3.ルート軌道修正1
机に硝子の器を並べ手元の袋からバロックパールを取り出す。色と大きさ別に仕分けながら、アリアは一人反省会を開いていた。
「今日は急に態度を変えすぎて失敗したわ」
急に方向転換したアリアの態度に、レオナルドだけでなく他の関係ない生徒までザワつく場面があったのだ。
「もっと、ゆっくりとバレないように距離をとらなきゃ。そう、エビみたいに相手に顔を向けたまま、ゆっくり後ろに下がって距離をとることにしましょう」
ぶつぶつと対策を立てるアリアは失敗のダメージを引きずっていた。けれど大好きなパーツの仕分けを続けることで凹んだ心は満たされていく。
赤やピンクの珊瑚の欠片に桜貝、シーグラスの入った袋を取り出し、記憶を塗り替えるように夢中で作業に没頭したのだった。
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翌日、アリアはルートの軌道修正を実行すべく友人でもありヒロインのライバルでもある、ソフィ・グリマルディ公爵令嬢を呼び出した。
(今さらだけど、私はよくソフィと仲良くなれたわね)
二人は毎日レオナルドに会いに行き、ランチを食べ、帰路を共にする。最初は互いを出し抜かせないための牽制だった。けれど半年間レオナルドを取り合った結果、互いを好敵手と認め合う仲になっていった。そして今では三人一緒が当たり前の日常に落ち着いている。
(どうにか自然に三角関係を離脱して、ソフィとも友人のまま残りの学園生活をつつがなく過ごしたいわね)
そうして待っていると、時間ピッタリに待ち合わせ場所に指定した中庭の噴水前にソフィが現れた。
「ご機嫌よう、アリア。こんな所に呼び出して何かありましたか?」
ソフィは、長い金髪の髪と前髪をハーフアップでスッキリとまとめ、結び目をリボンで飾っている。額を出した髪型は実年齢より大人っぽく見え、アリアとは真逆の印象を受けるキャラクターデザインに仕上げたことが伺える。
小柄なアリアは少し見上げるように顔をあげ、ソフィに対峙した。
「来てくれてありがとう。突然で驚くとは思うけど聞いて欲しいの。私、実はいろいろあってソフィがレオナルド殿下の婚約者になれるように応援することに決めたわ!」
両手を力いっぱい握りしめて、ソフィに宣言する。
「アリア、あなた大丈夫?昨日から様子が変よ。まぁ、その申し出は私にとって有難いから拒否などしませんけど」
ソフィはアリアを心配した。けれど恋のライバルが戦線離脱するのだ。止める訳がない。
「私は公爵令嬢ですから、レオナルド殿下に相応しい身分なの。アリアもやっとそれに気付いてくれて嬉しいわ」
満足げに笑うソフィに相槌を打ちながら、アリアは内心で愚痴を零した。
(バルベリーニ侯爵家だってジュエリー事業の功績が認められて、レオナルド殿下の相手としては遜色ないと言われているわ!公爵家だからってその言い方はちょっと腹立つわね)
けれど、そんな不満よりも大切なのは今後の方針だ。アリアはエビの如く徐々に距離っていけるようソフィと話をつける。
「あまり露骨に離脱すると私の評判が悪くなるから、まずは少しずつ同席する時間を減らしたいの」
「ええ、そうね。私達のこの会話は余計な詮索や、ありもしない噂のネタにされかねません。まずはいつも通りにレオナルド殿下と一緒に三人で帰りましょう」
アリアの申し出を信じたソフィは手を差し出す。アリアはその手を握り、互いに握手を交わした。
それからアリアは少しずつランチと帰宅を共にする回数を減らしていった。そして、空いた時間はフィガロと同行できるように調整したのだ。
「ねぇ、アリア。本当にレオナルド殿下に会いに行かなくて良いの?」
目の前で心配そうな顔をしたフィガロが、ミートソーススパゲッティを口にしている。
「ええ。週に一度くらいお兄様とランチしたいんです。お兄様は迷惑でしたか?」
「そんなことは無いよ。僕は普段から一人で昼食をとることも多いからね」
「なら、良かったです」
ニコリと笑って、アリアはベーグルサンドを口に運ぶ。
(レオナルドルートを回避するだけじゃなくて、フィガロルートを何とかこじ開けないとね)
けれどアリアの頭の中は目の前のフィガロの好感度を上げることより、レオナルドルートの「マジカル・イベント」を回避することでいっぱいだった。
ゲームの攻略対象の中でもメイン扱いのレオナルドは、そのルート分岐も一番多く存在している。そして彼を攻略するなら絶対に発生する「マジカル・イベント」なるものがあるのだ。
ゲーム『World of Ocean Heart』のイゾラ公国に住む人々は魔法が使えない。けれど『深海の魔女』と呼ばれる魔女が存在するのだ。ただし伝説に近い存在で、その姿を見た人はいないと云われている。
そしてヒロインのライバルであるソフィは、どうやってか深海の魔女から薬を購入しアリアかレオナルドに盛る。何の薬をどちらに盛るかは好感度で変わり、その先の難易度と手に入るスチルが変わるシナリオになっている。
(あ、苦労した感じの記憶がチラついたわ)
前世の自分の苦痛ともとれる感覚が流れ込み、アリアは微妙な気持ちになった。
「アリア、ぼんやりしてると零すよ。ほら口元にもついてる」
そう言ってフィガロが手を伸ばす。優しく慈愛に満ちたその笑顔は、絵になる場面に見えた。
(あ、これスチルだ)
その光景を眺めながらアリアは感心していた。
(流石フィガロルートね。一緒に居るだけで簡単にフラグが立っていくんだわ)
気を良くしたアリアは、そのままフィガロに世話をされながらランチタイムを楽しんだのだった。