再会
さむい、いたい、くるしい。
また、ご主人様が来て、身体も心も痛いのに、また、痛い思いをする。
来ないでほしいと、何度も思っても、ご主人様はここに来ては消えない傷を私に刻み付けてくる。
「……っ……うぅ……ッ」
泣いてはダメだ。また、泣けば、もっと怖い思いもする。
でも、今回は、もうだめかもしれない。血が、止まらない。
痛い。いた、い……。
もうこのまま意識なんて手放してしまって、楽になってしまえば、もうこんな思いもしなくていいよね?
わたし、いっぱい我慢したよ。ずっと、がまん、したから、もう、いいよね。こんな苦しい思い。ずっとしないといけないの、もう、嫌だよ……。
薄れゆく意識を手放そうとしたときにーー
「アティ……っ アティ! どこ⁈ どこにいるんだ⁈」
……? 誰かの、声が聞こえてくる……気がする。懐かしい……声が聞こえる。
あぁ、もしかしたら、帰りたいって思っていた時、何度も聞こえていた幻聴じゃないかな……。
そう思っていると、バンッと扉が開く音がした。
「アティ!!」
そう言って誰かが、私を抱き上げる。
「アティ! アティ!! しっかりして!! む、迎えに来たよ!!」
「おと...う、さ……?」
「っ! うん、僕だよ……っ 遅くなって、ごめん、ごめんね……っ」
泣きながら父は私を抱きしめてくれる。じんわりと体温がつたわってきて……。
すごく、あたたかい……。
後ろにいる誰かが父に声をかける。
「おい、アッシュ。先に回復魔法をかけるぞ。アティの出血が酷すぎる。診せろ」
「っ! ごめん、お願い……っ」
そう言って誰かが魔法をかけてくれた。
痛いのがだんだん無くなっていく。
父はその間も冷たくなっていた私の身体を温めるように自分が着ていた服を私に着させてくれる。
これ、夢なのかな?
……うぅん、夢でも、いい。最後にお父さんに会えたなら。それだけでもすごく、嬉しい……。
安心したのか、私の意識は、ここで途切れてしまった。
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抱きしめていたアティの意識がカクンと落ちる。アッシュはハッとしてアティの様子を見てみると先程までの弱々しい息ではなく、呼吸は落ち着いてきていた。
ひとまずホッしていると、回復魔法を行使していたグレンが声を掛けてくる。
「アッシュ、しばらくアティは抱えたままでいてくれ。身体も結構冷え切っているし、傷の治りも普通の回復魔法ではここまでが限界だ。神聖魔法を書くから少し待っていろ」
「わかった」
そう言って少し離れたところでグレンは魔法陣を書き始める。
本当に危険な状態だった。扉を開けて目に飛び込んだのは、服も着てない血だらけの娘。
見ただけでも背中や腕も、血だらけで、自分の手についている血もべったりと付着している。たださえ出血で身体の体温も奪われるのに、裸で、辱められていたのは、明確だった。
「…………あいつ、どうしてくれようか……」
ぼそりとアッシュの恨みが籠った声はエドワードにも聞こえていた。
「アッシュ……」
後ろ姿だけでも、憤激しているのがわかる。あの時、最初に会った時と同じ、いや、それ以上の重い威圧感をアッシュから感じていた。ちりちりと彼の炎が見えるのもそのせいだろう。
その間に魔法陣を書き終えたグレンがアッシュに声をかける。
「できたぞ。アッシュ。アティをこの中心に寝かせてくれ」
「……うん、わかった」
グレンの言われた通りにアティを寝かせ、準備が整った段階でグレンはパチンっと指を鳴らす。魔法陣が光り、アティを包み込む。弾けるように消えた光がなくなるとアティの傷は綺麗に全てなくなっていた。
「……前にガーネットに使ったもの?」
「よりも強力な魔法だ。相当魔力は持っていかれるが、アティには古傷も生傷も結構あったし、傷なんてないほうがいいだろ」
「……本当に、ありがとう、グレン」
「いい。その為に覚えてきたんだ。役に立ってよかった」
笑うグレンにアッシュも泣きながら笑う。傷がない大事な娘の顔をアッシュは覗き込む。顔にもあった傷も、背中にあった痛々しい傷口も、何もなくなっている。
安堵して再度、抱きあげると、腕の中で小さな声で呻く声が聞こえてくる。
「んん……っ」
「アティ?」
「……あれ、お父さん……?」
目を覚ましたアティは不思議そうにアッシュの頬に手を触れ、その手をアッシュは優しく握る。
泣いた顔のまま笑いながらアッシュは頷く。
「うん、おはよう。アティ」
「本当に、本当に、お父さん?」
「うん、そうだよ。遅くなって、ごめんね。アティ」
少女の瞳に涙が溜まっていく。震える声で続ける。
「ほ、本当に……? 夢じゃない……っ?」
「夢じゃないよ」
「……っ おと、さ……っ うぅ……っ うわぁぁぁぁぁぁぁんっ!!」
アッシュに向かって抱き着きて、堰を切ったようにアティからは涙と今までの気持ちが溢れ出す。
「っ、怖かったよぉ! お、おかあ、さまも、み、みん、みんな、ころされて、し、しら、知らない、ひとに、つ、つれて、かれて……っ」
嗚咽混じりに泣き叫ぶ娘に、アッシュはただ”うん、うん”と抱きしめながら同じように涙を流す。
「ここに、つ、つれて、こられて、ずっと、ずっと!! いたい、おもい、ばっか、で、なんども、なんど、も……っ かえりた、っ、 かえりたかったぁぁぁ……っ!!」
アティの中でフラッシュバックのようにここまで来る怖い思いや痛い思い、辛い思い、苦しい思いが駆け巡る。
一生、終わらないと思っていた。
一生、こんな思いしていかないといけないと思っていた。
あたたかい父親の体温を感じて、ようやく、ようやく、この地獄から解放されるんだと。
心の底から、安心できた。
しばらく泣いていたアティが落ち着いて、ずびずびと鼻水をたらしながら顔を上げる。
「落ち着いたかい?」
「うん……っ」
「よかったな。アッシュ」
「二人ともありがとう」
アッシュがお礼を言うと、アティは父親が見る二人の方へと視線を移す。グレンを見るとぱぁっとアティは笑顔になる。
「グレンおじ様!」
「あぁ、久しぶりだな。アティ」
「はい! あと……、今日、お会いしましたよね? あの時、庇ってくださって、ありがとうございます」
「え、あぁ、いや、結果的に私は助けられてないからな。すまなかった。あの時に置いて行ってしまって」
「いいえ、それでも庇ってくださってましたから」
にっこりと笑う少女にエドワードは頬をかく。
こんなにいい子なのにあんな目にずっと合っていたなんて、とても惨いものだ。
そう思っていると、アッシュの首元にずっといたクロがアティのところに行き、少女にスリスリとする。
「えへへ、黒猫ちゃんかわいいです」
笑う娘にアッシュは頭を撫でてあげながら、その子についている隷属の首輪に手をかける。
こんな子供につけるようなものじゃない。相当強力な隷属の首輪だ。
試しにアッシュが解呪を試みてみるが、はじかれた。
「僕の魔法じゃダメか……。グレンは解けないかい?」
「やってみよう」
今度はグレンが触れてみるが、正攻法で解除か神子であるアリスたちでないと解除はできない。それを伝えるとアッシュは少し考える。
このタイプなら恐らく夜李がつけられていたものと同じかもしれない。
解除には何かしら物のがいるはず。
「……お父さん……」
険しい顔をしていることでどうやら不安にさせてしまったようだ。すぐににっこりと笑いながら頭を再度撫でる。
「大丈夫だよ。ちょっとだけ、待ってーー」
「や、やだ! 置いて行かないで!」
アティを降ろそうとすると、縋りつくようにアッシュの服を掴む。ガタガタと震えて、アティの顔は恐怖に染まる。
何事かとアッシュは焦りながら、アティの手を掴む。
「ど、どうしたの?」
「ご、ご主人様から、も、もし、誰かが、助けに来たら、か、顔を、火で潰すって……っ あ、あれってお父さんたちのことだよね……?」
「……火で、潰す……?」
それを聞いた瞬間、アッシュからすごい殺気を感じた。エドワードの隣にいたグレンも驚いたように目を見開く。ただ、さえ怒りを抑えていたのに、もう我慢の限界のようだった。
アッシュの顔を見ているアティもギョッとしており、涙が引っ込んでしまったようだ。
アティを抱きかかえたまま彼は振り向く。笑顔を貼り付けたまま、怪しく光る瑠璃色の瞳がやけに怖く感じる。
「ねぇ、グレン。ちょっと手伝ってほしいことがあるんだけど……いいかな?」
「……お前、何か企んでるな?」
「いやだなぁ、ちょっとお礼をしてあげるだけだよぉ。アティを3年間も可愛がってくれたんだ。その分、彼に返さないと、ね?」
今のアッシュの顔と言葉は全然意味合いが変わるし、なんなら今、この顔をしてるということは相当ヤバいこと考えてる時だ。
グレンはため息を吐きながら腕を組む。
「構わないが、どうするつもりだ?」
「ん~? じゃあまずはーー」
アッシュの話す内容を聞いてグレンとエドワードは苦笑いしてしまった。
何ともこれから起こることは大変気の毒で、ある意味では同情する。




