雨の里:元凶2
アッシュたちの後ろで大きな音が鳴った。
何事かと、後ろを振り返ると、あの重く大きな入口が閉まっていた。
「ッ! 入り口が……! おい、ジークフリート! 扉の確認をしろ!!」
後方へ行きながらそう言うと、即座に確認したジークフリートは首を横に振る。
「残念ですが、開きやせん」
「そ、そんな……ッ」
ジークフリートの言葉に周りの兵は動揺していた。それをジャンヌが落ち着くように指示をしているところに、同じように後ろの方へユキも向かおうとしたが、それをグレンが止め、ボソリと呟く。
「お前はアッシュといろ。絶対にアイツと離れるな」
「は、はい」
ジャンヌのいる後方へ行き、扉に触れる。
……いや、これは扉というより、本当に壁だ。ついでにご丁寧に硬化魔法もかかっている。立ち入りした事で発動したのだろうか。横にズラそうとしても動かない。上を見上げてみると、シャッターのようになっているのか扉が上から落ちてきているようにも見える。
念の為、下から持ち上げるようにしてみるが、ビクともしない。もそもそ壁しか無かったかのようだ。
「ジャンヌ、先程で負傷者はいないな?」
「あぁ、いない。全員、今のところ無事だ」
「そうか。おい、アッシュ」
「なんだい?」
もう表面上のビジネス対応するのは面倒になったのか、いつも通りの話しかけにアッシュもニッコリと笑いながら振り返る。
「コイツらに結界張るからこの壁、壊せるか? 一応、出口だけ確保しておいた方がいいだろ」
「あー、そういう事? いいよ」
ググッと腕に力を入れて、ツカツカと壁に近寄る間に、グレンは他の人たちに瓦礫が飛んできてもいいよに、パチンッと指を鳴らして結界を張る。
無事に張れたことを確認をしてから、彼は思いっきり壁に向けて拳を振るう。
鈍い音と衝撃が起こるが、壁は全くの無傷だった。壊れなかった事にアッシュは少し驚く。
「あれ、壊れない」
「ふむ、かなり頑丈な硬化魔法がかかってるのか、この壁」
「んー、どうだろ、壊せる自信はあったんだけどなぁ」
「待て待て、今、腕は大丈夫だったのか?! かなり鈍い音がしたぞ!!」
「大丈夫だよ。平気平気。ちゃんと身体にも強化魔法かけてしてるからそんなに痛くないよ」
「…………」
ジャンヌは心配するだけ無駄なのかと思いそうになったが、出入口が塞がれた事で隊の者たちは気が気ではない。此処でこの規格外の事で自分が慌ててしまえば更に不安になってしまうと思い、グッと動揺を抑え込む。
そんな彼女を気にせず、グレンはため息を吐いて塞がってしまった出入口を放置する。
「塞がってしまったなら仕方ない。後で壊せばいいし、私は先に進むが、お前たちはどうする? 残るか?」
「いや、我々も進む――」
ジャンヌが難しい顔をしていると、地面がガバッと大きく口を開くように、地面が無くなる。咄嗟にアッシュはユキの腕を掴み、浮遊魔法を使って、落下を免れ、壁を蹴り、部屋の先の廊下がある方へと着地する。
グレンとジャンヌはそれぞれ二人程の兵士を掴み、ジークフリートと共に同じようにアッシュの元へと飛ぶ。
「み、みんな!!」
「おい待て!!」
助けた兵士を置いてジャンヌは床が無くなったエントランスに戻ろうとするところをグレンに肩を掴まれ、止められる。
「まだ下へ行けば間に合う!! 止めるな!!」
「落ち着け。お前の悪い癖だ」
「くっ……!!」
止められているうちに床はジワジワと塞がっていく。瓦礫諸共兵士を呑み込んだ暗闇は、まっさらな床へと変わっていった。
「……おい、ユキ」
「ッ! なんでしょうか?」
下を軽く指をさす。
下にいる兵士――魂の様子を確認しろとの事だろう。
指示通り下に落ちた方へ目を向けると、混乱している様子ではあるが、今のところ全て生きているようだ。
再びグレンの方を見て小さく頷く。
「お前の兵は大丈夫だ。が、危ない状態には間違いないだろ」
「……ッ なら、さっさと下に行こう。私は此処から降りるのも辞さないぞ!!」
「行くのは構わないが、残ったそこの兵は置いては行けないだろ。それに、穴も塞がってしまっている。どうやってこじ開けるつもりだ?」
「私の魔法で穴をこじ開ける!!」
「いやいやぁ、無理でしょ」
アッシュがニコニコと笑いながらエントランスの方まで歩く。手に炎を纏わせて思いっきり地面に向けて叩き込むが、先程の壁と同様に、ヒビひとつ入らない。
「僕の力でほぼ無傷なら、君の魔法なんでたかがしてる。やるだけ魔力の無駄だよ。それよりも先にさっさと行って救出した方が早いんじゃないかな」
「わ、私の魔法が貴様より劣ると言うのか?!」
「劣るよ。だって君、アレックスより弱いもん」
「ッ!!」
「ま、アレックスでもこの床の硬化魔法は破れないと思うよ。さっきも言ったけど先に進んだ方が賢明だ。此処でジタバタしても助けられるはずの命も間に合わなくなるよ」
「……くっ」
正論だった言葉にジャンヌは舌打ちをする。
悔しそうにジャンヌは無事だった4人の兵士とジークフリートを連れて先へと進む。
先に進む彼女の後ろ姿を見送ると、アッシュはクスクスと笑いながら後について行く。
「アッシュ」
「どうしたの? ユキ」
「ひとつお願いがございまして……」
ユキはアッシュの耳元でヒソヒソと話す。黙って聞いた後、彼はニッコリとまた笑う。
「――と、言う事ですので、構いませんか?」
「あはは、いいよ。さて、僕らも先に進むよ」
「えぇ」
ユキは先に進んだジャンヌの後を着いていくように小走りで向かう。
◇
長く続く廊下を歩いていると、廃墟のようにボロボロな道が続く。
下に行く場所をグレンが魔法でルートを確認しながら向かう。彼が把握している範囲は先程のエントランスの地上1階から地下5階まであるらしい。
そして先頭を歩くジャンヌは早歩きで進み、アッシュの炎であたりは見えやすくなっているためか、早々に現在地は地下3階。
「グレン、次の階段の場所わかる?」
「あぁ、次はこっちだ」
正直、グレンがいて良かった。探知魔法はそこまで得意な訳でもないし、アリスたち以外で探すのも少し面倒とも思っていた。
先に、魔物をさっさと始末してしまえば早いから、グレンに彼らを任せて探しに行こうかな。
「私に丸投げするなよ」
「え、まだ何も言ってないんだけど」
「そう言いそうなのが顔に出てるぞ」
「あはは、ごめんごめん。それにしても君の事だからさ、僕に任せて先に仕事に行くかと思ったのに」
「お前だけだったらな。ユキもいるんじゃ変に置いて行く訳にはいかんだろ」
(あ、ユキいなくて、僕だけなら押し付けてたんだ……)
苦笑いしていると、ユキが途中で足を止める。
「どうしたの? ユキ」
「その、ずっと気になっていたものがありまして」
「気になってる事かい?」
「……いえ、今は置いておきましょう。それより、次の階にいます。警戒をしてくださいね」
「もちろんさ」
カツンッカツンッと階段を降りる音が響く。
地下4階へと到達すると、空気がガラリと変わる。先程までは廃墟のようなのは変わらないが腐敗臭と死臭、そして、鼻が曲がりそうなほどの異臭が漂っていた。
辺りには蜘蛛の巣のように糸が張り巡らされており、今度はアッシュが前に行くと炎を当ててチリチリ音を立てながら燃やしていく。
先へ歩いていると、後方にいたジャンヌの部下のひとりが臭いに耐えられなかったのか嘔吐き、その場で吐いてしまった。そんな兵士の元へ駆け寄り、背中を摩る。
「おい、大丈夫か?」
「ゲホッゲホッ! す、すいません、隊長……気分が……」
「臭いかなりキツイもんね。正直、僕も吐きそうだもん。ま、そこで待ってなよ」
そう言ってアッシュは奥の方へと歩き、部屋をこじ開けていく。中を覗き込むと、繭のようなものがいくつもあった。それに剣を突き立てて、開くと中に溜まっていたのかより酷い臭いと、半分以上熔けた誰かがそこにいた。
(なるほどね、繭があるこの階はいわゆる、食料庫。それを、この繭から食べているんだろうけど……)
「アッシュ!」
「ん?」
「いました、チワワ君」
「あ、やっぱり」
「えぇ、やっぱりでした」
ユキが呆れながら指を指した先にはモゾモゾと動く繭。その中からくぐもった声が聞こえる。なんと言ってるかは聞こえないが、聞こえない、はずなんだが、言ってることは何となくわかる気がする。
まぁ彼のおかげで此処が見つけられたというのもある。
「おーい、チワワ君、生きてるかい?」
「ッ!!!! その声……ッ」
アッシュの声が聞こえた途端にビクッと震えたかと思うと、急に大人しくなり、震えた声で怯え始めた。
それが面白いのかアッシュは笑顔のまま、ツンツンと繭を指で突っつく。
「おやおやぁ〜、僕はユキと仲良くするように言ったのに、言いつけを守れなかったのは、何処の、悪い、ワンちゃんかなぁ」
「て、てめぇ、なんで、此処に?!」
「ん〜? 何でだと思う?」
ニヤリと笑い――
「さて、チワワ君」
繭の前で剣を構える。
「お座り」
ブワッとアッシュから強い殺気が溢れ、横に大きく振るうと切り捨てる。ズルリと繭は上下に分かれて落ちる。
その中に、服がほぼ溶けていた半裸、いやほぼ全裸の男、アヴェルスがそこにいた。改めて見ると滑稽な姿と怯えた顔でこちらを見ていた。
「良かった良かった。ちゃんとお座りしてくれなかったら繭ごと斬られるところだったよ」
「〜ッ!! テメェ、マジで嫌い!!」
「助けて貰っといて何言ってるんですか。それにしても里の一番番犬君が連れ去られるなんてダサすぎます」
「っるせぇよ!! ふざけんな!!」
ギャーギャーと騒ぐが、突然の殺気に警戒してしまったジャンヌは剣に手を置いたまま此方の方に近寄ってくる。
「誰だ? ソイツは」
「彼は雨の里の…………うん、使えない番犬君」
「誰が使えない番犬だゴラァ!!」
「うるさいな、この犬」
グレンが騒ぐアヴェルスの頭を叩いて黙らせようとしていたが、彼は何かを思い出したかのように、ハッとしてアッシュの肩を掴む。
ほぼ全裸な格好でアッシュは抱き着かれて、心底嫌な顔をする。
「……僕、君にそういうの興味無いし、嫌なんだけど」
「ち、違ぇよ! それより、本当になんでテメェは此処に来てんだよ!!」
「半分はレインに頼まれて来たんだよ。昨日の夜、蜘蛛の魔物が現れたから来たんだけど」
「バカかよ!!!! 早く里に戻るぞ……いや、テメェだけでも早く帰れ!!!!」
「は、はぁ? 急になんだい?」
慌てた顔でさらにしがみつこうとしてくる彼を腕で押さえるが、どうも引っかかる。
僕だけでも? 特にアヴェルスの事を考えると、まだ僕らを信用自体はしてないはず。それなのに、先に戻れって……。
「今あそこにいる奴らでテメェみたいにバケモノじみた強い奴がいんならいいけど、そうじゃねぇだろ?!」
「アヴェルス、落ち着いて。君は何が言いたいの?」
「今、テメェらの仲間と一緒にいる、レインは、俺らの、敵だッ!!!!」
「ッ!」
アヴェルスの言葉にアッシュは全身の血の気が一気に引いた感覚に襲われた。




