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《 異世界恋愛系 小作品・転生》

どうやら俺は、ヒロインをかばって死ぬ騎士に転生してしまったらしい

作者: 新 星緒

 鏡の中の自分を見つめる。どんなに見ても、変わらない。白銀の長髪。濃い緑の瞳。すっと通った鼻筋にやや薄い唇。酷薄そうに見える面立ちの美丈夫。

 そして俺の名前は、エーベルハルト・ブルメンタール。職業は王太子の護衛騎士。




 ……はあぁぁっ、と深いため息をつく。


 この容姿に名前、職業。すべて覚えがある。

 どうやら俺は異世界転生をしたらしい。

 そしてエーベルハルトが死ぬまで、あと3日。




 ◇◇




 訓練中に迷いこんできた主の犬をかばって、うっかり頭を殴られた拍子に前世の記憶を取り戻した。今の俺にはエーベルハルトとしての記憶と冴えない男子大学生としての記憶が混在している。


 それは、まあいい。異世界転生なんてラノベでしょっ中読んでいたから、焦りはしない。よくあることなのだろう。


 問題はこの異世界だ。ここはよりにもよって、アホ妹が作りあげた小説の世界だ。そのタイトルは『純な野ばらは王子に愛される』。素人投稿サイトにアップして、あちこちの賞に応募しては落選を繰り返していた作品だ。


 タイトルもひどけりゃ中身もありきたり。庶民から男爵令嬢になったヒロインのルフィナが、その素朴さで王太子カルステンに愛されるようになる。だけど王太子には婚約者がいて……。


 この話での俺の役どころは、ルフィナを愛しながらもそれを胸にしまい、王太子の恋をバックアップする良き協力者。

 そして物語の終盤で殺される。俺の死をきっかけにルフィナとカルステンは結ばれて、めでたく結婚して終幕。




 いや、ムリ。

 死にたくない。

 エーベルハルトとしての俺はルフィナを好きだし、七歳も年下のカルステンを敬愛している。ふたりのためにならば、なんでもしたい。

 だけど前世の記憶を引きずっている『俺』は死にたくない。


 だって俺はまだ25歳。剣一筋の人生だったから女の子と付き合ったことがない。前世の『俺』も同様だ。……前世は単に非モテだっただけだけど。


 せっかくこんなイケメンに生まれ変わったのに、女の子と手を繋いだこともないまま死ぬなんて悲しすぎる。


 よし。絶対に死を回避してやる。


 俺は鏡の前から離れると、ライティングデスクの引き出しを開けた。




 ◇◇




「それで手紙の本意は何かしら」

 目前のナルディーニ公爵令嬢ドナテッラが尋ねる。地味なダークブラウンの髪はきつい縦ロール、美人だが意地の悪い顔、派手で悪趣味な服。顔を半ば隠している扇なんて、レインボーカラーの羽がついていて、まるでバブル時代のディスコのようだ。


 この『いかにも』な外見の彼女は、この世界における悪役令嬢だ。王太子の婚約者でルフィナを嫌い、最終的に刺客を差し向ける。


 そう、俺の死を招くのはこいつだ。可哀想な脇役エーベルハルトは刺客からルフィナを守り、彼女の腕の中で息絶える。


 死にたくない俺は身分違いの彼女に、意を決して手紙を送りつけた。『彼女に刺客を向けたらあなたも、あなたの家も破滅する』と。

 反応してくれるか不安だったが、すぐに返事は来て公爵邸に招き入れられた。

 ただしこの応接室にいるのは俺と彼女のふたりきり。執事もいなければ、扉も固く閉ざされている。これは一体何を意味するのだろう。

 だが怯んでいる場合ではないのだ。


「本意もなにも、手紙に書いたことがすべてです。明確な予知夢を見ました」

 予知夢、とドナテッラが呟く。

「あなたの刺客は失敗をする。私が彼女を庇い死ぬからです。刺客はあっさり雇い人を白状し、あなたは逮捕される。時同じくして父君が宰相の地位を利用して行った悪事が明るみに出て、同じく逮捕。あなた方は家族全員処刑される。信じがたいでしょうが、今のままなら確実に起こる未来です。私は死にたくない。お互いに生き残る道を探しませんか」


 この提案は賭けだ。殺人を辞さない悪役令嬢の元に単身乗り込み、お前の悪事を知っていると告白するなんて。しかもここは罪を重ねている悪徳宰相の屋敷。

 だがあと3日しかない中で、俺もルフィナも確実に死なないですむ方法を考えるのは難しい。


 ドナテッラは何を考えているのか、黙って俺を見ている。

 かなりの時間が過ぎたあと、

「あなたとわたくし、どうやって生き残るかの策はあるのですか。父の悪事も暴かれるというのに」

 彼女はそう尋ねた。


「申し訳ないが、あなたに父君の罪を陛下に密告してもらう。代わりにあなたと家族の助命を嘆願する」

「……そうですか」

 彼女はパチリと扇を閉じた。顔がすべて露になる。気のせいか、困惑の表情に見える。

 しかもどうしてなのか、胸元をごそごそいじり始めた。


「あの……?」

 まさかの色仕掛けか!?ワクワ……ではない、戸惑い声をかけるとドナテッラは服の隙間から手紙らしきものを取り出し、差し出した。

「こちらを読んでくださいな」


 受け取り、中身を改める。すぐに自分でも顔が強ばるのが分かった。

 その手紙には、ドナテッラが刺客を雇いルフィナを殺させないと、ナルディーニ公爵の罪を公にして家族全員が処刑されるよう仕向ける、という脅迫文だったのだ。そしてその期日は3日後だった。


「一週間前に届きました」ドナテッラが言う。「わたくしは確かにルフィナを憎んでいます。カルステンとは政略による婚約ですが、幼い頃から慕っておりました。彼のために立派な妻になろうと、厳しい王妃教育に励み、交遊・行動が制限されることにも耐えてきたのです。それだというのに、あのひとでなしはわたくしから最愛の人を奪った。彼女が現れてからのこの半年は、悔しく苦しく辛い日々でした」


 ドナテッラはまた扇を開き、今度は目までも隠した。

 思わぬ告白だ。

 妹の小説でのドナテッラは、プライドが高い意地悪キャラなだけで、カルステンを愛していたなんて描写はなかった。


 彼女は毎日のように王宮に来ていたから、そんなに王太子の婚約者の立場をアピールしたいのかと騎士仲間と笑っていた。だがあれは教育を受けに来ていたのか。


 あまり表情の変わらない顔は冷淡そうに見え、そのせいか周囲から一目置かれて親しい友人はいないようだった。だけどそれは王宮からの指示だったのか。


 俺は何も知らずに、ドナテッラは嫌な女だと思っていた。


 趣味の悪い扇を見る。持つ手がかすかに震えている。


 俺はポケットからハンカチを取り出すと、卓上に置いて彼女のほうへ押しやった。

「扇に汚れがついています。お使い下さい。返さなくて構いませんから」

 ドナテッラは無言で手を伸ばすとそれを取り、扇の向こうに引っ込めた。


 しばし待つ。

 やがて彼女はまた話し始めた。


「ルフィナを憎んでいますが、殺めたいなんて思っていません」

「……それを聞いてほっとしています。では対策を練りましょう」

「そして父は悪事などしておりません」

 毅然と告げられた言葉に、瞬きをする。

 ドナテッラは性格はともかくとして、頭は良いと思っていたが違うのだろうか。父親を盲目的に信じるなんて。


 彼女は扇を閉じた。目が赤い。が、力強さがある。

「その手紙と共に『証拠』というものが幾つか届きました。父に確認したところ、どれも身に覚えのないものとのことで、捏造されたものなのです。だけれど到底そうは見えない完璧さでした。あなたは父の現況を知っているでしょう?」


 ナルディーニ公爵はひと月ほど前から原因不明の体調不良が続き、寝込んでいる。宰相職は王の叔父である大公が代理を務め、噂では公爵はこのまま辞任になるとのことだ。


「父が身の潔白を立証する力がないのをいいことに、濡れ衣を着せられそうになっているのです」とドナテッラ。「この手紙の差出人は、脅迫にうろたえたわたくしが指示に従うことで、父だけでなく家族の女たちも全員処刑が適当と判断されることを狙っているのだと思います」


 ドナテッラの口調は確かだ。手元の便箋に目を落とす。


 一体何が真実だ?

 妹の小説にはこんな展開は一切なかった。


「わたくしはその指示に従うつもりはないし、現在その差出人を探しています」とドナテッラ。「だけれどあなたが見た夢が本当に予知夢ならば、わたくしも濡れ衣を着せられ家族全員処刑を免れないということですね」


 ドナテッラの家族。ナルディーニ公爵とその妻。俺と同い年の長男。まだ15歳の次男。確か小説では執事や侍女やらも共犯として処刑されていた。

 悪役の最後としてはテンプレな展開だから前世の『俺』はなんとも思っていなかったけど、今は違う。ドナテッラも家族もリアルにここに生きている人間だ。それが処刑。しかも濡れ衣かもしれない。


 急激に恐ろしさを感じて、ぶるりと震えた。


「……本当に濡れ衣ならば、なんとかしないと。あと3日ですよ」

「今のところ手詰まりです。誰が味方で誰が敵か分からず兄も母も、参っています。疑いたくありませんが、捏造証拠品の完成度を考えると執事たち使用人まで信用できないのです」

「あ、と。予知夢では執事も処刑されていました」

「まあ」


 ドナテッラは安堵のような顔を一瞬してから、辛そうな表情になった。

「ナルディーニ家に仕えていただけで処刑なんて、あんまりです」

「これは陛下に相談されるべきではありませんか?」

 本当に濡れ衣ならば。

 だが彼女は首を横に振った。


 ナルディーニ公爵を宰相に任じたのは一年前に崩御した前国王で、彼とは深い信頼関係にあったのだが、現国王とはいまいちうまくいっていないのだそうだ。だから王太子が婚約者を蔑ろにして他の令嬢にうつつを抜かしていても咎めず、むしろドナテッラに問題があるせいだと彼女を叱責するという。


 これまた全く知らなかったことだ。

 すっかりルフィナに心を奪われていた俺は気づかなかったが、カルステンの態度はどう足掻いても正当化できるものではない。それなのに俺は、あんな嫌な婚約者を持った殿下は気の毒だと考えて、彼の味方をしてきた。


「ドナテッラ殿。私はずっとあなたを色眼鏡で見ていたし、カルステン殿下側に理があると思いこんでいました。大変に申し訳ない」

「……許しますと言えるほど、わたくしはできた人間ではありません」彼女は初めて弱々しい声を出した。「どれ程傷つこうが辛かろうが、王妃になる者は感情を外に出してはならないと言われて、ひたすらに耐えてきました。わたくしを支えてくれたのは家族だけです」


 ドナテッラはカルステンと同じ18歳だ。25の俺に比べれば、まだまだ子供。そんな彼女が慕う王子の妻になるためにどれ程の辛酸をなめていたかを、まるで知らずに軽んじていたなんて。

 俺はとんでもない間抜けなろくでなしだった。


「陛下は恐らく捏造証拠を信じるでしょうから、相談はできません。他に確実に信用できると言える人はいないのです」ドナテッラはしっかりした口調に戻っていた。「八方塞がりのなか、あなたから手紙がきたのです。あなたはわたくしたちに手を貸してくれるのでしょうか。それとも巻き込まれたくはありませんか」


「……巻き込まれたくはありません。まだ死にたくないですからね」俺は正直に答えた。「だけどこんな話をきいて、知らぬふりもできません。ナルディーニ家が処刑されたら後味が悪くて耐えられないでしょう」

「……打ち明けてごめんなさい。どうにか打開策がほしいのです」

「いや、謝らないでください!乗り込んできたのは私です」



 結局。俺はドナテッラの話をすべて信じ、ナルディーニ家に協力することにした。

 これがどう転ぶのか分からないけど、俺は俺自身と俺の大事な人たち全員の死を回避したいのだ。




 ◇◇



 妹がこの小説で一番気に入っていたキャラは俺だ。『愛するヒロインを庇い死ぬ』という悲劇だけど男前で美味しい役が、あいつの性癖ど真ん中らしい。


 ゆえにエーベルハルトはこれでもかというほど、いい男だ。自分で言うのは恥ずかしいけど。


 見た目は完璧。騎士としての能力も最高。所属は近衛騎士団なのだが俺はこの若さで団長、副団長に継ぐナンバー3の立場にいる。上司、部下、おまけにカルステンからの信頼は絶大で、同期の仲間とも熱い友情で結ばれている。


 女の子と交際したことはないが大モテだし、鍛練場は俺目当ての令嬢がすし詰めで見学をしては黄色い声援を送るものだから、女性の出入りが禁じられたほどだ。……そうしたら野太い声援が飛ぶようになってしまったが、そちらは対処しようがない。部下たちだからだ。


 つまり何が言いたいかというと、俺には素晴らしい人脈があるということだ。

 今までそれを利用したことなんてなかったけれど、今回ばかりは活用させてもらうことにした。


 ありとあらゆる人を頼り、ナルディーニ公爵を陥れようとしている人間を探すのだ。


 単純に考えると、公爵の代わりに宰相に就くと噂されている大公がもっとも怪しい立場なのだが、彼はそういうことをするような人ではない。

 俺たちは必死に、だけど秘密裏に犯人探しを頑張った。



 ◇◇



 そうして迎えたXデー。

 妹の小説で、俺がルフィナを庇い死ぬ日だ。


 カルステンとルフィナは城の一角にある、王族しか入ることのできない温室で週に一度、ふたりきりの時間を楽しむ。そこで彼らが何をしているのか、俺は知らない。節度を持って会話を楽しんでいるのか、俺もまだ未体験のあんなことを楽しんでいるのか。


 どちらにしろ婚約者のいる男がすることではないのに、以前の俺は可哀想な王太子を救うという信念のもと、逢い引きの手伝いをしていた。


 ドナテッラの心情を知った今となっては、ただただ自分を殴りたい気持ちでいっぱいだ。


 それはとにかくとして、この逢い引きは今日で終わりだ。ルフィナが帰る際に王宮を出るまで人目につかないよう、毎回俺が誘導するのだが、この最中に刺客が現れて俺は殺される。ルフィナもあわやというところで他の近衛が現れて助かり、王太子との関係が明るみに出る。

 だが同時に刺客の依頼人がドナテッラであることも分かるのだ。


 人望のあった護衛騎士の死は王の心を動かし、その死を無駄にしないためにと王太子とルフィナの仲は認められ、ふたりは悲しみながらもエーベルハルトのぶんまで生きようと誓いあう。周囲もエーベルハルトが命をかけてまで守りたいふたりだったのならばと祝福するのだ。


 だがもちろん、こんなエンディングはお断り。ふたりが幸せになるのは構わない。ドナテッラももう諦めがついたと話していた。だからそっちはそっちで頑張ってほしい。


 俺はルフィナを庇わない。






 そろそろと温室の扉が開き、中からカルステンが顔を出した。俺はいつものように周囲を警戒しながら駆け寄る。

「大丈夫です。問題ありません」

 これもいつもの定型文句。周囲に人はいないという意味だ。

 カルステンはうなずいた。

「では僕は行く。彼女を頼むよ」

 かしこまりましたと答えると、王太子はそそくさと歩み去る。


 どうして今までの俺は気づかなかったのだ。あの後ろ姿は、純粋な恋をしている青年のものではない。後ろめたく不道徳な恋に耽溺している汚れた男のものだ。


 確固たる敬愛だったはずのものが、砂の城のようにさらさらと崩れていく。

 もし本当にドナテッラが最低最悪の女だったとしても、カルステンのしていることは裏切り以外のなにものでもないではないか。


 それに気づかなかった自分のアホさにむなしくなった。


 やがてカルステンの姿は見えなくなった。

「よろしいですよ」

 温室の中に声をかけると、ルフィナが出てきた。ふわふわのピンクブロンドの髪にマシュマロのように柔らかく甘い可愛らしさ。ドナテッラとは対照的だ。


「『では、行きましょう』」

 小説の中の大事なセリフだ。いい終えるかどうかのタイミングで、突如背後から切りかかられた。刺客だ。


 俺はさっとよけ、腰の剣を抜く。小説と同じで刺客はふたり。ひとりは奇襲が成功しなかったことに驚いた様子を見せつつ俺に対峙。もうひとりがルフィナに駆け寄ろうとした。


 そこへ


 ヒュンッ!


 と音を立てて矢が飛んできた。ルフィナに向かった刺客の背に刺さる。

 周囲の植え込みの影から、1ダースの近衛兵が剣を片手に現れた。

 もちろん、俺が仕込んだ味方だ。


 どう見ても不利な状況に刺客は剣を捨て、両手を頭の高さに掲げた。

「頼まれたんだ!」と叫ぶ刺客。「とんでもない額の依頼料を積まれて、仕方なかったんだ!」

「だって宰相の娘だ」ともうひとりが叫ぶ。「断ったら俺らが殺される」


「わたくしが何でしょうか」

 凛とした声と共に植え込みの影から現れるドナテッラ。右には大公左にはナルディーニ家長男がいる。

「近衛にはわたくしが依頼をしました。どなたかがルフィナ様のお命を狙い、わたくしに濡れ衣を着せようとしていると」


 刺客は膝をガクガクさせ、ついには崩れ落ちた。


「これは一体どういうことだ?」

 その声のほうを見やれば、当惑顔のカルステンが近衛騎士団の団長と副団長に挟まれて立っていた。


「見ての通りです、カルステン。わたくしとルフィナ様を同時に始末しようという企みがあったのですわ。皆さんの協力で未然に防ぐことができ、犯人一味を現行犯で捕らえることもできました。それもこれも、わたくしの言葉を信じてくれたブルメンタール様のおかげです」


「恐れいります」

 俺は恭しく一礼をした。


 ドナテッラが脅迫状を俺に相談し、彼女の依頼で俺があちこちに働きかけた、ということにしたのだ。いくら俺に人望があっても予知夢ってだけでは信用してもらえないだろうからだ。


 そして騎士の間で低評価のドナテッラでは、団長に直談判しても動いてもらえるかはあやしいところだ。


「ドナテッラ様の信頼にお応えすることができて、ようございました」


 カルステンは状況を飲み込めないようで、婚約者、俺、愛人の顔を順繰りに見ている。

「一体、どういうことなのだ」

 彼は再びそう言った。


「嘘つき刺客に聞いてみよう。本当の依頼人は誰なのか」大公がにこりと笑みを浮かべた。「君たちは正直に話したほうが生き延びられるぞ。このまま嘘を押し通したところで、真の依頼人に口封じをされるだけだ。それよりかは我々側についたほうがいい。真の依頼人を罰するし、君たちは国外追放で済ませてもらえる」



 この言葉にふたりの刺客はあっさり屈服した。

 彼らは予想通りの名前を上げ、カルステンの顔色は蒼白になった。

 真の依頼人は国王の近侍だったのだ。





 ◇◇




 ナルディーニ公爵を罪に陥れようとしていたのは、国王その人だった。

 彼は即位してからというもの、愛人に使う金が足りなくて国費を横領したり、愛人の親族の持つ会社に便宜を図るため、ライバルに濡れ衣を着せて処刑したり、とんでもないことをあれこれしていたのだ。


 公爵が体調を崩しその代理となった大公はこれを機会にと、気にかかっていたことの調査に着手した。それらは全て国王が行った悪事で、これに焦った王はナルディーニ公爵に罪をなすりつけることにしたのだ。


 ついでに、未来の王妃が男爵家出身では格好がつかないからと、ルフィナの始末も目論んだ。


 小説では息子たちを祝福していたのにと不思議に思ったが、この胸糞悪い王は後でルフィナを始末するつもりだったのだと気がついた。

 どうやらナルディーニ公爵の体調不良も、こっそり王が毒を盛ったせいだったらしい。公爵も悪事には気がついて調査を始めようとしていた矢先での発病だったという。


 たまたま公爵に毒の耐性があったのか、量が少なかったかして命拾いとなったようだ。


 国王の犯罪に、騒然とする王宮。王妃はショックで倒れた。王太子も理解が追い付かないのか、呆然としている。


 そこにドナテッラが追い討ちをかけた。不義を理由に婚約解消を申し入れ、同時に慰謝料の請求をしたのだ。

 カルステンとルフィナの不義は大公や騎士団長など多くの人間が見ていて、言い逃れのしようがない。カルステンは自分の財産の半分を越す慰謝料の支払いを了承するしかなかった。


 そして俺は退職届けを出した。

 王太子の不義を、長い間手助けしていた責任をとるためだ。




 ◇◇




 宿舎を引き払うために荷物を箱詰めしていると、例の温室に直ちに行くようにと団長命令が下った。


『もう団員ではない』という言葉は飲み込む。最後の仕事だ。未練がましくまだ脱いでいなかった制服。黒いマントを翻して向かった。


 そこに着くとドナテッラと大公が待っていて、彼女は俺を見ると微かに笑みを浮かべた。


「ブルメンタール様。今回は世話になりました」とドナテッラ。

「うむ、よく騎士団長たちを説得した。宰相代理でしかない私では、こうはいかなかっただろう」と大公も労ってくれる。

 とんでもないことと恐縮する。


「この温室でカルステンたちは週に一度の逢い引きを楽しんでいたのでしょう?見てみたいの。一緒に入ってくださいな」とドナテッラ。

 ずいぶんと自虐的なのではないだろうか。だが断ることもできずに、ふたりについて入る。


 温室の中ほどにベンチがひとつあった。


「ここだわ」ドナテッラが言う。「カルステンに聞いたの。手を繋いで並んで座って、たくさんの話をしたのですって」

「たまにはキスをしながら」大公が付け足す。

 配慮が無さすぎではと思ったが、ドナテッラは微笑んでいた。

「大丈夫だわ。それほど辛くない」

「辛くない?無理はよくありません」

 思わず、そう言ってしまう。

「いいえ。無理はしていないの。あなたに全て話をしたせいか、スッキリしたのよ。もうカルステンに未練はないわ。だって婚約者に隠れてこんなところで逢い引きをするろくでなしよ」

「愛想がつきて当然だ」と大公。

「それが本当ならば、良かったです」


 ドナテッラは笑みをたたえたまま、手にしていたバッグから包みを取り出した。

「お借りしたハンカチの代わりに、これを」

「え、そんな!滅相もないです。私なんかがいただく訳には」

「受け取らないほうが失礼だが?」なぜかニヤニヤしている大公。

 だが一理ある。

「……では、ありがたく頂戴いたします。お気遣い、大変に光栄至極……」


 ふふっと笑うドナテッラ。まるで花がほころんだかのような華やかさだ。

 手にした包みからは良い香りが漂ってくるし。



 ……心臓の音がうるさい気がする。

 だめだ、静まれ。


「それから」

 と彼女はバッグからまた何か取り出した。それは俺の退職届けだった。

「どうして!」と思わず叫んでしまう。

「団長から預かりました。退職の理由がわたくしがらみだから、どうするか判断してほしいと頼まれたのです」


 ドナテッラは変わらず笑みを浮かべているが、俺は見ていられなくなって目をそらした。

 彼女の苦しみの一端を担っていたのだ。


「なんてお詫……」


 ビリビリという音が俺の声に重なる。見ると彼女が届けを綺麗な指で破いていた。


「ブルメンタール様はわたくしとナルディーニ家の恩人です。そのことを誇りに思っては下さらないのですか」


 彼女の手元からひらひらと舞い落ちる白いものを見る目が霞む。


「誇りです。ドナテッラ殿。ですがそれと同じくらいに後悔で押し潰されそうです」

「……ではあなたが押し潰されないように、わたくしが支えましょう」

「……え?」


 顔を上げると、悪役令嬢のドナテッラが頬を真っ赤にして地面を睨み付けていた。


「えっと、いいのですか?俺はただの騎士であなたは公爵令嬢です」

「あ、忘れていた」と大公が懐から何やら巻き紙を取り出して広げると、読み上げた。「『エーベルハルト・ブルメンタール。今回の功績を鑑みて、跡取りを探しているモンテメッツィ子爵家との養子縁組を組むことを、ここに認める。国王代理大公カランドラ。』ブルメンタールが了承するなら、明日交付する」


「え、え、え?」

 何だって?子爵家と養子縁組?モンテメッツィのじい様ならばよく知っている。かつて近衛騎士団長だった人で、よく本部に遊びに来るのだ。


「無理強いはしたくありません」とドナテッラ。

 彼女の目には涙が浮かんでいる。「差し出してくれたハンカチ、わたくしを信じてくれたこと。どれほど嬉しかったか、言い尽くせません。だからこそ、負担にはなりたくないのです。嫌ならばはっきり言って下さい」


「そんな、嫌だなんて!見た目と違って、なんて可愛らしい、あ、いや、あなたが可愛くないのではなくて、その、美人タイプではないですか、だから、その、意外というかギャップにやられたというか」


 ぷっと吹き出す音。大公が笑っている。

「ブルメンタール、お前は幾つだ。まるで青少年みたいな焦り方だ」

「女性の手を握ったこともありません!」

 思いきって告白すると、地面を睨み付けていたドナテッラが呆けた顔で俺を見た。

「スマートさは欠片もない交際になること間違いなしですが、それでも構わなければよろしくお願いします!」


 まあ、とドナテッラがクスクス笑う。やっぱりその顔は華やかで……魅力的だ。


「嬉しいわ。よろしくお願いします」

 笑顔の彼女は、果てしなく可愛い。これ、結婚するまで俺の心臓はもつのだろうか。




「うん、まあ、このくらい純情なほうが公爵も安心かもしれんな」

 大公がぶつぶつと呟く声が耳に入らないぐらいに俺たちは見つめあって、幸せな気分に浸っていた。














 ◇おまけの現代◇



 三年ぶりに小説投稿サイトにログインをする。

 バカ兄貴が事故死してから、事故死からの異世界転生というものが一切受け付けられなくなって、小説やマンガから距離を置いていた。


 だけどどうしてなのか、是が非でもサイトを確認をしないといけない気がするのだ。


 おかしな気分を抱えながら、ログインすると『感想が書かれました!』との赤い字が目に入った。


 珍しい。クリックをするとそれは『純な野ばらは王子に愛される』へのものだった。三年前はひとつもなかったのに。


「うん?『ずいぶん大幅な改稿ですね。でもエーベルハルト推しだったので、彼が幸せになって良かったです』って、どういうことかな」


 この三年、ログインしていないのだから、当然改稿なんてしてない。おかしいなと思いながら作品を見ると、ログインしていないはずの時期の改稿記録がある。


「まさか、乗っ取り?ハッカー?んなバカな。人気作ならともかく……」

 不審に思いながら読むと、途中でエーベルハルト視点が出てきた。こんなものは書いていない。が……


 異世界転生。

 アホ妹の書いた小説。


 そんな言葉で目が止まる。

 心臓がバクバクうるさい。


 思い付いた仮説があまりにばかばかしくて、泣きそうになる。


 まさかあのバカ兄貴は、私の小説に転生をしたというのだろうか。

 この中で新しい人生を楽しんでいるとでも?


 そんなことがあるはずない。

 あるはずない……けれど、もしそうだったならば。



「バカ兄貴!めちゃくちゃラブラブな新婚旅行編を書いてやるから、待ってやがれ!」

 そう叫ぶと手の甲で両目を拭って、キーボードを引き寄せた。




お読み下さり、ありがとうございます。


思いもよらず沢山のご反響をいただき、2020,7,10の日間ランキング、異世界転生《恋愛》ジャンルで1位となりました。

ありがとうございました。


お礼もかねて続編 『どうやら俺が転生したイケメン騎士は、ウブすぎて婚約者と手も繋げないらしい』をアップしました。


今作品よりコメディ強め。

いちゃラブはそれなりにある(当社比)けれど、きっと物足りない。

長い(今作品の2倍)。

ですが、もしよろしければお読みいただけると、嬉しいです。




◇◇



書くのを忘れていましたが、今作品のお供音楽。

マドンナ Hung up / Vogue


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― 新着の感想 ―
[良い点] ベタだけどそこが良い。
[良い点] おまけも含めて楽しかったです。 [気になる点] 落選を繰り返していた妹が続きを書いてしまうのか… [一言] ゲームなどの世界への転生系は「これは現実なんだから」 とか言うてるのでオリジナル…
[一言] よくある話だなぁー。 と思ったら、おまけがめずらしい展開でちょっとびっくり。 でも、そんな展開もよかったです。
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