侍の国:出国2
秀忠から渡された物、それは綺麗な紋様の入った刀だった。長さは普通の刀と同じくらいで、子どものアティが持つには少々大きい気もする。
刀を手渡されたアティは首を傾げる。
「え、えっと、刀……ですか?」
「さよう。これは”鬼丸”と呼ばれる刀でな、悪夢を切るとされる刀だ。国の至宝だが、お嬢ちゃんに相応しいと思って、贈呈は元々の所有者の三条殿に許可をもらっておるし、そちに譲ろうと思っておる」
「し、至宝だなんて、子どもの私が受け取れないですよ!」
「なぁに、さっきも言った通り、お嬢ちゃんに相応しい刀と思って持ってきたのだ」
「わ、私に、ですか?」
「悪夢のような日々だった羅生を救ってくれたと聞く。もちろん、グレン殿にも似た刀……ではないが大剣をお渡ししている。それと同じように悪夢を消し去るこの刀を礼として、お嬢ちゃんに持ってもらいたい」
「……おじ様とお揃いですか!」
「そうそう、お揃いぞ」
刀と言うよりもお揃いという言葉にかなり嬉しいのか、秀忠から刀を受け取り、嬉しそうに抱きしめる。
渡された刀で喜ぶアティに羅生も秀忠も満足そうな顔をしていた。
そんな彼女に、夏鬼は頬をかいて、喜ぶアティの前に座る。
「喜んでくれたなら刀を打った先代も嬉しく思うよ。大事に使ってくれ。妖刀のような力では無いけども、君の力になれるなら嬉しいからさ」
「はい! 大事に使わせて頂きます!」
「うん、ありがと。いつか君がしたい事の役に立てるなら俺も嬉しい」
嬉しく飛び上がるアティはアッシュの元へ自慢するようにキラキラとした目で刀を見せる。そんなアティに秀忠はウンウンと頷き、自分の足をパンッと叩くと立ち上がる。
「いやいや、受け取ってくれて良かった。グレン殿にはかなり断られて渋られたからな」
「あら、そうなの?」
「あぁ、さっきも言ったが、グレン殿には鬼丸と同じように至宝の剣をお渡ししたからな。”日月護身之剣”と言う剣でな、いつかグレン殿の役に立つと思い渡したんだがぁ……」
「ホンマ、あの男は頑固というか、なんというか……、お嬢ちゃんに渡すのに受け取らんかったら渡せへんって言ったらようやく受け取ってくれたんよ」
受け取らせ方がアティもグレンも似たように渡してるんだと、エドワードは思ったが、そんな至宝物の刀や剣を渡してもいいのだろうかと疑問に思う。
「……いいのか? 国の大事な刀や剣なんだろ?」
「よいよい。どうせ、国の宝物庫に残ってまた同じ事が起きるよりも、必要な者の元で使われた方が武器として生まれた刀や剣も喜ぶというものよ」
「ふぅん。ま、いいわ。じゃあ私たちは雨の里に行ったあと、用事終わったら手紙を送るわ。届いて少し経ったら到着出来るだろうからそれでいいかしら?」
「そうだな。船は神子殿が来られたら出発するように手配しておこう。船は何度か来る予定た。こちらへの戻りに合わせて押さえておく」
「ありがと」
そして、翌日、秀忠からの贈り物を受け取ったアリスたちは出立の準備をしていた。また戻るということもあり、こっちに来る時はまた屋敷を貸してくれると夏鬼は歓迎してくれた。
「アンタ、たまにはリンに顔出してあげなさいよ?」
「あ〜、そうだな。色々あったし、しばらく刀鍛冶の仕事は少しの間休もうかと思ってる。久しぶりに里に戻るのもありかもな」
荷物のまとめをしていたアリスが夏鬼にそう言っていると、同様に荷物整理が終えたノアはあぐらをかきながら、好奇心という訳では無いが、長命種のこの二人の久しぶりは絶対に当てにならない気がしていた。
一応、確認で聞いてみよう。
「……ちなみにいつぶりに戻るんだよ?」
「え、俺? ん〜、確か100年……、いや、150年くらいぶりか? 帰るのも久々だし、滞在すんのも10年くらいおっとこうかなぁて思ってるけどな」
「あ〜、やめとけやめとけ。里帰りで滞在すんならお前の場合1年くらいにしとかねぇと、ヤバいと思うぜ」
「え、そうか?」
「そうだっての。これだから長命種は……。いいか? お前らの1年とか10年とかだと一瞬だろうけどよ、国の方の仕事もあんだろ? ヒューマンや他の連中に合わせるんなら、長くても1年くらいにしとかねぇと、色々厄介だから気ぃつけろよ」
「お、おぉ、そうか。……いや、そういえばそうか。前に里帰りした時も、久々に帰ったら国の制度とか色々変わりすぎて大変だったんだよなぁ……」
「経験済みなのになんで10年でいいやって思ったんだよ……」
呆れたノアは腕を頭の後ろに組みながらため息を吐く。アリスや夏鬼のような長命種はどうも時間の感覚がアバウトだ。アバウトでも年単位のアバウトだからこれがまた厄介というのをノアはユキで学んだ。
不機嫌そうにしてるノアは後ろで聞いてるユキに目をやると、彼は汗をダラダラかきながら視線を逸らす。
アリスもわかってない様子で居たが、二人の会話で妙に納得したような顔をしていた。
「ま、とりあえず、夏鬼もまたよろしくね。帰ってくる頃には里帰り行ってる?」
「行くと思う。その間は羅生さんに屋敷の管理をお願いしてるから自由に使ってくれよ」
「あら、そう。戻ったら羅生のとこ行ったらいいのね。わかったわ」
最後の荷物を整えて、アリスは全員に出立の声掛けをする。
早朝に立つ予定だったが、アティが羅生や陽、秀忠にも挨拶をしたいと言ってアッシュを連れて行っている。門の前で集合の約束をしているのでそこでしばらく待つと手を繋いで歩いてくる二人が見えてきた。
アリスと目が合うとアティは嬉しそうに彼女の元へと走っていく。
「お待たせしました!」
「うぅん、いいのよ。ちゃんと挨拶して来た?」
「はい! 羅生さんたちにちゃんとご挨拶して参りました! 向こうでお土産が買えたら買いますとお約束も!」
「あら、いいわね! 名物の物とかあったら一緒に買いましょうか!」
「もちろんです!」
全員が揃ったということで、アリス一行はルーファスの待つ、雨の里へと向けて出立をした。
その様子を、少し離れた屋敷で見ていた者――マラカイトは孔雀石の瞳でアッシュの方をジッと見つめていた。
「ふふふ、アッシュ様はもう立たれたのですね。モリオン」
「えぇ、マラカイト様。……我々はいかが致しましょう?」
「そうですね。せっかく将軍様が同じ行先の切符を頂いたのです。先に向かおうかと思っておりますわ」
「……てっきり、彼を待たれるかと思いましたが、先に行かれるのですね」
「うふふ、だって、待つよりも、運命的にまたお会い出来た方が良いではありませんか。それに、会えなければ会えないほど、嬉しさも熱は高まります。胸の高鳴りと興奮がたまりませんわぁ!!」
座っていた椅子から立ち上がり、マラカイトは高笑いをしながら、クルクルとその場で回る。
そう、彼とまた会えるのは間違いないの。だって運命の赤い糸でわたくしと繋がっているのですから!
自分の身体をギュッと抱きしめて抑えきれないほどの興奮を鎮めるように強く、強く握る。彼から頂いた布を取り出して頬をスリスリと擦り付ける。
「……にしても……」
ボソッとマラカイトは今度は窓ガラスの方からアッシュとは別にアリスの方を凝視する。
「本当に羨ましいですわ、アリスさん。アッシュ様とご一緒に居られるなんて、どれだけ幸せで幸運なのか、ご自覚なられてないのが非常に残念です。先にわたくしがお会い出来れば、きっと、アッシュ様と居れたのはわたくしのはず……なのに……」
愛おしき彼の傍にいられる彼女に強い欣羨な気持ちが溢れる。
何故、自分の神子では無い彼女の傍にいるのだろう。
何故、あそこまで守ろうとするのか。
そう考えながらマラカイトは机の上にあったグラスを手に取る。ユラユラと彼女と同じく赤い、ルビーの色をしたワイン。中身が入っているのにも関わらず、追加のお酒をコポコポとグラスへと注ぐ。
嗚呼、アリスさんはどうもこの世界の穢れを知らず、世間も疎い。きっと、アッシュ様はそんな彼女を憐れんで一緒に居てくださっているのね。
なら、もし、それさえ無ければきっと……。
「あの方の大切な者の一番になれるのであれば……」
グラスからお酒が溢れる。空になったワインボトルを置いて、溢れたワイングラスを、ゆっくりと傾けていく。
中身が零れ、赤いワインが床一面に広がる。
「一番になれるなら、わたくし、たぁくさんご協力致しますわ」
そう言い終えると、マラカイトは持っていたグラスから手を放し、グラスはそのまま床へと落ちていく。
ガシャンッと割れた音と、楽しそうに笑う、マラカイトの笑い声が部屋の中を満たした。
侍の国、お話はこれで終わりです。次回新章に入ります。
刀って良いですよね。綺麗で好きです。
そして、アティちゃんはここまで話に出す予定はありませんでした。大人しく留守番させるつもりでしたし、伊東に至ってはクズのまま死ぬ予定でしたが、何故か生き残りました。将軍も死ぬ予定でしたが、生き残っちゃった。
国をまとめ直すのはきっと大変でしょうが体育会系の将軍様です。きっと大丈夫でしょう。多分。