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とある異世界の黙示録 -蒼い守護者の物語-  作者: 誠珠。
第十一章 侍の国
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侍の国:冷酷無慙な人1

 

「ごめん、ヴィンセント。もう一度、言ってくれるかな?」



 ニッコリと笑いながらアッシュは目の前にいるヴィンセントに詰め寄るように聞いていた。


 その笑顔の奥には怒りが隠しきれていない。言葉を濁しながら、慎重に言葉を選びながら言ったつもりだが、ダメだった。


 そう、話していたのはアティの件だ。


 屋敷へと戻ったヴィンセントとナギは薬の影響で眠っているグレンを別室へ運び、マリアに診てもらっている。夏鬼が松葉屋に向かってくれていたおかげということもあり、エドワードたちともすぐに合流することもできた。

 そして、グレンが目を覚ますその間、ヴィンセントの方で起こったこと、連れ去られたことも話をしていたが……。

 こいつはニコニコと笑顔を貼り付けたまま、ヴィンセントの話を聞いている間も彼の魔力の影響でピリピリと空気が張り詰めていた。


 その空気に耐えきれず、アリスはオロオロとしている。



「あ、アッシュ、落ち着いてね? 暴れたり、先走ったらダメよ?」

「大丈夫。落ち着いてるよ」

「いや、落ち着いているけどあんたの魔力というか、殺気がやばいの、やめて」

「あはは、大丈夫だよ」

「…………」

「大丈夫」



 いや、絶対に大丈夫じゃなさそうなんだけど。ずっと笑ったままいるけど、いますぐに暴れそう。


 アッシュがパンパンッと手を叩いた音に、アリスはハッとする。



「本当に大丈夫だよ。冷静にしてないとダメだって学んだからね。それに、ヴィンセントの報告の内容的に今、現状は大丈夫だとは思うよ」

「そうなのか?」

「だいぶ昔に聞いたんだけど、侍っていうのは約束や恩に対して大事にするそうだからね」



 まぁ、狂人でなければ、の話ではあるけども。

 それにやっぱりグレンもヒトなんだなぁと楽観的に思ってしまう。大型魔獣が寝てしまうほどだ。マリアも呆れてもいたし。しばらくは起き上がれないとも言っていた。


 考えていたアッシュはアリスが心配そうな顔をしていることに気づく。



「心配しないで、アティはちゃんと見つけて、相手に()()するからさ」

「あんたのお礼は怖すぎるのよ……」

「あはは。それでヴィンセント、彼らはどうだった?」

「どうって、なんだ?」

「妖刀使いの人たちは強かった?」

「……戦ったのは似蛭を扱っていた者だけだ。村雨は分からないが……」



 ヴィンセントは腕を前に組み、大きく息を吸ってからため息を吐く。



「強かった。私では勝てない」

「え、兄様で勝てないのか?」

「勝てん。不快にもな」

「刀の能力は使わなかったのか?」

「……違う、使わなかったんじゃない。使えなかった」

「と、言うと?」



 エドワードが首を傾げると、ヴィンセントはものすごく嫌な顔をする。



「あの男の持つ似蛭の能力の一つで、他の妖刀の能力を真似る。紅桜の能力をコピーされたら余計に戦えないし、今後のお前たちの戦いに支障が出る。それだけは避けたかった。抜刀術までは真似ることがないから良かったがな」

「真似られたら困るって……、紅桜はどんな力があるの?」



 アッシュの質問にヴィンセントは紅桜を顕現して刀を抜く。相変わらず禍々しい気配だ。

 抜いた刀にプツリと指先を切り、血を刀身につたわせる。



「私が使うこの紅桜は使用者を能力向上と狂乱させる。あとは、幻覚だ」

「幻覚? それって魔法じゃなくて?」

「魔法じゃない、刀の特殊能力といったところだ。故に、発動にかかるインターバルも予備動作もない」

「わぁ、それはめんどくさいなぁ」



 発動の予備動作があれば何の魔法が発動されるかで予測することができる。予備動作といえば大体の人は詠唱することが多いというのもあるけども。


 けど、確かに、何の予兆もなく幻覚が出来る刀の力をコピーされなかったのは良かったかもしれない。



「そっか。ありがとう、ヴィンセント」

「いや、とはいえ、使ったところで勝てるとは思っていない。……はぁ、先生に鍛え直して貰うか」

「んー、いいんじゃないかな。話を聞く限り、ヴィンセントの技量はあるし、向こうは刀の力に頼りっきりなんでしょ?」

「……私が納得しないだけだ」

「真面目だねぇ」

「うるさい」



 ため息を吐いたヴィンセントは顔を背け、口を閉じる。


 それにしてもヴィンセントが強い、そして勝てないと言った相手だ。これは殺さずに刀の回収は大変かもしれないし、ここの国の人はなんでグレンを狙っているのだろうか。疑問はあるも、それはグレンが目を覚ました時に話すしかないだろう。


 そう考えこんでいると、アリスが心配そうにアッシュの顔をのぞき込むように見てきた。



「アティちゃんのことも気になるわよね、大丈夫?」

「……まぁ、正直、大丈夫ではないよ。ものすごく心配。だけど、僕が騒いだところで現状は変わらない。手も今はないし、グレンが起きてこないと何とも言えないかな」

「……そっか」

「だからグレンが目を覚ますまでは僕、少しだけ席をはずすよ」

「えっ」



 立ち上がって退出しようとするアッシュにエドワードが呼び止める。



「おい、何処に行く気だ? まさか探しにいくわけではにだろうな?」

「行かないよ。さっきも言った通り、グレンが起きないとなんともできないからさ。それまで話をしておきたい人がいるんだ」

「話しておきたい人?」

「うん。捕まえておいた奉行の人だよ」



 そう言ってアッシュは襖をパタンと閉めた。彼が閉めた後、アリスとエドワードは互いに顔を見合わせる。



「ねぇ、エドワード」

「……お前が言いたいことは分かる。今のあいつは絶対に――」


「 「 ろくでもないことをする! 」 」



 そう言葉をそろえて二人もアッシュの後を追いかけて部屋を飛び出す。怒り心頭、しかもアリスに手を出そうとした相手だ。ただで済むわけないし、うっかりで殺してしまいかねない。

 バタバタと出て行った二人を見て、ヴィンセントはため息を吐いていると、夏鬼はくすくすと隣で笑う。



「お前の弟と神子は仲がいいな」

「緊張感がなさすぎるんだ。あいつらは……」



 いくら今なにもできないとはいえ、緊急事態なのは変わらない。ただ、アッシュの言われた通り、今は何かできるわけでもない。ヴィンセントはアリスがいなくなったことでしょんぼりとしていたリリィの方へと歩いていく。



「リリィ、修行、もとい、手合わせだ。来い」

「わかった」

「ノア、お前もだ」

「え、お、俺も?! 手合わせすんの?!」

「当たり前だ。どうせ今、暇だろ。すこしでも修行して覚醒までできるようになれ」

「い、いやぁ、ほら、俺、戦闘とかまったくダメだし、手合わせの相手にもなんねぇっつーか……」



 そろ~っと逃げようとするノアを捕まえてヴィンセントも部屋を出ていく。部屋に残っていたユキは少し考えたあと、ナギに声をかけて、一緒に部屋を出て行った。


 部屋を出たユキの後ろからついていくナギの方を不意に振り返る。



「ナギ、申し訳ございません」

「えっ?! 急にどうしたんや?」

「いえ、僕のせいでグレンに相当怒られたとヴィンセントから聞いてしまったので……」

「……えぇよ。あれはオレも失敗してもうたんよ。お互いさまや」

「そう、ですか……」

「それに次で挽回できるようにしたらえぇんよ。まぁ、今んとこなんも手掛かりもあらへんけどな」



 ナギは腕を頭の後ろに組み、身体をフラフラさせる。


 たださえ刀探しの時でも所有者の方を探しながらしていたのに、こちらの方の姿もバレているし、隠れられたら探しようがない。唯一ありそうなのが、ヴィンセント曰く、グレンがナギを怒る前に何か調べていたからもしかしたら何かわかるかもしれない。だからグレンが目を覚ますまで待つという話になってはいた。



「そのことなんですが……、手掛かり、というのとまた違うんですけど、アティの居場所はもしかしたらわかるかもしれません」

「えっ?! ほ、ホンマ?!」

「えぇ。なのでそのことをアッシュとアリスにお話ししにいこうかと思ってますが……、申し訳ございませんが、一緒に来ていただけますか? 一人だと、その、不安なので……」

「おうよ! 一緒にいったる! まかしとき!」

「ふふふ、頼もしいですね。ありがとうございます」



 正直、この手掛かりとも言えない内容はできるかわからないし、正しい行動なのかもわからない。少しでも彼らの手札としてなるなら伝えた方がいいかもしれない。


 そう思いアッシュの気配を辿ると、屋敷の奥の方にいた。こっそりと中をナギとともに部屋の前まで行くと中からはアリスとエドワードの声も聞こえていた。話声のようだが内容に関しては聞き取りずらく、襖に手をかける。



「あの、アッシュ――ッ?!」

「いやあああああ!!」

「うわっ?!」



 襖を開けると同時にアリスの悲鳴が聞こえてくる。思わず二人とも驚いてしまい、声を上げると、中にいたアッシュがユキたちの方に気が付く。



「あれ、ユキ? それにナギまでどうしたの?」

「え、え~と、アッシュに用があってきたんですが……、何をしていらっしゃるんです?」

「え? 尋問」

「……尋問ではなく、拷問の間違えではないですか?」

「そうかなぁ」



 笑顔で首を傾げるアッシュだが手には針のような細く長い棒が握られていた。何をしようとしてるか予想がつくし、アリスが悲鳴を上げたのはこれからすることを聞いたからだと思う。拷問されそうになっている男は半べそもかいており、ほぼ裸同然な恰好になってもいた。


放置してアッシュはユキに笑顔を向ける。



「それで、ユキは何の用で来たんだい? アリスとエドは僕がやりすぎないようにって見張りに来てるけど……」

「すでにやりすぎそうになってるじゃないの! しょっぱなから針を爪に差し込むって何?! えぐいわよ!」

「拷問っていうのはそういうものだよ。こういう人は痛みがないと喋らないからさ。苦手なら外で待ってなよ」

「やっぱ拷問じゃないの! 尋問するって言ったじゃない!」

「あれ~そうだったかなぁ」



 とぼけたように言うアッシュにアリスは針を取り上げようとしてるが身長が届かない。戯れてる二人にユキは苦笑いしながら、彼の質問に答える。



「実はアティの件でして」

「アティの件かい?」

「はい。彼女の行方に関してですが、もしかしたら見つけられると思うんです」

「……それはホントかい?」

「はい」



 力強く頷くユキにアッシュは少し考える。話を聞いていたアリスはアッシュから針を取り上げるのをやめて、彼の肩をガシッと掴む。



「アティちゃんの件、本当にわかるの?!」

「え、えぇ」

「……ユキ、それはここで話せる内容かな?」

「それは……」



 アリスたちとナギを見ると、改めてアッシュの方を見て頷く。そんなユキにアッシュは、”わかった。じゃあちょっと待ってね”と言って、半べそかいている男に向けてパチンッと指を鳴らすと、男は意識を失った。



「よし、ならユキ、教えてくれるかい?」

「わかりました」



 ユキは話始める。彼の話を聞いてアッシュは、”なるほどね”と呟く。



「うん、それなら確かに見つけられるかもしれないね。いい提案だよ、ユキ」

「ありがとうございます。……どうしますか? 今行った方がいいなら行きますが」

「そうだね。居場所だけ先に突き止めだけしてくれるかな。ナギと一緒に」

「お、オレ?」

「うん。ユキのその見つけ方なら君が適任だと僕は思う」

「……ホンマにオレでええの?」



 ナギは自分の服を握りしめる。


 僕はユキの気持ちもナギの気持ちもなんとなくわかる。任されたのに守れなかった無力感も。どうにかして力になりたいという気持ちも。



「任せるよ。きっと大丈夫だから自信持って行っておいで。もし失敗しても僕がサポートするから。あ、でも見つけても今度は戦っちゃだめだからね」

「わかりました!」



 アッシュの指示でユキとナギは屋敷を飛び出す。

 屋敷を出で行く二人を見た後、アッシュが誰もいない方を向いて声をかける。



「ジェイド、申し訳ないけど、二人をお願いできるかな?」

「わかった」



 いつの間にかアッシュの隣にいたジェイドも指示を受けてユキたちの元へ向かった。


 彼らを見送ったあと、アッシュは再び、男の方を向く。



「さて、僕らは僕らでさっさとやっちゃおうか」

「あ、あああ、アッシュ? 痛くないように、痛くないようにしてよ?!」

「いや、君にするわけじゃないんだからさ……。怖いなら向こういってていいんだよ」

「うぅ……ッ」



 それでもアリスは出ようとしない。見たくないものや怖いと思うなら見なくてもいいのに……。


 ため息を吐きながら、アッシュは目の前の眠っている男を、パチンと魔法で起こす。



「さて、話してもらおうか。君らの目的を」



 黒く笑いかける彼の瑠璃色の瞳が蝋燭の炎で怪しく光ったような気がした。



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