3.腹黒殿下とのお出掛け
花柄のワンピースに着替えて、足元はローヒールのパンプスに履きかえる。手提げ籠に納品用の商品を詰めてスカーフで目隠しをし、帽子を持って小走りに馬車へと向かった。
馬車には既にレオナルドが乗車しており、アリアに気付いて『理想の王子様』の笑顔で迎えてくれる。
(この笑顔、今となっては胡散臭い……)
アリアを噴水に落とした翌日に盛大に腹黒い笑顔を振りまいた後、レオナルドはこの『理想の王子様』の笑顔しか出さなくなった。
(私が元に戻せって言ったことを、受け入れてくれたってことかしら?でも私は遠慮なんてしないわよ!)
「さぁ、出発だ。あと、スケッチブックを返しておくよ」
スケッチブックを渡され慌てて受け取った。そんな前と変わらない態度を取り続けているレオナルドに、アリアは胡乱な目を向けた。
「そう疑わなくて大丈夫だ。噴水での件は反省してるから。もうアリアが危険な目に合うようなことは誓ってしない」
アリアはパラリとスケッチブックを捲る。
『殿下、信用できません』
「そう言われても仕方ない。これからアリアの信用を取り戻すように努力するよ」
パラリとスケッチブックを捲る。
『殿下、腹黒いのはバレてます』
「そうだね。私がうっかり出してしまったからね。でもよく気付けたね。今まで誰も気付かなかったのに、アリアは本当に凄い」
パラリとスケッチブックを捲る。
『殿下、私は負けません!』
「ねぇ、私を責めるような文面が予め用意されてるのは何でかな?」
傷つくんだけど、と首を傾げるレオナルドにプイとそっぽを向く。
そんなアリアを見て、レオナルドはクスクスと楽しそうに笑った。
□□□
町に到着し納品先の雑貨屋の前まで来ると、アリアはレオナルドには用事を済ませてもらうように伝えた。
「本当に一人で大丈夫?」
心配そうなレオナルドに、スケッチブックを開いて見せる。そこには店主に説明する内容が幾重にも書き記されていた。
(いつも来ているお店だもの。何とかなるわ)
アリアの自信たっぷりな表情を見てレオナルドは了承した。
「用事が終わったら、広場で待ち合わせしよう」
アリアは頷いてレオナルドに手を振って見送った。
店に入ると丁度人が途切れたところで、顔なじみの店主がアリアに気付いて声を掛けてくれる。
「久しぶりだねぇ。アリアちゃん。中々来ないから心配してたんだ。おや声が出ないのかい?だからスケッチブックで会話したいって。大丈夫なのかい?」
『伝えたいことは全部書いてきたから、大丈夫!』
「そうかい。なら始めようか。実は、ちょっと困ったことがあってねぇ」
そう言って、アリアがいつも商品を置かせて貰う棚まで移動する。そこには前回納品したものが殆ど売れずに残っていた。そして隣には、アリアの商品にそっくりなアクセサリーが並んでいたのだ。
(値段が私の商品の半分以下だ……)
似た商品が半値以下で横に並んだら、アリアの商品が売れないのは当然の理屈だった。
「すまないねぇ。断れない筋からの取り引きなんだ。これからもこの値段で販売することになるから、そうするとアリアちゃんの商品は中々売れないと思うんだよ」
アリアはスケッチブックに店主への返答を書いた。
『仕方ないことです。一旦全て引き上げます』
「そうかい?悪いねぇ。せめて値段がもう少し安くなれば何とかなると思うんだけど」
アリアは店主の提案には答えず、件の似た商品を幾つか購入して店を後にした。
「また、遊びに来ておくれ。お客さんとして来てくれても大歓迎だからね」
店主の言葉に笑顔で手を振り、アリアは待ち合わせ場所の広場へ向かって歩き出した。
□□□
広場のベンチに座り、アリアは今後の販売戦略について考えていた。購入したライバル商品を袋から取り出し、じっくりと細部を眺めながら渋い顔をしている。
(溶接も甘いし数回使えば壊れそうね。でもこの値段なら使い捨てて気軽に新しいものを楽しめるから、問題にはなりにくいのかしら?)
町の雑貨屋なら、そういう売り方もありなのだろう。現にアリアの商品よりもライバル商品の方が良く売れていたなら、それは事実なのだと認めざるを得ない。
(でも、だからといって値段を下げるために質を落とすのは嫌だわ)
アリアの作るアクセサリーは本物思考の丁寧な作りを売りにしていた。パーツは家業のジュエリーで使えないと判断されたB級品を使い、加工も丁寧にするから量産も出来ない。そのため多少高めの値段を設定していたが、クオリティは十分に見合った仕上がりになっている。
どうしたものかと悩んだアリアの前に、用事を済ませたレオナルドが現れた。
「お待たせ、アリア。何か問題でもあった?」
思わず首を横に振り、慌ててスケッチブックを捲って返事を探す。
『お疲れ様です』
「少し時間があるし、付き合ってくれないかな?」
ニッコリと笑うレオナルドが指差す先を見ると、アイスクリームのワゴンがある。
(え。まさかアイスクリームを食べたいの?)
「新作のフレイバーが出てるはずなんだ。気になってね」
レオナルドが食べたいなら仕方ないと、アリアはコクリと頷いた。
二人で一緒にワゴンまで連れ立って歩き、店員からメニューを受け取る。そこには心躍るフレイバーが沢山並んでいた。
(定番のチョコやバニラも良いけど、季節のフレイバーも今しか食べれないのよね)
付き合いで並んだつもりが、誘惑に負けたアリアは真剣に迷いだしていた。
「どれで悩んでるの?」
質問されて、迷っていた全てのフレイバーを指差す。
「なら、トリプルを二つにして全部のフレイバーを味見したらいいさ」
(え!)
そうして、アリアが驚いている間にレオナルドは注文を済ませてしまう。目の前に六種類のアイスクリームが乗った二つのカップが置かれスプーンを手渡される。
「中々贅沢な食べ方だよ。悪くない」
勢いよく頷きながら、アリアは一種類づつフレイバーを堪能していった。
(全部食べれるなんて、夢みたい!)
ふにふにと口元が緩んだ。落ち込んだ気持ちも、いつの間にか何処かに消えていた。
「あ、この味は美味しいな」
リモンチェッロを食べたレオナルドが勧めてくれる。食べれば爽やかなレモンの味と香りが口に広がった。
「そのうちリキュールも試してみたい。ソーダ割りなら暑い時期に合うだろうな」
コクリと頷く。アリアはお酒が飲める歳になったら絶対に試そうと心に誓った。そんなレオナルドとの会話は、アリアが頷いて返事するものが多かった。スケッチブックの出番はなく、頷きながら絶えずスプーンでアイスクリームをすくって口に運んだ。
食べ終わって一息つくと、レオナルドはアリアの手提げ籠を気にして話を振った。
「ねぇ、アリア。籠の荷物が増えてるように見えるんだけど、もしかして納品が上手くいかなかった?」
レオナルドの質問に少し悩みつつ、アリアはスケッチブックに事の成り行きを綴って見せた。スケッチブックを読みながらレオナルドは徐々に眉根を寄せる。
「中々酷いね。黙って引き上げてくるなんてお人好し過ぎでは?」
レオナルドの意見にアリアは、回答を書いていく。
『このままだと売れませんから、対策を考えます。私は負けません!』
小さなガッツポーズを取りながら、アリアは笑顔で宣言した。