侍の国:調査4
松葉屋へ向かったアリスたちを見送りをするため、ヴィンセントと夏鬼は門の前で彼女たちが見えなくなるまでジッと見ていた。
門に寄っかかるヴィンセントは見えなくなった頃にようやく普通に立つと、後ろから夏鬼が声をかけてきた。
「心配なのか?」
「心配はしていない。ただ……」
「ただ?」
言葉を止めるヴィンセントに夏鬼は首を傾げる。
アッシュに引っ付いたままの神子、マラカイトに少し引っかかるところがあった。
松葉屋に行かないといけないからその潜入に彼女がたまたま知り合いだったから事が早く進みそうではある。だが、アッシュはつっこまなかったから黙って聞いていたものの、今回のこと、まるで都合が良すぎる気がする。偶然であればいいが裏がありそうな気がしていた。
「嫌な予感がする……」
「嫌な予感? 気にしすぎなんじゃねぇの?」
「特になければいいが、もしもの事を考えておいた方がいい。夏鬼、ちょっと手を貸せ」
「お、いいぜ。仕事も今ないから、構わねぇよ」
「助かる」
神子の安全を第一に考えねばならない。もし予感が外れていればそれでいい。けど、もし自分が思うこの嫌な予感。それが当たった時の保険があった方がアイツらの助けになるはずだ。
夏鬼を連れて、ヴィンセントも屋敷を出ていった。
――――――――――――――――――――
そして、アッシュたちは松葉屋へと到着していた。マラカイトのおかげで建物の一部屋を借りて、最終準備と確認をすることになった。
少し後ろにグレンは聴きながら、動きの確認をアッシュが確認していく。
「さて、じゃあ今回の動きだけど、誰かここの従業員として変装してしまった方が早いかと思うんだよね」
「それもそうね。でもそれ誰がするの?」
「んー、僕としてはアリスやエドワードは危険にさせたくないからねぇ……。リリィだけ変装してっていうのもどうだろうていう感じだからさ」
正直、リリィは人見知り、というかアリスや自分たち以外とはあまり喋らない。話すのが苦手なのかもしれないが、情報を聞き出すとしても、彼女の表情筋はないのかと思うくらい笑わない。
だったら前にアリスたちを助けた時みたいにアッシュが女装したらいいのだろうかと思っていると、一緒に来ていたマラカイトが手を上げる。
「では、アッシュ様、こういうのはいかがでしょうか?」
「ん? 何かあるのかい?」
「はい。わたくしやアリスさん、リリィさんで遊女のふりをするのです。もちろん、女将さんにお願いして、お酒はついだり舞をしないといけないかと思いますが、夜のお相手は無し、というのも出来るのです」
「へぇ、そういうのも出来るの?」
「位の高い遊女には用心棒も付けられるそうなので、そういう遊女は夜のお相手はかなりの高額が必要になりますし、滅多には手は出そうとはしてきませんわ。もちろん、用心棒はアッシュ様やエドワードさんがされるのであれば問題は無いかと」
確かに用心棒なら自分が店の中を彷徨いたとしても怪しまれにくい。アリスたちがただお酒を注ぎながらであれば相手に近づいて話を聞き出すチャンスも増える。
不安そうにしていたアリスも、そういうのがないなら……と内心では安心しているみたいだ。
「それなら私が変装するわ。アッシュ、あの布、貸して」
「大丈夫なのかい?」
「大丈夫よ。さっきも言ったけどあんたもいるし、リリィも一緒なんだから」
「……わかった。でも、こういうところは何が起こるか分からないから無茶はしないでね」
「なんかあってもあんたが助けてくれるわ」
「おっと、これはこれは僕も頑張らないといけないね」
アリスの希望のものである布作面を取り出す。以前、スノーレインや妖怪の里で使ったものだ。いくら潜入するとはいえアリスの髪は目立つ。それを隠すためにも必要なものだ。
布を広げて術式を施していると、興味津々にマラカイトも見てくる。
彼女も一緒にするなら彼女の分も必要だろう。二枚とも書き終えると二人にそれぞれ差し出す。
「あら、わたくしもよろしいのですか?!」
「君も神子だからその髪は隠さないと危ないからね。その布はあげるよ」
「〜〜っ!! ありがとうございますわ!! 一生大事に致します!!」
「一生は困るんだけど……」
嬉しそうに受け取ったマラカイトは胸元にそれを抱えてクルクルとその場で踊るように身体全体で喜びを表現する。その後ろでモリオンは何処から出したのか花吹雪を撒き散らしながら演出をしていた。
そんな彼らに何しているんだと、呆れた様子のグレンにアッシュが彼に声をかける。
「グレン、僕とエドワードは用心棒としてやるよ。今頃、ノアも屋根裏に入り込んで調べてくれてるだろうし、あとは僕らでも上手くやるから、君はいつも通り仕事をしておいでよ」
「……そうさせてもらう。が、無茶はするなよ」
「もちろんさ。アリスたちもいるんだ。変に危ない橋は渡らないようにするよ」
「そうしてくれ。じゃあ私は一旦、ここから出る。待ち合わせの場所があるからな」
「わかった。ありがとうね」
礼を言うアッシュに軽くグレンは手を上げたあとアリスの方へと行く。アッシュが準備していた面をつけようとしてるところで声をかけられ、なんだろうと不思議そうな顔をしていた。ヒソヒソとグレンが耳打ちをしてから部屋を出ていった。
耳打ちされたアリスは訳が分からないといわんばかりの表情をして、アッシュの方を見る。
なんだろうか……?
「どうしたの?」
「ん〜、いや、大丈夫よ」
気がかりがあるなら言って欲しいがグレンのことだから一旦は気にしないでおこう。
それぞれの動きが決まったところで、マラカイトが手をパンパンッと叩くと、歳の少しいった老婆と数人の女性が部屋へと入ってきた。
「ご紹介致しますわ。こちらが女将さんですわ」
「初めまして。この松葉屋の女将でございます。マラカイト様がお付き合いしてる旦那様とそのご友人をお連れしたとお聞き致しまして……、婆やは嬉しゅうございます」
「ふふふ! いやねぇ! 婆や!」
そう言いながらアッシュに抱きつこうとしてきたのでそれをサラリと躱す。
「旦那さんじゃないよ。僕は仕事で彼女に協力してもらってるんだ。一応、雇い主でもあるけどね」
「おやおや、これはこれは……。マラカイト様の早とちりでございましたか。ですが、ご安心くだされ。きっと良いお嫁になれるお方ですので」
「いや、僕、奥さんいたので結構です」
ズバッと切り捨てた言い方をしたがマラカイト同様で話を聞かない感じのタイプだ。
だが、仕事は仕事。切り替えるようにアッシュは軽く手を叩いて空気を変える。
「さて、まずはみんな着替えないとね」
「左様でございますな。殿方の方は外へお願いします」
そう言って女将と遊女はアッシュを外へと出される。廊下に出ていると一人いない。
……あれ、エドワードは?
閉じる前の部屋を覗くとエドワードまで着替えさせられそうになっていた。慌ててアッシュはエドワードの元へと行き、引っ張って廊下へと出る。
「た、助かった……」
「あははっ 君、可愛らしい顔して――痛っ?!」
「殺すぞ、貴様……」
「すんません……」
エドワードに首を絞めるように両手で首元をあげられる。が、非力なエドワードではそんなに苦しくはない。ヘラヘラと笑っていた。
「……よし、じゃあ、僕も準備しようか」
「何を準備するんだ?」
「僕らも着替えるんだよ。さすがに普段着で用心棒する訳にはいかないでしょ?」
「この格好じゃダメなのか?」
「位の高い遊女の用心棒としてならそれそうの服の方が格好がつくんじゃないかってだけさ」
「そういうものか?」
「うんうん」
そう言ってアッシュはパチンッと指を鳴らすとスノーレインでアッシュとユキが着ていた正装の服に変わる。
「どう? 身動きがしやすいタイプのものにしたけどどうかな?」
「ん、動きやすい。それに身体に魔力を流しやすいな」
「魔法に特化したものにしたからね。無詠唱でも出来ると思うよ」
「ど、どうしたらいいんだ?」
「無詠唱は唱えたい魔法をイメージしながら放てばいいんだよ。そんなに難しくないからさ」
「そ、そうか……。頑張る」
勉強熱心なのも良い事だ。
あ、そうだ。エドワードには先に伝えておこう。
「ねぇ、エドワード。密会が始まったら少しの間だけ僕は単独行動するよ。何かあったらすぐ呼んで」
「え、何処か行くのか?」
「うん。僕なりに探そうかと思ってね」
「わ、私、一人でも、大丈夫だろうか……」
不安そうにアッシュを見るエドワードだが、彼も守護者の一人だし、それに密会中はグレンもいる。何かあればグレンが彼らのサポートをしてくれると思う。
あまり彼に頼るのはいけないだろうけども、早めに終わらせてさっさとこの松葉屋から出たい。
あとは少しエドワードも自信を持ってもらいたいものだ。
「大丈夫だよ。それに……」
「それに? ……うっ?!」
黒く笑うアッシュはニヤリと笑っていた。
そう、それにだ。もしアリスやエドワードたちに手を出すものなら……。
「もし、君たちに手を出すなら、僕はこの松葉屋を破壊するつもりだよ」
「……た、頼むからやめてくれ。それに神子の紹介の店だぞ。さすがにそういう裏切り行為とかそういうのはないと思うんだが……」
「あははっ だから、もしもって言ったじゃん」
「お前の場合は冗談にも聞こえんわ」
けど、正直、松葉屋にいけたのはいいがマラカイトは信用していない。僕からすればここの場所は敵陣の中と思っている。
だからこそ、手を出そうものなら容赦はしない。
「それより、アリスたちの着替え終わるまで屋敷を観てまわるかい?」
「そうだな。見る訳にもいかんしな」
「んじゃあ、行こっかね」
小さく頷くエドワードとアッシュは二人で屋敷を探索して行く。




