侍の国:入国2
アリスとアティたちは観光をしながら街を見て回る。普段は見ないようなものも、外で情報を売っているもの、そして、美味しい食べ物屋なのだろうか。そば屋と書いた食堂のようなところにアリスが目を輝かせる。
「そばって何かしら! すっごい気になるわね!」
「そうですね! 一度入ってみます?」
「そうね! お昼ご飯も兼ねて食べちゃいましょう!」
すっかり観光で元気になっているアリスはアティとリリィの手を引いて、お店へと入っていく。中へ入れば、”いらっしゃいませー! お好きな席へどうぞぉ!”、と店員の大きな声が店内に響き渡る。
アリスもアティも物珍しさに目を輝かせ、空いている席へと向かう。
3人の後ろに着いてきていたノアとユキも中へと進み、アリスたちの席の隣へ。
キョロキョロとユキも店内を見回す。
「なんだかいい香りがしますね」
「だな。さてさて、メニュー、メニュー……っと」
テーブルに置かれたメニュー表に目をやるが、見たことの無い言語で書かれている。なんと書いてあるのか分からず、眉を寄せていると、人数分の水が入ったコップを持ってきたうさぎのような耳としっぽのある獣人族の店員が来た。
「お冷になります! ご注文が決まりましたらお声掛けください!」
「あ、店員さん、待って」
アリスは去ろうとする店員を呼び止め、メニュー表を指をさす。
「私たち、今日入国したばかりでここの言語分からないのよ。良かったらおすすめを教えてくれないかしら?」
「そうだったんですね! 大丈夫ですよ! んー、そうですねぇ。当店おすすめはやはり、海の幸を贅沢に使った大将そばです! 大海老やブリ、マグロ、イサキ、あとはクラーケン等多種多様の海鮮がその季節、その日に一番の美味しいものを大将自身が厳選したものを天ぷらにしたものになりますね!」
「へぇ! いいわねぇ、美味しそう!」
「つーか、クラーケンって食えんの?」
「はい! 食べられますよ! 下処理も念入りにしてますので、ご安心ください!」
半信半疑なノアを他所にアリスは大将そばを指をさす。
「じゃあそれを5つちょうだい!」
「ありがとうございます! 大将5つ入りましたぁ!!」
「 「 ありがとぉございやぁす!! 」 」
なんとも元気な店員たちなのだろうか。
注文を聞いたうさ耳の店員も奥へと入っていき、みんなで料理の完成を待つ。
しばらくすると、より一層のいい香りが強くなったかと思うと、先程の店員が、両手にトレイをもって現れた。
「はい! お待たせしましたー! 大将そばです! お熱いので気をつけてお召し上がりください!」
コトンッと置かれたトレイには大きな丼の中に山盛りと乗ってる海鮮の天ぷらがドンッとあり、その隣には三角に握られたおにぎりと透明なお湯のようなもの、そして、黄色い丸を半分に切ったようなものが置かれている。
「そばってこれ?」
「いえ! 天ぷらの下に、麺があります! それがお蕎麦です!」
「これは?」
「その黄色いのはたくあんです!」
「この湯みたいなのは?」
「それはお吸い物です!」
「おすいもの?」
アリスも首を傾げているが店員が気になってるものを丁寧に答えてくれる。その間に、ノアは待ちきれなかったのか、持っていた割り箸をパキッと割って、出てきた料理に手を出す。
サクッといい音を立てながら目の前に出された料理にかぶりつく。
「んまっ?! ユキ、これめっちゃ美味いぜ!」
「本当ですか? では、僕も……」
勢いよく食べるノアにユキも同じよう料理を口にする。サクサクな衣に肉厚とも言ってもいいほどのプリプリな海老。噛めば噛むほど旨味が溢れて咀嚼しながらでも味を堪能できる。
なんとも美味しいという言葉以外は不要なほど、表し難い美味さだ。
アリスも食べているノアたちを見てかぶりつく。
「美味しいぃ〜!! すんごい美味しい!!」
「このたくあんというものも美味しいですよ。アリスさん!」
「あら! ホント?!」
アティの言葉にアリスもたくあんを齧る。ボリボリ音を立てて、おにぎりと食べると素朴ながら良い味が口に広がる。
幸せそうなアリスにアティもクスリと笑う。
(……にしても、お父さん、残念だなぁ。多分こういうのみんなでわいわいするの好きなんだろうけど……)
今回は一応、仕事として向かうことにはなってはいるけども、不本意な今回のことだから機嫌も悪い感じもしていた。あまりその部分は出さないようにしてるようだけど、わかりやすいんだよなぁ、お父さん。
そう思いながら、とりあえず父がいない間は自分がどうにかアリスたちを見守れるようにしようと思い、目の前の美味しいそばを食べ進める。
一方、アッシュはアリスたちと分かれた後、守護者探しは少し難航していた。以前、アリスの時はエドワードの予知夢とノアが一部分覚えていたため、そんなには時間はかからなかった。
けど、この二人の場合前世の記憶の引き継ぎがないため、守護者が誰かが分からない。
「少しでもいいから覚えていると一番良かったんだけどね」
「アッシュ様、申し訳ございません……」
「いいよ。それにしてもモリオンの時はどう見つけたんだい?」
「モリオンは元々、代々わたくしの神子の一族の守護者の生まれと分かっていたので、昔から一緒なんです」
「へぇ、なるほどね」
エドワードと同じタイプ一族のところか。それならまだ一人目しか居ないのも納得は行くけど……。
「以前、僕が君を助けた時があったかと思うんだけどさ」
「はい! あの運命的な出会いをしたあの日でございますね!」
「君がピンチの時に、モリオンは何をしていたの?」
「……俺はあの時、ギルドの依頼を受けてて、マラカイト様と離れている時に起こってしまったんだ。発覚も遅くなり、ギルドからマラカイト様が保護されたとお聞きして、初めてその時に誘拐されてしまってたことを知った、というところだ」
糸目の彼が顔を背け、マラカイトに申し訳なさそうに俯く。二人しかいない状況で神子から離れてしまうなら相当な警戒の下準備をしておかないといけない。にも関わらず、彼はそれが出来ていなかった。
「……僕が言うのもあれだけどさ、なんで誘拐されないかって予測は出来なかったの?」
「実はわたくし達、旅を始めたのは最近なのです。まさか外の世界がここまで酷いものとは思いっておらず、あのようなことが起こってしまったのです」
「人攫いの話とか君たちのところでは学ばなかったの?」
「話だけは存じ上げてはおりました。ですが、甘く見ていたわたくしの落ち度ですわ。モリオンは悪くないですの」
モリオンを庇うようにするが、正直、そういう問題ではない。前回たまたま自分がいたからいいものの、もし、そのまま奴隷として堕ちてしまえば、アティのように探すのは困難になる。しかも、発覚するのもギルドから連絡があってとか……、それこそ守護者としてどうかと思う。
深いため息を吐いたアッシュはチラリッとモリオンを睨むように見る。
「君、守護者として、今後どうしないといけないか考えた方がいいよ。仲間がいるならまだしも、そうじゃないのに神子を一人にするなんてありえない。僕らでさえアリスは単独行動は絶対にさせないんだから」
「……それもそうだ」
「それか、集まる間、傭兵を雇うとかそういうのはした方がいいんじゃない?」
「大丈夫でございますわ! 今はアッシュ様がいらっしゃいますもの!」
「僕は今回はこの街にいる間は探すけど、出国するまでの間だけだよ。それに……」
少し冷たい目でマラカイトたちをジッと見る。
「僕は君たちには興味がない。守護者として気になることはあったけど、もし君らが何かあったとしても、僕は助けることはアリスたちが望まない限りはすることは無いよ」
アッシュの言葉にマラカイトは少し固まった様子を見せたが、何故かすぐに笑顔になり、アッシュの腕にいっそうしがみつく。
「では、わたくしはあなた様を振り向かせるように頑張れば良いのですわ!!」
「ッ! 君、ホント、めげないね……」
マラカイトの反応に呆れながらアッシュはため息をつく。
彼女がどう思おうが勝手だが、僕はとりあえずさっさと終わらせて、早くアリスたちの元へ帰りたい。
改めて周りを見ながらそれっぽい人がいないか見るけども、やはり闇雲に探すのは懸命では無いし、何より本人たちが分からないのに、無縁な自分ではなおのこと分からない。
さて、どうするか……。
「せめて、向こうが君のこと覚えてくれてるなら早く済むんだけどね」
「ふふふ。そうですわね。あっ! アッシュ様! ご覧くださいませ! 美味しそうなお料理がございますわ!」
「うわっ! ちょっと、引っ張らないでよ!」
マラカイトに腕を引っ張られてお店の方を見ると、向こうから見覚えのある後ろ姿が見えた。
あれは……
「おーい! ヴィンセントー!」
呼ばれた彼はこちらを振り向く。前回見た服装とはまた違う、この国に合わせたように、リンから聞いた馬乗り袴と云われたものを着ている。凛とした彼の佇まいから似合っていると言わざる得ないほど着こなしている。髪は後ろに高く結びあげており、雰囲気も少し変わっているような気がする。
「アッシュか。何しているんだ? こんなところで」
「僕たちの知り合いの弟がこの国にいるってことでここに来てるんだよ」
「……その隣にいる神子はなんだ?」
「彼女たちの依頼で守護者探し」
「ふぅん……」
ヴィンセントは目を細めてアッシュを少し睨むように見る。だが、すぐにずっとくっついたままの神子を見て、軽く頭を下げる。
「初めまして、神子殿。私はヴィンセント・エフェメラルだ」
「あら、ご丁寧にありがとうございますわ。わたくしはマラカイトと申します」
同じように頭を下げるマラカイトとその後ろにいたモリオンも同様に下げる。ヴィンセントたちとのやり取りを見てアッシュは少し面白そうな表情をしており、そんな彼にヴィンセントは少しムッとした顔をする。
「なんだ?」
「あはは。いや、君、ちゃんと挨拶できるんだなぁて」
「失礼だな。私はこれでも公爵家の人なんだぞ。初対面相手に挨拶しないわけないだろ」
「君、僕とかユキに対しての初対面の時、挨拶じゃなくてガンを飛ばしてきたじゃないか」
「ふん。貴様らに対しては不要だと判断しまでだ」
(屁理屈じゃん)
呆れたような顔をしていると、ふと、ヴィンセントも何故ここにいるか気になった。というか、ここまでどうやってきたんだろうか。
「てか、ヴィンセントはここで何してるの?」
アッシュの問いにヴィンセントは、”あぁ”と、いい腕を前に組みながら答える。
「私の昔から使っていた刀の手入れに出していたんだ。それを今日取りに来た、というだけだ」
「刀?」
「刀と言っても妖刀と呼ばれる類のものだ。妖刀のようなものでないと私が全力で使えないからな。ただの刀だとすぐ壊れる」
「へぇ、ちょっと意外だなぁ。君、魔法がメインだと思ってたから」
「基本的にはな」
前にヴィンセントと戦った時は剣を使ってたけど、良く考えれば使い方が普通の剣とは違うような持ち方だった。だから動きづらそうにしていたのかもしれない。
「ちなみにどこに手入れに出したの?」
「三条というやつのところだ。顔馴染みでな、妖刀を専門として扱う刀鍛冶だ」
「ふぅん」
「まぁ! 刀鍛冶ですか!」
ヴィンセントとアッシュの会話に横入れをするようにマラカイトが飛びつくようにアッシュにまた引っ付く。
若干アッシュも面倒くさそうな顔をしていたが気付いてないのか神子の彼女は続ける。
「ぜひともわたくしもお会いしてみたいですわ!」
「刀鍛冶にか?」
「はい!」
「……まぁ、別に構わんが……」
チラッと視線だけヴィンセントはアッシュに向ける。軽く首を横に振るアッシュに対して彼はため息をつく。
この神子が何を考えてるか分からないが、ついてくるだけならいいかと思い、ヴィンセントは頷く。
「私はどちらにしろ刀鍛冶に用事がある。案内だけでいいなら」
「ありがとうございますわ!」
嬉しそうに言うマラカイトはアッシュの腕を引っ張って先頭を歩いていく。
アリスのような感じと言えば聞こえが悪いかもだが、神子はどのものもあんな感じなのだろうかと、思いつつ、ヴィンセントは彼らを鍛治職人の元へと案内していくのであった。