侍の国:三条の刀鍛冶師3
そばを満喫し、ご満悦な彼女たちを迎えに行ったアッシュは屋敷まで案内した。
その日の夜の夕食作りをノアとユキ、そしてアティの三人で厨房に立っていた。
その様子を夏鬼がジーッと興味津々で見ていた。普段料理はしないそうで、外で食べることが多いらしく、せっかくなのでエドワードが夏鬼の故郷の味をとのことて、夏鬼に合わせたメニューを彼らに渡している。と言っても、リンたちが作ってたものを再現するという程度だ。
簡単なものを教えて貰っているので多少はアレンジがあるものの、向こうで食べていた懐かしの故郷の味を再現できるはずだ。
献立を見ながらノアが材料を並べて必要なものを確認する。
「んーと、米とごぼう、あと人参とワカメ、豆腐、サバは……この前買ったやつがあんだろ……。んで、あとは……」
ブツブツ言いながらアイテムボックスに入れている食材を出しながら確認をしていく。出された食材はアティがスパスパと手際よく切っていく。
すると、隣にいたアティが、”あ、ノアさん”と小さく呼ぶ。
「おん? どしたよ?」
「あの、お味噌汁のためのお味噌がありません」
「あー、前にリンとこのばあちゃんから貰ったやつ前回で使い切っちまったからなぁ。なぁ、夏鬼、ここの街にも味噌あんのか?」
「あるぞ。まだ売ってるだろうし、俺、行ってこようか?」
「あ、私も行きます! 野菜は切りましたし、あとはお二人でも問題ないでしょうから」
アティは手を洗い、タオルで水気を拭き取った。
一旦考えるユキは現在、料理中ということもあるし、ほとんど下ごしらえも終えてるし、残りは二人でも問題ない。加えて道のわかる夏鬼もいる。迷子になることは無いだろうから大丈夫だろうと思い、ユキは夏鬼の方を見る。
「アティと一緒にお願いしてもいいでしょうか?」
「おう。任せろ」
「では、夏鬼さん、行きましょう!」
アティは夏鬼の手を握ってそのまま台所から出ていく。そんな二人をユキとノアは笑顔で手を振って見送った。
街の方まで出ると夕焼けがとても眩しく、そして綺麗だった。夏鬼の案内で問題なく、味噌を買い終えたアティはニンマリとして何処かウキウキとしたような様子に隣を歩いていた夏鬼も笑顔で聞く。
「なんか、ちびっ子ちゃん嬉しそうだね。何か楽しみがあるのかな?」
「はい! お味噌汁を旅の道中よく頂いてましたが、今回ワカメやお出汁も使うと聞いてますので、どんなものが出来上がるかとても楽しみなんです!」
「へぇ、そうなんだ。俺も楽しみなんだよなぁ。故郷の味をまた食べられるなんて思ってなかったし」
「確か、夏鬼さんはお父さんたちが寄っていた里の人、でしたよね?」
「まぁ、そうだな」
あまり妖怪のことを言わないようにとも言われていたため、妖怪の里とは呼べないが、すごく楽しそうな里だったというのはアリスさんから聞いている。いろいろトラブルはあったらしいけども、それも含めて楽しんだらしい。
またその時は一緒には旅をしていなかったけども、その国の美味しいものや色んな人に会えているのはちょっと羨ましいものでもある。だからこそ、今回その里の味を楽しめるのは嬉しいことだ。
「……夏鬼さんは、なんで里から出て刀鍛冶の職人さんをされてるんですか?」
「俺か? そうだなぁ、俺の場合は先代、俺の父がたまに里の外に出ることがあってよ。その日は姉さんは里で母さんと留守番だったんだけどさ、出先の目的地がこの国で父は用事があって一緒に居れなくてよ、暇つぶしに街をフラフラと見て回ってたんだ」
「暇つぶしですか」
「そっ。んでさ、たまたま俺の今の師匠にあたる三条師匠の作業場を見に行った時、ビビっとしたもんがあったわけよ」
「ビビっと?」
痺れたりとかしたのだろうかと首を傾げると夏鬼は満足そうな笑顔を向ける。
「感動というか、衝撃っていったらいいのか? 刀を打つ師匠の姿がかっこよくてさ! 俺も師匠みたいに強くてかっこいい刀を打ちたい! てのが一番そんときにあったて感じだ」
「なるほど……。かっこよくて、憧れた! というやつですね!」
「そういうこった! まっ、他にもいろいろあるけどよ、師匠に弟子入りして、刀だけじゃなくて妖刀も作りたくなって今に至るってもんだ」
「いいですねぇ! 憧れですかぁ……」
憧れを叶えて今も頑張っているのは正直にすごいと思ってしまう。
楽しそうに語る夏鬼はグイッとアティの方へと顔を寄せる。
「ちびっ子ちゃんは何か憧れとかある?」
「え、わ、私ですか?」
「おう! 子供なら一つや二つあったりするもんだからさ!」
「えっと、私は……」
憧れか……。あまり考えたこともなかった。というか考える余裕が今まで無かったと言えばいいのかもしれない。今はお父さんたちと居れて満足してて、色々見て回れるからそれでいいと思っているからかもだけど。
「私は、憧れとかそういうの持ったことがなくて……」
「お? そうなのか? てっきりアイツらといるし、旅とかに憧れてるのかって思ったけど」
「どうでしょうね……」
一緒に居るだけでいいとは思ってたからどうも困ったかもしれない。でもいつかは大人になった時に何も無いていうのもな……と思ってしまう。
難しい顔で考え始めたアティに夏鬼は申し訳なさそうに謝罪を口にしようとした時、後ろからドサリと音がして、二人は音の方へと振り返る。そこには鮮やかな赤と金色の刺繍のある黒を基調としたの羽織りを着ているボサボサな黒髪の男が倒れていた。
「だ、大丈夫ですか?!」
慌ててアティがその男の元へと駆け寄る。倒れた男は呻きを上げて震える手を伸ばし、何かを呟く。
「は……」
「?」
「はら……へった…ぁ……」
……どうやらお腹を空かせて倒れているようだ。服とかの見た感じではお金を持っていないようにも見えるけども、何か訳ありなのだろうかと思いつつ、アティは何か食べられるものがないかアイテムボックスに手を入れる。そして、小さな袋を取り出して、倒れている男にそれを差し出す。
「あの、良かったらコレ食べますか?」
袋の紐を取り、自身の手のひらに中身を出す。すると中から出てきたのはクッキーだった。倒れた男は顔をゆっくりと上げて、アティの手のひらのクッキーを目にすると、カッと目を見開いてそれに食らいつく。
サクサクとしたクッキーに一心に食らう男にアティと夏鬼は驚いたが、余程お腹がすいていたんだろうとすぐアティはクスリと笑いながら食べている男の手を掴み、さらに男へクッキーを渡した。
2、3袋食べたところで男は満足そうにあぐらをかいて座り、”ふぅ”と息を吐きながら腹を撫でる。
「いやぁ、助かったわァ。お嬢ちゃん、おおきに。えらい美味いもんやけど、いい値のお菓子やないんか?」
「いえいえ、クッキーは父から貰ったものでしたのでまた作ってもらいますし、気にしないでください」
「そっか、それでも助かったんは変わりないで。何か礼をせなあかんなぁ」
ボサボサな黒髪を手でかきながら頭を軽く下げる男にアティも手を横に振る。
助かったのであれば本当に良かった。にしてもなぜこの人はこんなところで空腹で倒れていたのだろうか。
その疑問を持っていると夏鬼が男の腰に着けた刀がチラリと羽織りから見えた途端に顔色を変えた。男の側に座っていたアティの腕を引っ張りあげる。
「わあっ?! な、夏鬼さん?」
「お前、あとは大丈夫なんだろ? 俺らも夕飯あるから帰らねぇと行けないから」
「せやなぁ。お嬢ちゃん、また今度会えたら、そん時に何か奢らせったてぇな」
「いえいえ、お兄さんが元気になったなら構いませんよ。あ、私はアティと言います」
「アティちゃんか。わしは羅生、またの礼は今度あった時やのぉ」
「はい! ご縁があればまた!」
へラッと笑うアティの腕を羅生を睨んだままの夏鬼がグイッと少女の腕を引っ張っていく。その様子を同じようにニコニコと笑ったままの羅生は座ったまま軽く手を振るう。
去っていく少女たちを見送っていると路地裏の奥から誰かの声が聞こえてくる。
「兄者」
「ん? あぁ、そこにおったんか? 陽」
「兄者が腹減ったて言ってたから買ってきたんだけど」
陽と呼ばれた男は懐から包みのようなものを取り出した。それを見る羅生だったが首を横に振って、残ったクッキーを齧る。
「いらんよ。陽が食ってえぇよ」
「え〜。この時間どこも空いてなくて結構探したのによ」
「……そげなことよりも例のやつ来たで」
「兄者が探していたあれか?」
「そうや。まぁ、すぐは動けへん。何か決定的なもので、弱点でも何でもえぇ。それ見つけて確実にやらなあかん。それまでは待ちや」
羅生は最後の一欠片を食べ、陽の声がする方へと歩いていき、そのまま暗闇の中へと消えていった。
――――――――――――――――――――
夏鬼に腕を引っ張られているアティは思ったよりも早くは歩く彼に追いつくように小走りになるが、何か焦っている様子の夏鬼はアティが痛がってるのに気付かずに進んでいく。
「あ、あの、なつ、夏鬼さん……ッ」
痛い。
腕を放してもらうように声をかけても声が届かない。だんだん引きずられるようになっていきそうになっていく。
「夏鬼さん! い、痛いです!!」
「ッ?! わ、わる――ッ?!」
ようやく気づいた夏鬼がハッとした瞬間、横から何かが掠めるように振られる。それと同時にアティの身体を誰かが持ち上げて引き寄せる。
何事なのだろうと驚くアティは持ち上げた人を見上げるとよく知った人だった。
「おい、貴様、何をしている?」
「お、おじさま?!」
アティを抱えたまま大剣を握ったグレンが夏鬼を睨みつける。




