侍の国:私の考え方3
大広間には将軍である秀忠もふくめて約十数人程の人たちがいた。その将軍の隣にはグレンと、彼の膝の上に座っているアティも参加していた。
将軍や羅生は平然な顔をして座っているが伊東や他の人たちは何故、グレンや子どもが参加しているのかかなり気になっている様子だ。
(何をお考えになっているのだろうか。グレン殿を迎えに行くと若様は仰っていたが、まさか、子どもも連れて来るとは。それも一度連れ去ったと聞いていた子どもでは無いか)
ある程度の事情を知っている伊東も冷や汗が止まらない。
場の空気もいいとは言えないし、何より、将軍様は昨日と今日でかなりピリピリしていらっしゃる。
元気なお姿を、見る事が出来たのは喜ばしい事だが、この場で発言は命取りになりそうな程の緊迫感だ。
アティはグレンの膝の上で目の前にある書類をジッと凝視している。書類を見る気配のないグレンにアティはボソッと声をかける。
「あの、おじ様」
「なんだ?」
「この書類、目を通さなくていいんですか?」
「もう見てる。お前が興味津々に眺めてる間に後ろから見ていた。……しょうもない内容に呆れてもう見る価値もない。話を聞くだけで十分だ」
「え、え〜……」
興味なさげにグレンは少し目を瞑る。
その間、陽が会議の内容や意見をまとめながら話しているが、それとは別に周りのヒソヒソとした声がアティの耳に届く。
それは、聞いていていいものではない。将軍である秀忠は見た感じでは恨み言も言う様子もないが、羅生や陽の様子からグレンに対して良く思ってない事は知っていたが、明らかな殺意や敵意をヒシヒシと感じる。
自分に向けては無いものではあるが、コレをいつもおじ様は受けていらっしゃるのかと、悲しく感じてしまう。
「アティ」
「は、はい!」
「お前に頼んで今回、連れては来たが、怖いなら三条屋敷へ転移させてやることは出来る。どうする?」
そう、今回はおじ様に頼まれてきた。何のためにとは言われてないが、正直、興味もあった。何故、羅生さんたちが、どうしてそんなにも否定的で、拒絶するのか、それを知りたかった。きっと、おじ様は何を言われても反論も否定もしない。
もちろん、仲間や家族が殺されたからというのもあるし、それは理解している。それでも彼らの考え方はかなり凝り固まりすぎているようにも見えてたまらない。
こうなったのはおじ様のせいでは無いのに、どうして、どうしてそこまで否定的になるのか理解が出来ない。
「大丈夫です。一緒に行きたいと言ったのは、私なので」
「……そうか。お前も、物好きだな」
クスリと笑うグレンはまた目を閉じる。
彼が目を閉ざした事で、陽の話の聞き逃しをしないよう、耳を傾け、少女はもう一度、書類に視線を落とす。
数十分程、陽が話を終える。
「――と、言った内容が以上の内容になります。ここまでで確認等はありますか?」
「少し良いかな、陽殿」
「はい、なんでしょうか?」
少し小太り気味の奉行の男が軽く手を上げる。陽が聞くと、男は明らかにこちらを見ながら自身の生えている髭に触れて言い放つ。
「いくら外交官であるグレン殿とはいえ、子どもをこういう会議の場にお連れするのは、如何なものかと思いますがねぇ」
「彼女の同行に関しては、将軍様からもご了承の上です。それに、今回の一連で、若様や私とも関わりがあるので全く知らない人間という訳ではありません」
「とはいえ、子どもですぞ! 見たところ、10もいかないようなガキ――ゴホン、子どもに理解できる内容ではあるまいて。それに、当のグレン殿はどうやら会議には興味の無いご様子。お忙しい中でいらっしゃる意味はございますかな?」
「グレン殿は、我々がお呼びしてお連れしてるのです。いくらあなたでも口が過ぎますよ」
「黙れ! 若様のお付と言うだけで、我々に意見するなよ、陽!!」
「んなッ――?!」
先程まで冷静に話していた陽も段々と怒りの表情が浮かび上がる。秀忠はため息を吐きながら、口を出そうとしたところでグレンから殺気がブワッと溢れ出し、口論が止まる。
静まり返ったところでグレンが口を開く。
「無能な犬はキャンキャンと騒ぐのは一人前だな。私が此処に居る意味も理解出来んのなら、貴様こそ話に参加する意味はあるのか?」
「な、なんですと?!」
「なんだ、見た目通り耳にも脂肪が詰まって聞こえんのか?」
「い、言わせて置けば……ッ!! き、貴様なんぞ、本来この城へ足を踏み入れるのも間違っているのだ!! どの面下げて将軍殿の前に、我々の前に姿を見せているのだ!!」
吠える男に賛同するように数人、立ちながらグレンに向けた罵倒や非難を言い放つ。中には止めに入る伊東や他の人間も居たが、それでも収まらない。
ワーワーと喚く人たちに面倒だという表情で重いため息をグレンは吐く。
こういうのは聞き慣れているし、程度の知れた者たちはよく吠える。喧しく騒ぐコイツらをどうしてやろうかと考えているとアティがスッと手を上げた。
「あの〜、失礼かもしれませんがいいでしょうか?」
「え、お、お嬢ちゃん?」
羅生が驚いた顔でアティを見る。怒りの矛先をずっとグレンに向けていた大人たちも彼の膝の上に座っていた子どもへと視線を移す。何を言い出すのか、殺意がこちらに向けられているのもダイレクトに伝わってるはず、そのはずなのだが、少女は臆した様子もなく、真っ直ぐとした目で書類へと指をさす。
「今、皆さまがお話していたのは、この国の事でのお話ですよね? 書類やお話を聞かせて頂きましたが、将軍さんが目を覚まされたので今後どうするかとのお話だったのに、何故、外交に来られたおじ様――、じゃなかった、グレンさんをそういう風に云う私情を挟まれてるのでしょうか?」
本当に何故なのかという言いたげな顔でアティはそう告げる。告げられた人たちは一瞬間が空く。時が止まったように止まると、グレンも驚きで目を見開いたが、笑いをこらえるように口元を押さえたが、代わりに秀忠が笑いを吹き出してしまう。
「ブワッハッハッハッハッ!! お嬢ちゃんの意見には余も賛成だ。今は国の事で話しておるのに、グレン殿の話になるとはな。それも、余は始まる前にも伝えたはずぞ。”今回の事は、我々の落ち度。妖刀の件も含め、グレン殿に一切の失礼はないようにしろ”、そう申したではないか」
「し、しかし!! あの時の惨劇をお忘れですか?!」
「忘れた訳では無い。散ってしまった兵士の無念も忘れた事はひとつも無い。だが――」
秀忠はドンッと自分の座っていた席の隣に置いていた刀を地面に突き立てる。
「その事に関しては既にグレン殿と話済みだ。今後、グレン殿に何か言いたいのであれば、余を通して話せ。よいな?」
「〜〜ッ!! しょ、将軍様?!」
「あ、あのような化け物に洗脳されたので――ギャッ?!」
グレンのことを化け物と叫んだ男は言いよるように秀忠の方へ歩いてきたが、彼に何かが飛んでくると顔面へと鈍い音を立てて当たる。
飛んできた方を見ると、アティがグレンの膝から降りて、短刀の鞘をどうやら投げていたようだった。彼女の顔は下を向いていたが、ゆっくりとあげる。
それは、子どもとは思えないような鋭い目つきになっていた。
「あなたがたがどんな境遇で、どんな事を受けたか、羅生さんから聞いてます。ですが、次、おじ様を化け物と呼んだら短刀の刃先を投げます。化け物と呼ぶのは、やめてください」
(お、お嬢ちゃん、あんな風に怒るんやな……)
唖然としていた羅生だったが、鞘を投げつけられた男はワナワナと怒りで顔が真っ赤になり、刀を掴む。息を荒くして、ドスドスと音を立ててアティの方へと近寄る。
「こ、こンの、クソガキ!! 黙って聞いていりゃあ、好き放題言いやがって!! 化け物の子はやはり化け物だな!!」
「ッ!」
化け物と叫んだ男にアティは短刀を投げようとしたが、それをグレンが腕を掴んで投げるのを塞ぎ、アティを再び自分の膝に座らせて、引き寄せる。その代わりのように、グレンは銃を顕現し、銃口をこちらに刀を振り上げてくる男の方へとむけ、パンッと引き金を引く。
弾丸は、男の耳を貫通した。
「ぎゃああああっ!!!!」
「き、貴様! なんて事を!!!!」
「あぁ、すまんすまん。喧しく騒ぐものだから、馬鹿な犬には躾が必要かと思ってな」
「な、なんだと……?!」
「どう考えても馬鹿だろ。何故、将軍殿が口を出すなと言われたと思う? さっきも言ったが私が此処に居るのとも分からない馬鹿犬なら、さっさと外に出ろ。出ないなら……この場で私があの世に送ってやろうか?」
「ヒッ?!」
銃口を頭の方へ向けると小さく悲鳴を男があげる。注意を受けた人たちや心当たりでもあるのか数名、大広間から出ていく。
残ったのは、伊東を含めて話していた奉行の5人と秀忠、陽、羅生だけだった。
出ていったのを確認すると秀忠はため息を吐く。
「すまぬな、グレン殿。馬鹿な家臣どもに嫌な気分にさせたものだ」
「構わん。話を聞いても理解しない奴らが出ていったならいいだろ。それに、あぁいうのを炙り出すために、アティを連れてきたようなものだ。こどもの言葉に逆上して、私情を省けない者なんか、いらん」
「え、私で炙り出ししてたんですか?!」
「あぁ」
今後の事を考えて、国の事をまわすとなると不要な人間はなるべく省いた方がいいと将軍と話をしていた。だが、如何せん、長い間、意識が全くなかった将軍では話を持っていくのも、かと言って羅生に間引かせても無駄な可能性もあった。
ならばということで、怨恨の対象の自分と、子供と甘く見ている連中が正論を言われれば逆上して、本性が現れやすくなる。もちろん、効かない者もいるが、それは彼らの仕事だ。
「にしても、お嬢ちゃんもあげな怒るんやな」
「当たり前ですよ! 化け物と言われていい気持ちしませんって私、前に言ったじゃないですか。それに、自分の国のお話なのに、それをそっちのけで話をしているのはどうも理解し難いです」
「まぁ、お前はそうだろうな。アッシュとレイチェルがこういった似た仕事していたのを見ていたから、違和感も感じただろう」
「子どもの私でも分かりますもん! 貶す前に、ご自身のお国の心配をちゃんとして欲しいです! なにより、将軍さんからは気にしないと命令されてるなら尚更です!」
ムスンッとしながら言うアティにグレンたちは笑う。
私欲等が優先な人間はそういう考えには至らないだろう。面白い事に、そういう人間の方が多い。
「さて、話の本題を始めよう。余から話すぞ。よいな?」
「かしこまりました」
無駄な人間を追い出した彼らは本題の話へと進む。その間、アティも話に頑張って食いついたが段々と難しい内容になってきたため、グルグルと目が回る感覚に襲われた。
アワアワとしていると隣に居た羅生が、グレンへと話しかける。
「な、なぁ、お嬢ちゃん、外に連れてったがえぇんやないか?」
「ん? それもそうだな。私も少し外の空気を吸う。それにここから先は私が居なくても話は問題ないだろ?」
「あぁ、そちの意見もかなり聞けたからの。長い時間話に拘束してすまなかったな。あ、神子殿に近々三条屋敷へと伺うと伝言を頼めるだろうか?」
「アリスに?」
「今回の事で礼がしたい」
「わかった。伝えておこう」
「うむ。羅生、グレン殿とお嬢ちゃんを送ってやれ」
「へいへい」
彼の返事をして、グレンとアティを連れて大広間を後にした。