侍の国:それぞれの夜・ナギとアリス1
ナギはほぼ強制的にアリスの隣に座らせられた。なんで呼び止められて、しかも二人だけなんだろうとナギは考えていたが、彼女は何処からか出した団子をナギの方へと渡す。
「食べる?」
「え、なんや?」
「団子よ」
「いや、見たらわかるて」
差し出された団子を手に取る。アリスは月を眺めながら団子を頬張り、視線は月に向けたまま、ナギに気になったことを聞いた。
「……ねぇ、なんで今回、グレンの指示を押しのけて協力とか、刀探しとかしたの?」
「え、なんでや?」
「あんたって基本的に人任せなところが多いじゃない。指示出されたら動くタイプって言ったらいいかしら」
「まぁ、そうやな」
実際、グレンについて行くというのが本来の目的っぽかった。ジェイドがいた谷から同行しているけどその時もついていくって言って本当にそれだけだったし、アティの時も一緒について行くくらいで何もしてなかった。グレンからの指示が出始めてから動いているって感じだけど……。
「なんかこっちに来る前にあったの?」
「まぁ……、あったのは、あったんよ」
「ふーん、それってグレンと喧嘩したとか?」
「オレがグレンはんと喧嘩するほど度胸あると思うんか?」
「いやぁ、ないわね」
なんなら邪魔したら二度と着いてくるなと言われるのに喧嘩するなんてことはしないでしょうね。けど、グレン以外で彼女が関わるとしたら……。
団子を食べ終え、残った串を皿においてもうひとつの団子を摘む。
「あとは、アビス関連かしら」
「…………せやな。あの黒いお嬢ちゃんやな」
やっぱりと思ったアリスはあまり驚くことは無かった。そんな気はしていたし、二人が何かあるよりも外部側からとは思ってはいた。アビスの名前が出るとナギは両手を後ろに回して後ろへと寄りかかる。
彼女は見上げるように顔を上げて、はぁと息を吐く。
「…………同じ神子なんに、ホンマ、えらい違いやわ」
「誰と?」
「あんさんとアビスはんのことや。オレは神子似合うのはアリスはんとアビスはん、あとは確か孔雀石の瞳のお嬢ちゃんやな。普通そんな会えるわけやなけから参考にはならへんかもやけど」
「んー、そうかしら」
アリス自身も、神子に会うことは滅多にない。今のところ最近会ったのもマラカイトくらいだ。そもそも身元がバレないように旅をする神子の方が多いらしい。
最後の団子を食べ終えたアリスはようやくナギの方を見る。
「ねぇ、その時にさ、グレンは何か命令されて、最後忘れさせられたところ、見たとか?」
「えっ?! な、なんで知っとるん?!」
「なんとなくよ。というか、さっきそれに近い話してたもん」
ナギには先程まで起こっていたことを話をした。グレンの意識とは関係なく、鏖殺させようとして、それが今回この国だけじゃなくて他の国でもさせられているんじゃないかということも。
それを話していると、ナギはわなわなと怒りを露わにして眉間にシワを寄せて立ち上がる。
急に怒った様子のナギにアリスはギョッとして驚く。
「え、えっ?! 急にどうしたのよ?!」
「なんや!! ホンマ、あの神子、なんなんや!! グレンはんの事をあん時も、おもちゃみとぅにしとって!!」
「あの時? …………ねぇ、なんかあったか、教えてくれない?」
ナギの様子から見ればきっといい事では無いのだろう。
宥めるように彼女の手をアリスは握るように包み込む。安心して話して貰えるように。
言うべきかどうか悩んだが、ナギはもう一度座り直してアリスの方を見る。
「…………グレンはんには、黙っててな?」
「もちろんよ!」
ドンッと自身の胸を拳で叩く。
それに、私はその人の事も神子の事も今まで理解をしようともすることもなかった。怖いものには泣いてばかりで、自分の楽しいことだけ考えてばっかで旅をしてしまってた。もちろん、困った人は助けていたと思う。それでも……、私は本当に、神子として、この世界のために、何か出来たのだろうか。
アッシュやグレンは私にも知っておいた方がいいと思って、”神子の命”の話を一緒にしてくれたんだと思う。それなのに、私は、何一つ……。
――理解が出来なかった。
私は神子であるはずなのに、何も、知らない。分からない。
”覚醒”の事だって、グレンから聞くまで、知らなかったんだもの。
だからこそ、どれだけ残酷なことでも聞かないといけない。理解を止めては行けない。知ることを、放棄しちゃいけない。
そうしないと、私は、この先、きっとダメだと思うの。
「だから、教えて。その時の事も」
「……わーった。話す。ホンマに、ここに来る直前のことや」
◇ ◇ ◇
これは、HALの国を脱出して、すぐグレンは、時間が無いと言ってすぐにアビスへと報告するために、祭壇のある部屋へと向かった。すぐに終わると思って部屋までついて行き、人の臓物や血で汚れた部屋はと共に足を踏み入れた。
当たり障りのない内容、そしてアッシュたちのことは言わずに淡々と話、報告を済ませていく。
その間、グレンの後ろ側でナギは服は汚れたくないため、つま先立ちで屈みながら、報告が終わるのを待っていた。
(よぅ、こげな部屋で過ごしとるよなぁ。足元は汚いし、誰かもわからん臓物見んのも嫌やわぁ)
退屈と早く部屋を出たそうに身体を揺らしながら待っていると、報告を聞いていたアビスはナギの方を見て、ニヤリと笑う。
『「なんだ、暇そうだな。小娘」』
「そりゃあ暇やで。時間ないからってついてきたんけど、外で待っとった方が良かったと思っとるもん」
ナギの言葉に呆れながらグレンは視線だけ移した。言いたいことは分かっていたが暇なのは暇で間違いは無い。
彼は最後の報告を終えた彼は小さく礼をし、立ち上がる。
すると、祭壇に座っていたアビスも立ち上がって、階段を降りていく。
『「フフフ、そうか。つまらなかったか。それもそうだな。なら、小娘、暇つぶし程度に面白いものを見せてやろう。たまに我はコレで遊ぶことがある。……とっても、面白いぞ」』
「? なんや?」
グレンが立ち上がったのでナギも立っていると、2人の前まで来たアビスは先程よりも酷く楽しそうに、顔を歪める。相変わらず気味の悪い笑いを浮かべると思っていると、アビスがグレンへと手を伸ばし、口を開く。
『「”神子として命ずる――、前回の報告以降の出来事、HALの国で起こったことを包み隠さず話せ”」』
「ッ!」
そう命じられると、普段の黄金色の瞳だったグレンの瞳の色が、紅黒い――スファレライトの瞳へと変わった。意識はあるようで驚いた表情の後、彼の意志とは関係なく、先程の当たり障りのない報告ではなく、アッシュたちと会い、共闘したことも、何もかもを口にする。
戸惑っていたグレンだったが行動は早かった。すぐに短剣を顕現したかと思うと、迷いなく自身の喉に向けて突き刺した。ゴポッ音を立てながら血が喉に詰まり、口から血が溢れ出した。それでも自分の口を封じるように、グリッと剣を捻り、気道を塞ぐ。ようやく喋れなくはなったが、喉も気道も潰している。相当な痛みと苦しいはずだ。
それなのに――
『「くくくっ 相変わらず、迷いなく自分の喉を潰して、あの人形のことを喋らなくさせるな。ふふふ、いいぞぉ。この時が普段つまらないほど従順な貴様が唯一、動揺し、感情が出てくるこの瞬間、とても、我は楽しいぞ……!」』
「ぐ、グレンはん?!」
「……ッ」
喉を潰したまま強く睨みつける。酷く、憎しみという言葉では足りないほどの、憎悪に満ちた目だった。
アビスの言っていた通り、グレンは従順なほどアビスの指示に従って動いていた。動いていたからこそ、ナギはその強い憎悪を少女に向けた理由がわからなかった。
(な、なんや?! グレンはんは、アビスに忠実だってあん人が言っとったのに、これやったら、まるで……)
まるで、仇を見る目と同じだった。
その間にも止まらない血を滴らせながら自分の口を封じるグレンにアビスは楽しそうな表情のまま、さらに続ける。
『「さて、それでは報告も出来んだろ? ”神子として命ずる、短剣をゆっくりと、自分から抜き、報告を済ませろ、終わるまで我の指示があるまでは身体を動かすことを禁じる”」』
アビスの命令でグレンはまた自分の意志とは無関係に、指示通りにゆっくりと剣を抜き、苦痛な表情を浮かべる。だが、剣を抜けないように足掻いているのかカタカタと短剣から音が鳴っていた。それでも抵抗も虚しく、短剣を抜き終えると、守護者特有の自己回復で喉の傷は治り、報告が続く。
その間も、言いたくもないことを、言わされる。
その様子が楽しいのかアビスはニヤニヤと口元を笑いながら、今度はナギの方を見る。
『「どうだ? 普段見れない、面白いものだろ?」』
「な、何が面白いねん?! こ、こないな無理矢理させて、何処がおもろいんや!!」
『「面白いではないか。苦痛で歪むヒトの顔は、自分自身の口から出される、大切な者の情報を言わされる絶望。そして、元凶である我に向ける、憎悪と怒りはこの上なく、至高なほど、楽しいではないか!!」』
「く、狂っとるわ……」
元々ヤバい神子だったというのは知っている。残酷で残虐でとても、同じように生きている生物とも思えないこの神子は、いや、神子というものでもない、悪魔や邪神が似合うこの少女は狂気に満ちすぎている。
報告の終えたグレンはドサッと膝を着いてしまう。
「ぐ、グレンはん、大丈夫なん?」
そばに寄ろうとするが、彼はこちらを睨み近づくなと言われているようで、動くことは出来なかった。
今思えば、アビスの言葉一つで自分自身が周りにどれだけの被害が及ぶのを警戒していたのかもしれない。
グレンは立ち止まったナギから、アビスへと視線を変え、喉に詰まった血をゴホッと吐き出す。
「わた、しに、なにをした……?!」
『「何を……? くくくっ 貴様の中では答えは分かっているだろ。どうだ? 貴様が尊敬してやまない、だぁい好きな主、無様に犬死したシエルと同じ権能だぞ?」』
「ッ!!!!」
歪んだ笑みを見せるアビスはまるで小馬鹿にするような言い方と、犬死という言葉にグレンは目を見開き、勢いよく起き上がる。そのまま大剣を顕現し、アビスに目掛けて剣を振り下ろす。
「アビスッ、貴様ぁ!!!!」
『「クッハッハッハッ!! いい、いいなぁ!! 貴様の憎悪とその怒り、いつ見ても素晴らしいなぁ!!!!」』
怒りに任せて剣を振るうグレンに対して、アビスは軽く手を横に薙ぎ払うように振るう。
軽く振るったはずなのに、まるで暴風に煽られたかのように、勢いよくグレンは壁の方へと吹っ飛ばされ、倒れてしまう。
「あ……ッ ぐッ……ッ!!」
「ぐ、グレンはん!!」
痛みで立ち上がることの出来ない彼の元へと駆け寄ろうとしたが先にアビスが降り立つ。
少女はグレンの髪を掴みあげ、無理矢理顔を上げさせ、愛おしそうに彼の頬に触れる。
『「あ〜、もっと貴様を激情させ戯れたいが……、まぁ今回はこれくらいにしよう」』
「く、そ……ッ」
『「”神子として命ずる、この場での出来事は忘れ、眠るがいい”」』
最後にそう命じると、少女はグレンから手を離す。ドサリッと力なく倒れた彼を見下ろした後、ナギの方へと振り返る。
突然こちらを向いてきたアビスにビクッと震えた。
『「あぁ、小娘、ちなみに今回のことは他言無用だぞ。もし、こやつにバレたら我の楽しみが無くなってしまうかもしれんからな。……いや、いっその事バレてもそれはそれで面白いか」』
それだけを言い残し、嗤う少女はその場から暗闇に溶け込むように消えていった。