雨の里:ルーファスとの再会2
食事中に走ってきたルーファスにアリスはスプーンを銜えたまま軽く手を振る。
「あら、ルーファス、迎えに来てくれたの?」
「あぁ、アリス君! 来てしまったんですね……」
「え、だってユーリが雨の里にいるって聞いたから来たのよ」
「そう、ですよね。私も、ユーリからの便りが来て知りました、から」
肩で息をしながら彼はそう呟く。
そう言われてもユーリから雨の里の方にルーファスが居ると聞いていたから、首を傾げていると、彼は身嗜みと息を整える。
慌てているルーファスと手紙に書いてあったユーリとの話が食い違う気がした。居る場所や向かうように言われているし、と思えば、なんで来てしまったんだという顔をされている。
「元々、今いる里にはそんなに長居する予定は無かったのですよ。便りが来た時にはもうあなた方は此方に向かっていると書いてありましたし……、タイミングが悪いですね」
「何よぉ〜? 頼ったり、来ない方が良かったかしら?」
「あ、いいえ、気分を害したなら申し訳ございません。それに、あなたに頼ってもらえるのはとても嬉しいです。です、が……っ」
言い淀んだルーファスだったが、息を吸ったかと思うと大きくクシャミをしてしまう。
そうだった。ルーファスは身体が弱い。それに加えて雨に打たれてしまったから、このままだと風邪を引いてしまう。
クシャミをした彼を見て、アッシュはアイテムボックスに手を入れて、中からタオルを取り出す。
「大丈夫かい?」
「え、えぇ、ありが――ハックシュ!!」
「あ〜ぁ、ほら、一旦、温まりなよ。僕はもう食べ終わったからそこ座って。ユキたちが作ってくれたシチューあるし、食べな」
「は、はい」
彼に手を引かれて、ルーファスはアッシュが座っていた場所に座る。鼻水をズビズビと鳴らしていると、隣にいたアティも心配そうな顔をして覗き込む。
「大丈夫ですか?」
「っ! おや、君は……」
「あ、すいません。はじめまして、私はアティです」
「……前、アリス君たちが来た時には、いなかった子ですよね?」
声をかけてきたアティに目を輝かせるルーファスにアッシュは、”そういえば、ルーファスは子ども大好きなんだっけ”、と思い出す。
それに彼の言った通り、騎士団に来た時はまだアティは居ない時。知らないのも当然だ。
「そうだよ。この子は、僕の娘さ」
「あぁ、どうりでよく似ていると思いました。申し遅れました、お嬢さん、私はルーファス。騎士団団長を務めさせていただいております」
「はい! よろしくお願いします! あ、そうだ。先程、クシャミしておりましたよね。身体を冷やさないように湯たんぽ準備してきます!」
「おや、優しいですね。ありがとうございます」
アティは湯たんぽを準備するためにアイテムボックスから何か色々取り出す。その間にまだ食べていたアリスはガジガジとスプーンを噛んでから、トントンと指でテーブルを叩く。
「それで?」
「ん? あぁ、すいません。脱線しましたね。実は少し面倒なことになりましてね。いつもの任務であれば、来て頂いても問題はなかったのです。だから、いつもの任務と思ったユーリがあなたに此処へ案内は間違っていなかったのです」
「何かトラブルでもあったの?」
「えぇ、今、私が伺っている里にマーダー帝国が里を囲っておりまして。理由は不明なのですが、この数週間、硬直状態なんです」
「マーダー帝国って、また変なところが攻めてきてるわね」
マーダー帝国。
以前、アリスたちが騎士団を出立した後、森で出会した国の兵士に酷い目にあった事があった。森の呪いの影響もあったが、アッシュは瀕死の重体になり、そこでグレンから助けられた。
そして、マーダー帝国の名を聞いて、アレックスという魔導師の事を思い出したアッシュは少し不機嫌そうな顔をする。
「そのマーダー帝国の兵士の中に、アレックスっていう魔導師はいた?」
「いえ、そこまでは……。視察兵なら何度か見かけましたが、さすがに何処の誰が率いる隊なのかはまだ分かっていません」
「ふぅん」
軽い返事をして、アッシュは銀色の小さな器に入れたロウソクに蒼い炎を灯す。小さな炎だが、何故か焚き火に当たっているかのようにとても暖かい。
「話を遮ってしまったね。それで、マーダー帝国がなんでその里を囲っているんだい?」
「それが分かれば、苦労しないんですがね……。如何せん、転移魔法で来たのは今回、私だけで、結界を維持するのに里からあまり離れられないのです」
「そうなのかい?」
「えぇ」
「持ってきましたぁ! お父さん! 炎貸してください!」
「はいはい」
横から飛んできたアティは猫型の湯たんぽを片手にアッシュへ抱きつく。水が溜まった湯たんぽに彼が5秒ほど手で触れるとそれは温かくなった。少し熱い程なった湯たんぽを少女はルーファスへと手渡す。
手渡された湯たんぽを大事に抱える。
「えへへ! では、話を何度も遮ってごめんなさい。後片付けしてくるのでお話の続きをどうぞ!」
「えぇ、ありがとうございます」
頭を下げるとアティはユキたちの元へ行く。温かい目でルーファスが少女を見ているところで、今度はアリスがルーファスに向けてスプーンを投げる。
コツンッと頭に当たった。
「ほら、ちょっと、話の続き続き」
「あ、あぁ、すいません。つい……」
「ホント、アンタいつか手を出しそうで怖いわ」
「そんな事しませんよ。小さな子たちを見守るのが私の楽しみなのですから」
「その発言が相当ヤバいわよ」
子ども好きを通り越して犯罪者のような事をいつかしないか心配になる。
少し引いた顔をしていたが、振り払うように手を振るう。
「まぁいいわ。アティちゃんに変な事したら叩くからね」
「だ、だから、しませんよ!」
「で、アンタは結界を維持しないといけないのに、此処まで来てよかったの?」
「ん〜……、もしあなた方が大丈夫であれば、一度、里まで来ていただけますと助かります。先程もお伝えした通り、結界を維持するためにはあまり離れられないので。もちろん、アリス君の用事が終わりましたら転移魔法で送ります。マーダー帝国が彷徨いているのに神子である、あなたを危険には晒すことは出来ませんからね」
「行ってもいいなら行くわ」
「ありがとうございます。それでは、片付けたら参りましょう。後の神子のお話も、その時で」
「えぇ、わかったわ」
そう、返事したアリスは最後に残ったお皿にスプーンを突き立ててくすい食べ終える。
食べ終えた一行は片付けを終えると、ルーファスの転移魔法を使い、雨の里へと転移した。




