ラストクエスト:バグと……1
アッシュが取り出したクリスタル。隣にいたグレンにも見せながら、これを手に入れた経緯を説明した。
「……なるほど。オープンワールドの外から」
「うん。バグっていうかエラーとかかなって思ってさ。正直忘れかけてたのもあるけど。これ何か使えるものならいいかもね」
そう言ってアイテム詳細を見る。
《陌ォ遶ッ縺ョ邨先匕》
……やっぱり文字化けしてわからない。
「なんて書いてある? 見せてみろ」
「あ、うん。これなんだけど……」
グレンにクリスタルを渡そうと手をグレンに向ける。
すると、クリスタルは、ずぶんっアッシュの手の中に入っていった。最初は落としたかと思い慌てたが、手のひらの中に埋まっていく。
それにアッシュとグレンはギョッとする。
「え、えぇぇっ?! ちょ?! 埋まっ?!」
「おい! 手を貸せ!」
グレンが慌ててアッシュの腕を掴み、沈んでいくクリスタルを掴んで引っ張ろうとするがまったく微動だにしない。それに痛みがるわけでもないけども……。そしてクリスタルは先ほどまでとげとげとした形状をしていたのに表面が滑らかになり、つるつるとした石のようになってしまう。掴む場所もなく。そこからは沈むことはなくなったが完全に手の平の中に入ってしまっている。
「な、なにこれ……?」
「私が聞きたい……。ん? 虫の意の結晶?」
「え?」
グレンがそう言われ再度手のひらについたままのクリスタルの名前を確認すると先ほどまで文字化けになっていたのにそれがなくなり、”虫の意の結晶”と名前が出ている。虫? これ寄生虫とか何かの石だったのかな……。だとしても虫は嫌な気がする……。
そしてクリスタルは色を変えていき、瑠璃色に変わる。クリスタルの中はうっすらと何かがいる気がするけどこの中がキラキラしてるためうまく見えない、というか見ずらい。
ジッとグレンはクリスタルを見るが眉間にしわを寄せてて少し不機嫌そうな顔に変わる。
「……説明文がぐちゃぐちゃだな。アッシュ、身体に異変はあるか?」
「今のところは大丈夫。特に違和感もないんだよね」
手を握ったりしても異物感は特に感じられない。
首を傾げていると、視界にあるメニューのところに通知のようなものが出ていた。なんだろうと思い、それを開きながら、グレンにも聞こうとしたところで、ガーナがこちらに来るのは見えた。
一旦はこのクリスタルを隠した方がいいかと思い、手袋をつけなおす。
「どうも、主役のあなたたちがこんなところで何してるのかしら?」
「えっと確か君は……」
「ガーナよ。最初にあなたのギルドの受付した、受付嬢。今回は本当にありがとう。まだ第一クエストとはいえクリアできるとは思ってなかったから驚いてるわ。みんなもあなたの言葉で立ち上がれるようになってたし、本当に感謝してる」
「あはは、僕らはできることをしてるだけだよ」
「あら、謙虚なのね」
クスクスと笑いながら、ガーナは持っていたものを足に乗せてしゃがみ、アッシュの膝でまだ寝ているアリスの頬を突く。
「神子ももっとおっかないものだとも思ったのにねぇ」
「大食いで大酒飲みの神子だけどねぇ」
「ふふ、それもそうね」
「そういえば前回のクエストの時はどれだけ倒せたの?」
「あ、モンスターの討伐数?」
「うん」
”そうねぇ”とガーナは首を傾げる。
「だしか、彪から聞いたんだけど、13248体……、だったかしら」
「よく覚えてるね。細かな数字」
「もちろんよ、これでもギルドの受付嬢で一番の古株なんだから! なんなら覚えていかないと大変なんだからね……」
「そ、そうなんだ……」
ただ受付するってだけじゃないもんね。依頼内容だったりその処理だったりと、結構大変なんだと思う。
「あ、そうだ。これ、持ってきたのよ」
ガーナは思い出したように自身の足に乗せていた飲み物を取り出す。小さな缶でラベルにはジュースなのだろうかオレンジの絵が載っていた。それをアッシュとグレンに渡す。
「二人ともあまり飲んでなかったでしょ? お酒が苦手かと思って、代わりの持ってきたの。オレンジジュースは飲める?」
「うん。ありがとう。僕、実はお酒苦手でさ……。助かるよ」
「うちの冒険者どもは大酒飲みばっかばかりだからねぇ。そこの神子さんと向こうであなたのお仲間さん、誰だったかしら、あっ! そうそう、確か、きらめく堕天使さん! 二人ともすごいわよねぇ。結構飲んでもへっちゃら! って感じだったもん」
その名前を聞いて思わずアッシュは笑いを噴き出してしまう。
そ、そういえば、ノアのアバター名がそれだった気がする……。
なんで噴き出したかわからないグレンとガーナは首を傾げる。
「ご、ごめ……ッ 思わず、笑っちゃった……ッ」
「誰だ? そのよくわからん名前のやつ。知り合いか?」
「あ、あぁ、そうだね。グレン。ノアのことだよ……ッ」
「…………ナギと同じくらい馬鹿なネーミングセンスと行動力だな……」
呆れたようにグレンは足を組み、ため息をつく。ガーナから受け取ったオレンジを見てカシュッと音をたてながら開ける。少し匂いを嗅ぐと甘ったるい柑橘の匂いがする。
少し笑いが治まってきたアッシュも彼女から受け取ったジュースを一口、口をつけて飲んでいるとガバッとアリスが起き上がる。その勢いで缶に当たり、思いっきり口の中を切った気がする。そして結構、甘いオレンジだ。
痛む口もとを押さえながら、起き上がるアリスを見る。
「のど、かわひた……」
「あいたた……。喉乾いてるの? これ飲む?」
「のむぅ~……」
よろよろとしながらアリスはアッシュから缶を受け取る。それをアリスは顔を真っ赤にしながら缶の中身を飲んでいく。
「あまぁい……」
「あはは、そうだね」
「あら? 甘い?」
「うん、結構甘いオレンジジュースだね」
「あれ、おかしいわね……」
ガーナが立ち上がりながら首を傾げていた時、飲んでいたグレンの視界の端で通知が鳴る。
《*猛毒検出いたしました。 抵抗力がSのため 、 自動的にレジストします。》
猛毒?!
その文字が出た瞬間、グレンは慌ててアリスから缶を奪い取る。急に取られて何事かとアリスがムスッとする。
「ちょっとぉ~、あたしのじゅーすぅ~!」
「ど、どうしたの? グレ――っ」
聞こうとしたところでアッシュの前にも通知が現れる。
《*猛毒検出いたしました。 虫の意の結晶の効果で 、 自動的にレジストします。》
その文字が出てきてハッとしてアリスの方を見ると、なんだかアリスが苦しそうに喉を押さえていた。次第に咳き込み始める。
「あ、アリス?!」
「あ、れ、のど、おか――っ?!」
ごぽっと水の音と、アリスの口から血が流れる。血が滴り、焦点の合わない瞳で怯えたと困惑が混じった顔でアッシュを見る。
「ぁ…え……?」
声をまともに発することもなく、アリスはアッシュにもたれ掛かるように気を失い、倒れる。真っ青な顔をした彼の隣からグレンが叫ぶ。
「アッシュ!! アリスを診せろ!!」
「わ、わかった」
ハッとしたアッシュはアリスを横にしてグレンに託す。当のグレンは魔法陣の紙を取り出して唱える。
「” 回復魔法:猛毒解除”!!」
アリスを包むように緑色の光が現れる。だが、それはバシンッと弾かれ、通知がくる。
《*魔法 を レジストされました。》
「なっ……?!」
「どうしたの?」
「魔法を、消された」
「えっ?!」
「……神聖魔法を試す。おい、ガーナ、この世界のポーションと解毒剤はあるか?」
「……っ」
「おい、ガーナ!!」
震えて怯えたガーナは動けずにいた。そんなグレンの言葉にアッシュは立ち上がって、すぐ後ろにいたガーナの首を掴む。
「あぐっ?!」
喉を掴まれてハッとガーナは我に返るが、目の前には睨むアッシュがギリギリと彼女の首を絞める。アッシュは冷たく凍えるような声でガーナに問う。
「今の聞こえたよね。持ってる?」
「ご、ごめ……?! ま、まっ……もって、る、だ、だから……っ」
「おい、アッシュ、この事態を起こしたのはガーナじゃない。早まるな」
グレンにそう言われ、一旦ガーナを再度、睨むが手を放す。大きくガーナは咳き込み、震えながらアイテムボックスからポーションと解毒剤を取り出す。
その間にグレンは別の魔法陣を書きながらアリスの気道に血が溜まっているため、それを口から吸い出してなるべく息ができるようにしていた。
だが、それは書き終えることはなかった。
《*次回のクエストに 、 アバター名: アリス を使用するため、回収します。》
そんな通知とブリキの声が響く。アリスの身体はまるでどこかに電子転送されるように消えていく。消えていく彼女をグレンは掴むが、そのまま成すすべなくその場から消えた。
「くっ! おい! 使用するとはどういうことだ?!」
《*その質問にはお答えしかねます 。 明日のクエスト開始までお待ちください。》
その言葉を残してプツンッと切れる。こちらが何度、呼んでも応えは返ってこなかった。
連れていかれたアリスにアッシュは茫然と立ち尽くす。
動悸がうるさい。呼吸が浅くなる。心臓が、痛い。
(まずい。アリスが、連れていかれた……?! なんで? クエストに使用するってどういうこと? いや、それよりも彼女は猛毒を受けたままだ。僕が、先に安全をもっとちゃんと確認しておけば、アリスは……っ)
転送されたなら、どこかにいるはず。
そう思い立ち、アッシュは街の外まで走ろうとしたところ、グレンに掴まれる。
「落ち着け! アッシュ!」
「で、でも! グレン! あ、アリスが……!」
「大丈夫だ。相手はアリスを次のクエストで使うと言っていた。ならまだアリスの身は安全だ。問題はそのあと。冷静にならないと取り返しのつかないことになるぞ。お前の悪い癖だ」
「……ッ そ、う、だよね。ありがとう……。グレン……」
「……とはいえ、私も悪かった。まさかもう魔法に対して対策をしてくるとはな。さすがは人工知能といったところか……」
魔法の対策は来るとは思っていた。向こうで一般的な魔法は使えなさそうだ。どこまで使えるか明日は手探りで調べながらになりそうだ。
グレンが明日のことをどうするか思考していると、怯えた様子のガーナは声を震わせながらアッシュたちに声をかける。
「ご、ごめんなさい。まさか、あのジュースに毒が入っていたなんて、本当に、知らなかったの……っ」
「…………」
「ヒィッ?!」
アッシュは無言でガーナを睨みつける。
いや、わかっている。グレンも言っていた。彼女が起こした事態ではないと言っていた。だから彼女を睨むのは間違っている。間違っているのは分かっているけども……ッ
「……ごめん、ガーナ。今、君と冷静な話ができない。悪いけど、向こうに行ってくれる? このことはまだ誰にも言ったらダメだから。周りに不安をまき散らすだけで問題になるから」
「わ、わかった……」
「待て、ガーナ。先に聞きたいことがある」
「な、なに?」
グレンの問いにガーナはビクッと怯えた様子になる。
まぁアッシュに凄まれたらこうもなるか。
なるべくガーナを怯えさせないようにグレンはアッシュを後ろに隠しながら聞く。
「持ってきたあの缶はどこから持ってきた?」
「え、ぎ、ギルドのメンバー用の冷蔵庫からよ」
「……、それって他の連中は大丈夫なのか? もしそこの飲み物全部なっていたら問題だ。戻って確認してくれ。ほかに猛毒に侵されてる者もいる可能性もあるからな」
「っ! わ、わかったわ。すぐ確認する。確認できたらチャットを送るわ」
「あぁ、頼む」
グレンが頷いたのを見てから、ガーナはギルドへ走っていく。
残っていたグレンとアッシュは少し沈黙して考える。そして、グレンはガーナが来る前にアッシュが何かに気づいて言いかけたことを思い出す。




