懲りずに何度も繰り返す〜さすがにもう許せませんよ〜
「許してほしい! 彼女とのことは気の迷いだった!」
私の婚約者が最初に他の女を抱いていたのは、婚約から数日後のことだった。
ただ、その行為が判明した時、彼は必死になって謝った。瞳を大きくして、潤ませながら、懸命に謝罪を繰り返したのだ。
だから私は許してしまった。
でも、今思うと、この時に許したことが間違いだったと思う。
婚約直後に別の女と濃厚な関わりに至るような人だ、ちょっとやそっとのことで変わるわけがなかった。
だが、その一週間後に、またしても彼の問題行動が判明。
ついこの前泣きながら謝っていた。が、何事もなかったかのように、彼はまた女を抱いていたのだ。しかも相手は前回と同じ女であった。
「前回のお話、もうお忘れですか?」
一度目は情けをかけたが、こんなにもすぐに二度目となるともう情けをかけることはできない。比較的温厚な私でも、これにはさすがに穏やかではいられない。
「……う、うぅっ」
「一体何を?」
「ご、ごめんなさい! ごめんなさいごめんなさいごめんなさいっ! あの、その、本当に……ううっ、本当に! 気の迷いでっ……!」
婚約者は突然演技がかった言動を始める。
彼らしいといえば彼らしいが、呆れずにはいられない。
「さすがにもう許すことはできません。婚約破棄させていただきます」
「そ、そんなっ……! どうして!」
馬鹿げた話だ。
そんな、なんて、どうして、なんて。
自分がしたことの罪深さを彼は理解していないのか。いや、理解できていないのだろう。そうでなければこんなことを言えるはずがない。
「どうして? 貴方の行いに問題があるからです。分からないのですか」
「お願い! どうか! 今回だけ許して!」
最初は「何を馬鹿なことを」と思った。ただ、一方的に責め続けるのも少しは問題かもしれない、と考えて。沈黙の後に、問いを放つ。
「……もう二度としないと誓えますか?」
私は彼を真っ直ぐに見る。
彼は一瞬俯いた。が、少しして、面をゆっくりと持ち上げる。それから、その丸い瞳をこちらへ向け、見つめ返してくる。
「……誓う。今度こそ、本当に……誓うよ」
この時、私は、愚かにも彼を許してしまった。
「分かりました。でも次はありません」
「ありがとう……! ありがとう、ございます……!」
もしかしたら私は信じたかったのかもしれない。彼のことを。夫となるであろう人のことを。許さない、と思いつつも、心のどこかでは信じたいと思っていたのかもしれない。
きっとそうなのだろう。
疑いたくなかったのだろう。
◆
一ヶ月後、またしても、彼の行いが発覚した。
今度の相手は一度目二度目の女性ではなかった。別の女性だった。だが、彼が行ったことは、一度目二度目と大体同じ。親しくなり、濃厚な関わりを持ったのである。
私がそれを知ったのは噂話からだった。
別の女を連れていた、という話を耳にしたという両親が、私に連絡してきたのだ。
聞いた直後は信じられなかった。きっともうあんなことにはならない、と信じていたから。まさか、という思いだった。あれほど謝っていたのに三度目があるなんて思いもしなかったのだ。だから、彼を陥れるための嘘かもしれないと思いもしたくらいで。
でも、馬鹿なのは私だった。
連絡を受けた二週間ほど前から、婚約者の彼は新しい女を作っていたらしい。しかも、昼間に堂々と二人で歩いていることも少なくはなかったそうだ。目撃情報も一つ二つではなかった。
楽しく遊ぶ時期を過ぎ、ついに大人の関係になった。
そういうことなのだろう。
「聞きましたよ。また繰り返したと」
三度目の過ち。
これはもう許せるものではない。
いや、これまでの私が間違っていたのだ。そもそも二度目の時に私が許したことが間違いだったのだ。あの時にばっさりいっておくべきだった。そうすればもうこんなことにはならなかったのだ。
「ち、違う! 勘違いしないで!」
「……何が違うのですか」
「あれは遊びなんだ! ただの遊び!」
「遊びであろうが本気であろうが、私には関係のないことです」
女との関係が遊びなら許されると考えているのだろうか。
「心は奪われていないんだ!」
「そんなものは何の関係ないことです。行為がすべてですから」
「今回だけ、今回だけっ……どうか! どうか見過ごしてっ……!」
彼は必死に訴える。
でももう無意味だ。
これまでの私とは違う。私も反省した。もう情けをかけることはしない。私はかつての失敗を認め、そこから学んだのだ。一度目二度目の頃の私とはもはや別人。
「……そうですね」
一瞬安堵したような表情を浮かべる婚約者。
もしかしたら、また許してもらえるかも、と期待したのかもしれない。
「婚約は破棄とします。手続きを開始します」
私は笑顔でそう告げた。
もう間違えない。
◆
慰謝料は払ってもらった。
だがこれはよくあることだ。婚約しているにもかかわらず別の女性と大人な関係にまで発展していたのだから仕方のないことである。高額な慰謝料を請求しなかっただけ優しいと思ってほしいくらいである。
後に聞いた話だが、婚約者だった彼はあの後さらに女遊びにはまっていったらしい。
婚約破棄云々のストレスもあってか、より一層異性間交流に夢中になったそうだ。私とのことがあったというのに、どうやら懲りなかったらしい。人の性というのはそう簡単に変わらないものなのかもしれない。ただ、婚約破棄以降そういう交流が増えたことは、誰の目にも明らかだったそうだ。
そして、しまいには、実家の金に手をつけた。
異性の気を引くために多くの金を使っていたのだが、自分の持ち分が尽き、最終的に親のものにまで手を伸ばしたそうだ。
何とも哀れなことである。
金を出すことでしか異性に見てもらえず、異性に見てもらうために悪事を働き、生まれながらにして持っていたものをすべて失った。
見るに耐えない末路だ。
親から勘当された彼は、一人、夜の闇の中へ消えていったらしい。
それから彼がどこへ行ったのかを知る者はいないそうだ。親ですら知らないと聞く。もはや生きているかどうかすらはっきりはしないのだそうだ。ただ、亡骸は発見されていないとか。恐らく、どこかでは生きてはいるのだろう。あくまで、恐らく、だけれど。
◆終わり◆