侍の国:妖刀と罪3
アッシュたちが部屋を出た事を視線だけでグレンは確認する。そして、目の前で咳き込み、座っている羅生の方までゆっくりと歩き、先程まで持っていた剣を解除して消す。
これでコイツらに集中することができる。
ある程度の距離で立ち止まり、前に腕を組みながらジッと二人へと視線を向ける。
「さて、人質であるアティも居なくなった。盾にできるものも、私を押さえるものもないが、どうする?」
「この、バケモンめ……!!」
怨恨の眼差しを向け、ギリッと歯軋りをしながら立ち上がる。刀をこちらに向けて、強く握るとボコボコと刀が少しずつ異形の姿へと変わっていく。それを陽は止めようとするが、その制止を無視して身体を無理矢理動かす様に前に出てくる。
そんな羅生の姿にグレンはため息を零す。
「はぁ、まぁ、そうだろうな。この程度で止まるわけないか」
そう言ってグレンは構えずに軽く両手を広げる。
初手でおおよそ実力の底が見えた。やはり、ただ刀に頼ったものでこれといって脅威なところは全くない。それにコイツらには全力で殺しに来てもらわなければ困る。完全に心をへし折り、無力化するには、コイツら自身が敵わないと思い知らせる必要がある。なら手っ取り早く、これがいい。
武器も持たず、構えることすらしない彼に羅生は驚く。
「なんの真似や……?」
「お前の一撃目は躱さない。お前の全力を私にぶつけてみろ。足だろうが、腕だろうが、首だろうが、心臓、だろうがな」
「……ハッ なんや、お主、馬鹿にしとんの……?」
「馬鹿になどしていない。それに、お前とっては良いチャンスだろ? 殺したくて殺したくて仕方ない相手が無抵抗で、一撃を喰らわせられるんだ。ただし――」
だから、私も、殺さない程度で、本気でやる。
首を軽く傾げると、ブワッと殺気が広がる。
「その一撃で仕留めれなかったら、私は全力で反撃に出る。完膚なきまでに叩きのめしてやるから覚悟しろ」
先程の威嚇とは違う、本気の殺気。空気がビリリッと重くのしかかっているような、そんな殺気。
凄まじい殺気に羅生の隣にいる陽はビクッと青ざめる。本能的に敵わないと察してしまったのだろう。ドサッとその場で尻もちを着くように座ってしまった。だが、それでも、羅生は変わらず刀を構えてジリジリと殺気に逆らうように少しずつ進む。
「ふざけんなや……ッ 一撃食らわせたる? その上で叩きのめすやと?! 侮辱するのも、大概にしろやッ!!!!」
「ふむ、そんなつもりはさらさらないがな。さぁ、どうする? 来るのか? 来ないのか?」
挑発的な言い方をしてきたグレンに羅生はダンッと力強く床を蹴り、彼に向けて刀を向ける。
ふざけんな、ふざけんなふざけんなふざけんなッ!! わしの覚悟が、わしの、やってきたことは、コイツに何一つ、及ばないと言いたいんか?!
コイツを殺すために、どれだけのヒトを、わしは……ッ
羅生は刀に向けてボソボソと何かを唱える。刀の力を使い一気に距離を詰めて、グレンへと刀を振るう。
ガキンッ
刀が、弾かれた。グレンの肩から心臓を狙って、振るった刀は弾かれ、羅生はバランスを崩す。弾いた本人は不思議そうな表情をして首を傾げる。
「何だ? 斬らないのか?」
「んな……ッ?!」
(んなアホな?! 全力やぞ?! 妖刀の力を最大限に出して、込めた一撃なんやぞ!! それなのに、この化け物、岩のように、いや、岩以上に硬すぎや!!)
動揺し、バランスを崩した羅生にグレンは反撃を開始する。
羅生の腹に向けてグンッと足を蹴りあげる。咄嗟に彼も刀で防ぐが、その一撃はまるで鉄球をぶつけられた程の威力がのしかかり、そのまま天井まで吹っ飛ぶ。
受け身も取れず、天井へと激突した羅生は、”ガハッ!!”と血を吐き、床へと落ちる。
蹴り飛ばしたあと、グレンは、”あっ”と呟く。
「すまんすまん。身体強化魔法を解除し忘れていた。常時発動しているものだからすっかり忘れていたな」
そう言ってパチンッと指を鳴らす。パリンッと何かが砕けた音がなると、グレンは短剣を顕現させ、ピンッと弾いて剣を手元で回す。
「ふむ、これならお前のその鈍物刀でも私を切ることができるぞ。そもそも、この程度の魔法でも通らないなんてな。妖刀と言ってもたかが知れてる」
「ぐっ……」
「……なんだ、信用してないような顔だな。まぁ、魔力を帯びてないただの刃物は通常の状態でもそんなに怪我をすることは無い。例えばこの短剣もそうだ。魔力なんて帯びてないただの剣」
淡々と言いながら彼は持っていた短剣を自分の腕に当て、力を入れてズバッと切り裂き、鮮血が滴る。その血を見せびらかすように見せるが、それも徐々に塞がっていく。
「解除している今ならこのように普通に切れる。これならいくらお前でも切れるだろ? 生半可なものであればこうして塞がるがな」
「くそ、が……っ!!」
羅生は悪態をつきながら、痛む身体を刀の力で回復させ、立ち上がる。
グレンたちの様子を見ているアッシュは少し二人を気の毒そうに見ていた。
(というか、一瞬、防御魔法の防護見えたから、当たる直前に発動したんだろうけど、あの様子だと羅生……だっけ? アイツは気付いてないんじゃないかなぁ……)
羅生からはただ身体強化魔法で弾かれた感じていると思う。まぁ、躱さないとは言ったけど、魔法で防がないとは言ってないし。
けど、これで力の差を相当痛感するはずだ。
「ほら、どうした、もう終わりか? あの一撃程度で終わりだと、ここまでのことをしておいて言う訳では無いだろうな」
「終わりなわけ、なかろうや!!」
叫びながら羅生はグレンに向かっていく。躱され、いなされ、攻撃は全く当たらない。平然な顔をしているグレンに苛立ちが込み上げてくる。
(力の差があることは知っとった、知っとったからこそ、似蛭を使うてその差を埋め、同格までとは言わん、せめてあと一歩ほどまでいっとると、思っとったのに……ッ)
このままでは敵わない。だけど、そんなのは……ッ
今まで、この時のためにしていた事は?
今まで、必死にしてきたものはなんだったのだろうか?
今まで、自分がこの半年、犠牲にした人たちの命は……?
ギリッと歯を軋ませ、正面から突っ込むように走る。
「グレンッ!!!!」
叫びながら刀に再度、刀に力を込める。
あの銀髪の奴が使っていた妖刀の力を使えば、まだ!!
(” 月光時停”!!)
パチンッという音と共に、周りの動きが停止する。
やっぱりあの銀髪のやつが使っていたのは妖刀の力で時間を止められるもの。これなら、この化け物に一矢報いてやることが出来る。
ニヤリと笑い、グレンの心臓に向けて刀を突きさそうとする。
だが、時間が停止しているはずなのに、瞬きをした瞬間、いなくなっていた。トンッと後ろから肩に手を置かれる
「まぁ、そう来ると思っていた」
「ッ?!」
グレンは肩を後ろへと引き、刀を持っている腕を掴むとそのままグルンッと弧を描くように回転し床へと叩きつける。
「がっ?!」
「浅はか過ぎる。エドワードが使う時点で私がなんの対処もしないかと思ったか」
(対処やと? いやいや、待てや! 時間停止やぞ?! いつ、どのタイミングで来るかわからんのに、おかしすぎるやろ!!)
咳き込み、睨みつけるようにグレンを見上げるが、特にグレンは追撃もせず、羅生が立ち上がるのを待つ。
(このまま追撃しても構わんが、あまりやりすぎると殺してしまいかねないからな。早めに諦めてくれた方が助かるんだが……)
そう考えていたが、まだ諦めてはいないようだ。フラフラになりながらも立ち上がって、刀をまだ構える。
「まだや、まだやぁッ!!」
刀を大きく振り上げて、叫びながら振り下ろす。それもグレンは指と指の間で挟み、防ぐ。防がれて尚、力を込めるがそれでもピクリともしない。
引いても押しても全く、動かない。
刀の力を限界まで使っても、同じように身体能力を上げる能力を使っても、まるで、赤子の手を捻るような状態だ。
ギリッと悔しさで歯を強く噛み、口元から血が伝う。
「なんでや、なんでやなんでやなんでやッ!!!! なんで届かんのや!! わしらがしとった事は、お主に何一つ届かんちゅーこったか?! 無駄やったんか?!」
「……私は、無駄とは思ってはいないぞ」
「は……? ぐっ?!」
羅生を蹴り飛ばした後、蹴飛ばされた衝撃で羅生は似蛭を手放してしまい、彼は取り上げた刀を持ち変えて自分の肩へトントンと軽く叩いて置く。
妖刀から手が離れた事で刀からの回復がなくなり、腹部の痛みが引かない。痛む身体に悔しさを覚えるが、此処で止まる訳には……。
羅生は肩から息をしながら睨みつけたまま身体を起こす。
「くそ、くそ……ッ!!」
「まだやるのか?」
「当たり前や!! 刀なんて、無くても、わしは……!!」
わしは、この化け物を殺さないとあかんのやッ!!
今度は羅生が素手のまま痛む身体を無視をして拳を振り上げる。だが、手負いの拳だ。グレンから見れば遅く、躱すことも容易だった。
数回、彼の拳を避けて、グレンはいなしながらも腕や腹に打撃を与える。それでも羅生は止まろうとしない。
そんな二人の攻防に、陽はようやくガタガタを震えながらも立ち上がる。
「あ、兄者……ッ」
刀なんてもうないなら、もう、諦めてくれよ。
どう見ても、俺らの負けだ。そもそも相手もならない。初めてグレンに会ったけど、俺は竦んで動けなくなった。それなのに兄者は敵わないって、分かってても向かっていった。
けど、もう……ッ
陽は涙を滲ませ、二人の方へと走っていく。グレンへと突撃するのかと思ったが、羅生を後ろから羽交い締めするように、押さえる。
突然、陽が押さえつけてきたことに、羅生は驚く。
「よ、陽?! なんの真似や!! 放せや!!!!」
「兄者!! もうやめよう!! どう見ても俺らの負けだって!!!!」
「まだや、まだ負けとらん!!」
まるで駄々を捏ねるように羅生は陽を振り飛ばそうとするが、もう刀を持たない羅生と、まだ刀を所有している陽では力では敵わない。
取っ組み合う二人にグレンは、ふぅとため息を吐いて、彼も動きを止め、腰に手を当てる。
二人を観察するようにジッと見ていると羅生の足元にある痣がを見つけて、またため息を吐いていると、呆れていると思ったのか羅生は一層暴れて、グレンへと殴り掛かろうと必死になる。
「はよ放せ!!」
「落ち着けって、兄者!! それにもう決着着いてんだろ?!」
「まだやゆーとるやろ!! 陽、刀を貸せ!! まだ終わっとらんのや!!」
「絶対貸さねぇ!! これ以上兄者が壊れるの俺、もう見たくねぇんだよ!!」
「じゃかしい!! わしは、此処で……ッ」
此処で辞める訳には……、辞める訳にはいかんのに……。
息を荒らげて必死にグレンへと食らいつこうとしているが、陽に行く手を阻まれる。
胸の奥でどす黒いものが込み上げていくが、これ以上もう、抵抗が出来ないと徐々に察したのか、羅生は身体に力が抜けていく感覚がする。
そのままズルズルと陽に支えられながら彼は床へと座り込む。




