間を殺したらいいのか?

 そうしたら、もっと……


 スイはエドワードを見た後に、ジッとアッシュを睨むように見つめてくる。焦点がブレて変化している姿も少し歪む。

 その目は戸惑いと理解が出来ないことをどうにかしようとしているようにも見える。



「……お前を殺せば敵討ちになるの?」

「さぁ、君次第でしょ」

「……そう」



 小さいその返事をすると、スイは再び、蜘蛛の糸のような粘液を飛ばす。飛ばしてくる粘液をアッシュはアリスとノアを抱えて、避けながらさらに挑発を続けた。



「ま、どうせ、君らのような魔物には僕を殺すなんてできっこないけどね。威力は十分だけど、当たらなければどってことないし」

「あっそう!! なら、これはどうだ!!」



 両手から四方へ壁に当たれば乱反射するように糸を飛ばす。



「ちょ、ちょっとちょっと!! アッシュ! 死ぬ死ぬ死ぬぅ!!」

「死なないよ。大丈夫だから」

「こんな狭い部屋で逃げきれないってばぁ!!」

「ちゃんと躱してるから安心しなよ。君らに当たらないようにしてるし、さすがに両手塞がってたら剣は持てないから反撃はどうしようかねぇ」

「お、俺を降ろしていいぞ!! どうにか隠れるし!!」

「ノア、さっきまでならいいけどさすがにこの攻撃の嵐だ。当たる危険もあるからダメだよ。けど、隠れる準備はしてて。隙を見て二人とも里まで逃がすから。その後に、エドワードは僕が助けるから、心配しないで自分の身を案じなよ」

「うぅぅぅ……!! このヤバいくらいの攻撃、アンタなんで余裕で躱してるかわかんないわよ!!」

「あはは、向こうの手の動きに気をつければいいんだよ。人の姿だから、なお、わかりやすい」

「いや、手を見ても分からないから言ってんのよ……!!」



 叫ぶアリスだが、それでもまだまだ余裕そうな顔でアッシュは躱していく。

 先程よりも攻撃の手数は多いのに当たらない事にスイは舌打ちをした。両手の拳に力を入れてより細く、より鋭利な粘液を飛ばす。



「”雨曇糸――”!!」



 飛ばされた粘液の糸はまるで籠のようにアッシュたちを囲む。



「”かごめ”!!」



 囲んだ糸は螺旋状に範囲を一気に縮小する。


 これは、当たったら刻まれる。


 抱えた二人を即座に足元へ降ろし、剣を顕現すると、目にも止まらぬ速さで蜘蛛の糸を切り裂き、糸の勢いを殺し、糸を断つ。


 切り裂いていると、スンッと少し甘い匂いと薄く霧のようなものが辺りを気付けば漂っていた。



「……ッ! アリス、ノア、布を口に当てて息を止めて」

「えっ、な、なんで?」

「この霧、恐らく毒だ。僕はしばらく息が続くし、多少の毒くらいなら平気だけど、君らは毒に耐性、ないでしょ」



 アッシュにそう言われて慌ててアリスとノアは自分たちの口を塞ぐ。ちゃんと指示通りにした二人を確認してから、アッシュ自身も自分の口と鼻元を服のネックラインを掴み、覆う。


 すぐに対処した三人に、スイはつまらなそうな顔をする。



「なんだ、毒にもう気付いたの?」



 フゥーッと息を吹くスイの口から、周りの霧と同じものが出ていた。


 勘が鋭いのか、視覚では見えても、臭いもあまりしないものでしたはずなんだけどなぁ。



「この毒、とぉ〜っても強い神経毒なんだ。一呼吸でも吸っちゃえば、全身に激痛が走って、痺れや呼吸困難になっちゃうんだ。是非とも肺の奥まで吸って堪能してよ」



 毒で動けなくなったところを切り刻んでやる。苦しんで、苦しんで、苦痛があればそれはもう立派な敵討ちだよね?


 けど、一つ気になることがある。



「それにしても、お前、何で剣を顕現出来たんだ? ここは魔法が使えないようにしたのに」

「あんな粗末な妨害魔法くらい、ここに来る前に見つけて壊したよ」

「粗末とは失礼だな。ボクが考えて勉強して作った魔法陣なのにさ」

「その割には解除には時間かからなかったけどね」

「……お前、一言多いって言われない?」

「あはは、褒め言葉として受け取ろうか」



 ケラケラと笑うアッシュにスイは少しイラついた顔をする。そもそも毒霧が充満しているのにあんな喋る人間は初めてだ。毒でも効かないやつなのか。それともあのエサがそういうタイプなのか。もっと強い猛毒にしておけば良かった。


 スイがため息を吐いていると、アラネアの糸で縛られているエドワードは顔を真っ青になっていた。



「お、おい! 頼むから、もうやめろ!! 私はお前たちの主人なんだろ? だったら言う事を聞いてくれ!!」

「しっ ご主人様、ダメだよ。さっきも言ったじゃないか。ボクの名前、呼んだらやめてあげるって。それにあのエサたちは逃がさないし、敵討ちもまだ終わってないんだ。アイツの分までボクがそこのエサを懲らしめてあげないといけないんだから、ね?」



 ニッコリ笑うスイはエドワードの頭を撫でた後、アラネアの方を見る。



「じゃ、アラネア、ご主人様をお願いね。さすがにご主人様に毒を吸わせる訳には行かないし、ボクはトドメを刺してくるから。人間なんて、長い間、息を止めてられないからさ」

「……ワカッタ」



 返事を聞いた後、スイはアッシュたちの所へとトンッと降りていく。連れていかれる際にエドワードが叫んでいたが声が遠のいていった。


 アラネアに連れていかれそうになるエドワードにアッシュは、剣を投げてアラネアを仕留めようとしたがそれをスイは水鉄砲で弾く。



「ボクに集中して欲しいんだけど。余所見するなよ、エサ」

「……エドワードをどうする気?」

「ご主人様はボクらとずっと一緒に居てもらうんだ。今度こそ、ボクらを捨てないようにずっと、ずっと、ずーっと、そばにいるんだ。これから喰われるエサには関係ないだろうけど」



 エドワードを連れ去ったからてっきり繭に入れて食べるのかと思ったけど、どうも話が読めないが今のところ大丈夫なのだろう。信用性は低いがすぐ殺されることはないはず。それにしてもご主人様って、なんだろ? エドワードを何故そう呼ぶのかは不明だ。



「さて、無駄話は終わり。さっさと死ねよ、エサ」



 再び、スイが攻撃を仕掛ける。アリスとノアをもう一度、掴み上げ、毒霧の中でスイの放つ水鉄砲の攻撃を躱す。


 隙を見て、アリスたちを先にこの毒霧の充満しているところから出してあげたいが、こちらに攻撃が集中していると何処かに隠そうとすれば、恐らく切り刻まれてしまう。結界を張ればいいが、霧の中で結界を張っても根本的に毒の解決にはならない。


 この霧を空気ごと燃やしてしまおうか……。


 チリッと魔法で燃やそうとすると、アリスが苦しそうにアッシュの服を引っ張ってくる。


 スタッと着地して、魔法で防御壁を作り、アリスの様子を伺う。



「大丈夫かい? もう息持たない?」

「……ッ」



 アッシュの質問にアリスは首を縦に振る。ノアの方を見ると、まだ余裕そうでアッシュの怪我をしてない方の手を掴み、手のひらに指で”俺はあと5分は大丈夫”、と書いてくれた。


 まだ毒霧は漂ったまま。もし空気ごと燃やすとなると、アリスの息が持たなくて窒息してしまう可能性がある。



(……なら、やるならひとつ、かな)



 後ろを確認して見ると、こちらの方へ回り込んできたスイの攻撃が飛んでくる。アリスたちを抱えて、躱し、煙幕魔法で姿を隠し、ノアに認識阻害の魔法を展開してもらった。


 これなら少しは姿を隠せる。


 肩が震えるほど限界の来ているアリスの肩を掴み、こちらを向かせる。



「アリス、こっち向いて」

「……ッ?」



 口元を抑えている手に触れて、その手を退かし、頬に触れる。



「口を開けて」

「ふぇ……?」



 アッシュは自分の顔を彼女の眼前まで近づけると、軽く口を開けてアリスの唇に重ねる。閉じた口の中へ舌を滑り込ませると隙間があき、そこへ自分の息を吹き込んだ。


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