2.カリスマ性ゼロの男
バルベリーニ家のジュエリーは十一月に開幕する舞踏会シーズンより五ヶ月前に新作を発表する。そしてその後にオーダーメイドを受け付けるため、アリアの家族は常に忙しい日々が続く。
学園入学後に家業を本格的に手伝い始めたフィガロも、新作の発表の最終調整に向けて忙しく過ごしていた。
そんな兄に遠慮して、アリアは窮屈な日々を過ごしている。
(町の雑貨屋に作ったアクセサリーを納品に行きたいけど、言い出せない……)
スケッチブックにお願いの文章を書いて準備はしたが、疲れて目の下に隈のあるフィガロに同行して欲しいと言い出せないでいた。以前は一人で行っていたが、今は喋れないので一人での外出は控えている。
(仕方ないわね……)
フィガロへのお願いを諦めたアリアは、家のガーデンテラスで季節の花を見ながら新作アクセサリーのデザインをしていた。そこへ来客があり、門から執事に案内されて一人の男性が屋敷に向かって歩いてくるのが見えた。
少しだぼっとした服に、無造作な黒髪で黒縁眼鏡の男性は年齢不詳に見えた。気になって眺めていると向こうもこちらに気付いて近付いて来たのだ。
「こんにちわ、アリア」
その聞き覚えのある声に、アリアは息を呑んだ。
(れ、レオナルド殿下の声がした!)
けれど、目の前の冴えない男が本人に紐付かない。
(王族のカリスマ性がゼロなんですけど!)
思わずスケッチブックにペンを走らせて書き殴る。
『あなたは、レオナルド殿下ですか?』
「そうだよ。私はレオナルドだ」
『素晴らしい変装ですね!全然分かりませんでした』
もはや完全に別人にしか見えない変装にアリアは感動した。兄のフィガロですら、どこかお坊ちゃんな感じが残るのに、目の前のレオナルドは町に出れば印象すら残らないような風貌なのだ。
興奮したアリアとスケッチブックに書かれた文言を読んで、レオナルドは声を出して笑う。
「あはは。褒められたのは初めてだな。フィガロに会いたいんだけど、取り次いで貰って良いかな」
アリアはブンブン首を縦に振った。
(きっと、お兄様も驚くわ!)
執事を下がらせ、アリアは自ら先導し変装レオナルドをフィガロに見せるべく客間へと案内した。
□□□
「殿下、お待たせしてすいません」
アリアの予想を裏切って、フィガロは全く驚かずにレオナルドと会話を始めた。そんなフィガロの態度が不満でアリアは頬を膨ませる。
「え、アリア。何でそんな顔するの?」
アリアの不貞腐れた顔にフィガロは困惑する。
「私の変装でフィガロが驚くのを期待してたんだよ。君が驚かなくてアリアは面白くないんだ」
レオナルドの解説にアリアは大きく頷いてフィガロを睨んだ。そのやり取りを見ながら、レオナルドがクスクスと笑っている。
「そんなことを言われても。僕は殿下と一緒に何度か町に出掛けているからね」
(二人で町に出掛けてたなんて、ずるい!)
アリアだって町に行きたいのをフィガロに遠慮して我慢していたのだ。二人で出掛けてたなら自分も一緒に連れて行ってくれればいいのに、と更に頬を膨らませて怒って見せた。
「一体どうしたの、アリア」
アリアが更に怒る理由が分からずフィガロは困り果ててしまう。そんなフィガロに、アリアは用意してあった町に行きたい旨を綴ったスケッチブックを広げて、グイグイと押し付けた。
その内容を見ようとレオナルドもフィガロの後ろに回り込む。
「あ~。今日は我が家の馬車を殿下に貸すだけで僕は行けないんだよ。いろいろ立て込んでてね」
(そうなんだ……)
ごめんね、とフィガロに謝られてアリアはしょんぼりと肩を落とす。
「別に私と一緒に行けば良いだろう?侯爵家の馬車なんだからアリアが遠慮する必要は無い。ちゃんと私が用事も付き添うさ」
(そんな!)
「殿下が迷惑でないなら。アリア、ご厚意に甘えさせてもらいなさい」
(嫌!諭さないでっ)
慌ててスケッチブックを取り返して、断りの文を書こうとする。けれど、それより先にレオナルドがスケッチブックを取り上げた。
「ほら、アリア。早く準備をしておいで。私は先に馬車に乗ってるから。これは私が運んでおこう」
言いながら、レオナルドは取り上げたスケッチブックを高く上げて示した。そんなことをされたらアリアの身長では手を伸ばしても届かないので、取り返すことは不可能だった。
(やられたぁぁぁ)
「アリア。殿下を待たせないように早く準備をしに行こう」
フィガロに背中を押され、アリアは観念して出掛ける準備をしに部屋に戻ったのだった。