天使と悪魔
アティとユキはとりあえず入口を目指そうということになり、廊下を歩いていた。
お化けが出てきてはいるけども、何故かこちらに近寄ってくる気配は無い。アティは不思議そうな顔をして周りを見ていると、隅っこにいたあの光の玉と同じものを見つける。
「……本当に色んな幽霊たちがいますね」
「そうですね。ただ、彼らは僕には近寄っては来ないでしょうから、なるべく離れないようにしてください」
「そうなんですか?」
「えぇ、ゾンビやリッチとかの魔物であれば、話は変わりますが、ここの辺にいる幽霊の魔物は低級です。魂だけの彼らは悪魔が怖いんですよ」
「すごいです! そしたらここの魔物はユキさんだと無敵、ということですね!」
「え、あ、まぁ、そういうことになりますかね?」
アティから尊敬の眼差しを向けられて照れくさそうにユキは頬をかく。アティもユキと一緒にいるからか、幽霊たちはアティにも近寄る様子もない。
安心して歩いて行けるのは良い事だ。
「あ、そういえば、気になってはいたのですが、ユキさん、先程、悪魔族と仰ってましたね」
「えぇそうですよ。リリィの獣人族と同じように色々な魔族もいますからね。その中で僕は悪魔族に部類されます」
「ほぇ……。私まだ勉強不足で、種族がどれくらいいるからよくわかんないんです」
「んー、まぁ人族はそもそも結構多いですからね。まだ知らない種族もいるとも言いますし、ゆっくりでもいいかと思いますよ」
「分かりました!」
眩しいくらいの笑顔にユキはうっとなる。
本当に眩しいくらい輝く彼女の魂に裏表もなく、純粋に知りたい、理解したいというのが伝わる。なかなか子供でそこまでの魂の子はそうそういない。
たまに、本当に美味しそうに見える。
ジッとユキがアティを見つめていると、正面から誰か来たのか見ていたアティが反応する。
「あれ? 誰かいますよ」
「ん? あぁ、本当ですね。誰でしょう……、あぁ、いや、僕は何となく分かりますね……」
見えるのは白い羽根。あの神々しさのようなものを彷彿とさせる羽根を持つのは天使だ。
露骨に嫌な顔をするユキだったが、一応相手は初対面。誤魔化すように笑顔を作り、アティの前に出る。
「どうも、あなたはこの館の方ですか?」
『いいえ、違います。……先程の神子殿から悪魔族とはチラッと聞こえてましたが……、本当に害虫がここに足を踏み入れているとは、穢らわしいですね』
「おやおや、僕はただ、仲間と一緒に行動してるだけなんですけどね。それに、館の方では無いなら興味はありません」
そう言ってユキはアティの腕を掴み、振り返る。掴まれたアティは、”え、えっと、道とか聞かなくていいんですか?”、と戸惑いながらも聞くとユキは無言で首を振る。
立ち去ろうとする彼にラファエルはため息を吐いて、白い羽根を使い、バッとユキたちの進行ルートを妨げるように、目の前に降り立つ。
「なんです?」
『あなたがたを探している神子殿からの頼みでわたくしは来てます。同行して頂きます? 心底嫌ですけど』
「おやぁ、奇遇ですね。神子の所に行くのはありがたいですけど、僕もあなたと同行なんて心底嫌なんですよね」
『ほぉ、それそれは本当に奇遇ですね……』
互いに笑顔だが声のトーン的にすごく怖い。まだユキに掴まれたままのアティはどうにかこの状態を変えようと思っていると――
チリンッ
鈴の音が聞こえた。二人は気付いてないが、音の方をアティが向くと黒猫のクロが座っている。
何処かに行ったかと思えばこんなところにいたんだ。
そう思っていると、クロは音もなく、ユキの背後まで来ると、ピョンッとジャンプしてユキの肩に乗る。突然、何かが乗ってきたと驚いたユキだが、それがアッシュの猫だと分かり、いつもの表情に戻る。
「にゃー、にゃうにゃあ」
「……はぁ、ここで言い合いしたところで、という感じですね。アリスたちのところへ案内してくれるならしてもらっていいです?」
『えぇ、構いませんよ。……そこのお嬢さん、彼らは危ない種族ですから、変に心を許してはいけませんよ』
「? ユキさんがですか?」
『はい、そうです。悪魔はヒトの魂をも貪り食う、卑劣で残酷で不浄な種族ですから』
そういうラファエルにアティはキョトンとしている。腕を掴んでいたユキはラファエルの言葉にピクッと反応し、掴んでいた手を思わず放してしまう。だが、アティはまたにっこりと笑い、放されたユキの手をギュッと握る。
「他の悪魔族の方がどんな方かは分かりかねますが、少なくとも、ユキさんはユキさんです。そんな怖い方でもないですし、お優しい方なんで大丈夫ですよ!」
『……おや、そうですか』
それを聞いていたユキはなんだが照れくさくなり、頬を赤らめながら顔を背ける。
なんだが、ノア以外に褒められるのも初めてだったけど、この子もノアと同じくらい本当に眩しくて、いい子だ。
満面な笑顔で答えたアティにラファエルは目を細める。
『……あなたはとても綺麗な魂をしておりますね。それは大事にしておきなさい。天使のわたくしも見惚れるような眩しい魂。くれぐれもその隣の悪魔から牙を向けられないように気をつけてくださいな』
「ユキさんを信用してるので問題ございません!」
「…………」
ユキの腕をまだ抱き締めたままのアティはちょっとムスッとしながらもラファエルを見る。くすくすと彼は笑い、アティの頭を撫でる。
「ありがとうございます」
「いえ! では、ラファエルさん、アリスさんのところまで案内をお願いします!」
『ふふ、かしこまりました』
ラファエルの案内で扉に入ると、アティとユキはようやくアッシュたちと合流ができた。一足先にノアとリリィもいたようだ。
「おとうさーん!」
「やぁ、アティ、ユキ、おかえり」
二人にアッシュは軽く手を振る。少し早歩きした二人はアッシュのところまで来るとユキは申し訳なさそうな顔をする。
「えっと、すいません。勝手な行動をしてしまったのではぐれてしまってまして……」
「あははっ 大丈夫だよ。多分、アティが何処か行ったのを追いかけてくれたんでしょ? むしろごめんね」
「気づいていたんですか?」
「勘かな」
「勘、ですか」
「でも、居なくなったのはビックリするから、二人とも行く時は声掛けて欲しいかな」
困ったようにアッシュがそう言うと二人は改めて、”ごめんなさい”、と言うと、よしっと言わんばかりの嬉しそうな顔を彼はする。
アマテラスは少し黙っていたかと思うと、アリスの方へと歩いていく。
「アリス」
「なにー?」
「そもそもお前たちは何しに来たんだ?」
「雨宿りよ。雨が酷くなってたから雨宿りできるところって思った時にここが見えたから」
「なるほどな。まぁ、なら一晩くらいならかまわない。が、ただこの部屋以外今は他の部屋は魔物の巣窟になってしまっていてな」
「自分の家が普通魔物の巣窟になるってことある?」
「なかなか帰る時間がなかったんだ。かれこれ100年以上は放置していたからな。今回は長期休暇が取れたからたまたま帰ってきてたんだ」
「100年くらいでそんなんなるかしら……」
”んー”、と悩むアリス。泊まれるなら泊まりたい。けど、魔物が多いのといる魔物が幽霊だから正直、ものすごく怖い。かと言って家主の部屋を借りる訳にもいかない。
葛藤しているアリスに、エドワードが二人の元に行く。
「それなら、ここの幽霊、私が祓おうか?」
「ん? いいのか?」
アマテラスはエドワードの方を向いて聞くと、彼は頷く。
アイテムボックスから御札のようなものを取り出してそれをアマテラスに渡す。
「前にあるやつから面白い魔法を聞いてな。それならうちの家系の魔法とも合ったから少しアレンジしたものになるが問題なく祓えるはずだ」
「あ、そうか。そう言えばあんたのところ、そういうのも得意だったわね」
「あぁ」
エフェメラル家は闇魔法や雷魔法が得意。そのためなのか闇魔法の応用でアンデット系の魔物にも効く魔法も得意。
それにここにいるのは弱い魔物ばかりだ。簡易的なものでも問題なく祓える。
「あとはアリスの神子の力を注げば、しばらくは大丈夫とは思うぞ」
「そうか。なら、頼んでいいか? 本来、頼んだそこのバカが仕事が遅くてな。困っていた」
「んなっ?! おいおい! アマテラス!」
彼女の言葉にツクヨミは納得がいってないような様子でズカズカと彼女に近づく。が、何かを言おうとしたタイミングで、ラファエルが足を引っ掛けられて盛大にコケてしまう。
「いだっ?!」
『アマテラス様に、おい! というのは失礼でございますよ。神様なのですから』
「俺も同じ神様なんだけど!!」
『おや、そうでしたかね?』
「この野郎……っ だからこいつ、嫌いなんだよ!!」
嘆くツクヨミを無視してアリスはエドワードが持っている御札に魔力を込める。白い紙の御札に何やら印が現れた。
「これでいい?」
「あぁ、大丈夫だ。それとアッシュ」
「ん? なんだい?」
「御札を各部屋に貼っていくから手伝って――」
「すまないが、そこの人の子と話があるからそれは別の者に頼めるか?」
「アッシュにか?」
アッシュにも御札を貼るのを手伝ってもらうと思っていたらアマテラスに止められた。エドワードもアッシュも互いに不思議そうな顔をしてから、エドワードは小さく頷く。
「仕方ない。ユキ、ノア。暇だろ?」
「えぇ、構いませんよ。天使と一緒の空間は少々息が詰まるので助かります」
「そ、そうか。あとはアティは私と一緒に行こうか」
「はい! 行きます!」
お手伝いができるということで嬉しそうにアティもエドワードについて行く。
館にかけられてる魔法もあるため、エドワードたちの方にラファエルが、ユキたちの方にはツクヨミが着いていくことになった。
御札を貼りに行ったメンバーを見送り、残ったアッシュとアリス、リリィはアマテラスと話すことになり、椅子に座っていると、アッシュの方へとアマテラスが歩いてくる。