1.意外と何とかなる生活
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マジカル・イベントから数ヶ月がたち、アリア達は二年生へと進級をした。そしてアリアは声が出なくなったまま学園生活をつつがなく過ごしていた。
「おはよう。アリア」
『おはようございます』
口ではなく、スケッチブックを見せて挨拶を返す。そんなアリアにレオナルドが『理想の王子様』の笑顔を向けて席に着く。
「おはようございます。レオナルド殿下、アリア」
「おはよう。ソフィ」
『おはようございます』
挨拶を交わしたソフィがアリアの横の席に座る。そして後ろの席には用事を済ませたフィガロが戻って来たところだ。
声の出なくなったアリアに対し学園側が特例措置を施すべく、二年生への進級でレオナルド、フィガロ、ソフィと同じクラスになり、席もアリアの周囲に固められていた。
(フィガロ兄様だけで良かったのに、なぜかレオナルド殿下とソフィも一緒なのよね)
ソフィはまだ分かるが、レオナルドがアリアの世話を焼くのはおかしいはずだ。だから未だにこの配慮に納得がいっていない。
そしてアリアに薬を盛ったソフィは、どこか遠慮しながら甲斐甲斐しくアリアを助けてくれていた。学園生活で女手しか借りれない場面もあるため、有難く好意を受け取っている。
(そんなに気にするなら、やらなきゃ良かったのに)
気に病む顔で接するソフィを見る度に、アリアは心の中で文句を言った。そして彼女の態度から一連の出来事はゲームの予定調和の影響を受けたせいだと結論づけていた。
(いいわ。私が自力で声を取り戻してフィガロルートを攻略すれば済む話だもの。こんなのちょっと横道に逸れただけだよ)
攻略情報を知っているアリアにとってマジカル・イベントの解決は、さしたる問題にはならないのだった。
□□□
マーレア学園は二年目になると選択制の授業があり、ナイトコース、アートコース、文芸コースなど、それぞれの将来の職業に役立ものから無難なものまで用意されている。その中から各自が自由に講義を選択することが出来るのだ。
フィガロとアリアは迷わず「アートコース」を選んだ。コースの中に家業のジュエリーデザインに役立ちそうな講義があったからだ。
そして、なぜがレオナルドもアートコースを選び、そのせいでソフィもアートコースを選択してしまう。
『私のお世話ならフィガロ兄様がいますから、ちゃんと自分の将来に合ったコースを選んで下さい!』
書き殴ったスケッチブックをレオナルドにグイグイと押し付ける。
「別に不得意を克服するために勉学に励むこともあるのだから、そんな言い方は良くないだろう」
(……苦手なんだ)
レオナルドにしては珍しく苦しい理論を展開させながら、結局アートコースを申し込んでいた。
「私はセンスはありますから問題ありません。作るのは初めてですけど」
(……初めてなんだ)
嫌な予感しかしない二人とフィガロと一緒に講義を受ける。そしてアリアの予感は見事に当たった。
課題で「浮き彫り」の彫刻を作ることになり、下書をしていたときの事だった。
『殿下、それは何ですか?』
「これは猫だよ」
どう見てもクリーチャーにしか見えない下書を、猫だと言い張るレオナルドに衝撃を受ける。
『もっとイラスト寄りの絵を題材にした方が初心者にとっては勉強になりますよ。それにフリーハンドで描くのではなくて、何か写しを使いましょう』
そう説明して、アリアは自分が持っていた花やキャラクターのイラストを出して勧めてみる。渡された資料を眺めながらレオナルドは猫のイラストを選んでいた。
(猫、好きなのかな……)
「ねぇ、アリア。このデザインなら私でも彫れそうかしら?」
ソフィに見せられたのは板いっぱいに描かれた百合の花だった。線が少なく華やかなデザインは、初心者に合っているように見えてコクリと頷いた。
レオナルドとソフィが自主的に進み出したのを見届けて席に戻る。ふと兄が何を選んだのか気なって覗き込んでみた。
(……真っ白だ)
『お兄様は、何を彫るんですか?』
兄の進捗の遅さに驚いて、思わず質問する。
「次シーズンの新作ジュエリーのデザインで、頭がいっぱいなんだ……」
フィガロは、どこか遠くを見ながら手元のペンをクルクル回している。目の下に薄ら隈が出来ていた。
(お兄様……。健闘をお祈ります)
そうして、各々、紆余曲折しながら授業の課題を進めていった。
□□□
屋敷に帰ると、父親から客人に挨拶をするように言われ、慌ててドレスに着替え兄と二人で応接室へと向かう。
「モーテセン卿、息子のフィガロと娘のアリアです」
「初めまして。レナルディアナ王国のエドヴァルド・モーテセンです」
「初めまして、モーテセン卿。妹のアリアは今喉を患っていますので、失礼をお許し下さい」
フィガロに促されアリアはお辞儀をする。
「バルベリーニ卿から話は伺っています。中々可愛らしお嬢さんですね」
初老の人の良さそうな笑顔を浮かべた男性は、フィガロとアリアを一瞥しすぐに父親と仕事の話をしたいと申し出た。
「フィガロは私と同席しなさい。アリアは部屋に戻っているように」
一人解放されたアリアは部屋に戻る階段を登りながら客人の話を思い出し記憶を辿っていた。
(レナルディアナ王国――エドヴァルド――。うーん。懐かしい気もするけど思い出せない)
うんうん悩んでみたものの結局何も思い出せなかった。そうして自室に入り机に向かってシェルビーズの仕分けを始めると、悩みはいつのまにかどこかへ消えていったのだった。