5.みんなの憧れデビュタント!
美しく虹色に輝く真珠をふんだんに使ったヘッドドレス、ネックレス、ピアスの入ったベルベットの布張りのケースが目の前に並べられる。
「こちらが、アリアのデビュタント用にデザインしたジュエリーです」
「確かに素晴らしい品々だ」
「はい。僕がデザインして全ての真珠を選んで作った特注品です」
フィガロの自信に満ちた柔和な笑顔に、レオナルドも美しい笑顔で返す。
「ドレスもアクセサリーのコンセプトに合うものを注文済みです。いくら殿下の頼みでも、アリアのデビュタントのプロデュースは譲れません」
「それは残念だ。何か一つでも加えさせてもらえないか?」
フィガロは前の品に目を落とす。
「殿下、これはバルベリーニ侯爵家の作る『Aphrodite』シリーズではありません。僕が新しく作る『真珠姫』というシリーズです。アリアのように若く可愛らしい令嬢には『Aphrodite』は少し大人すぎますから、若者向けに立ち上げる予定です」
アリアの見た目は年齢よりも少し幼い印象だ。イゾラ公国では早ければ十五歳でデビュタントを済ませるが、アリアは見た目を気にして十五歳のデビュタントを見送った。翌年は声が出ないため見送り、今年ついに念願のデビュタントを迎えるのだ。
「十七歳と少し遅めのデビュタントにはなりましたが、それでもアリアは女神よりも姫の様相が似合います。誰よりも可愛らしく仕上げてお連れしますよ」
全てを完璧に計算し尽くした作品に手を入れるなど言語道断ですよ。大人しく自分の仕立てる最高傑作を待っていればいいと言わんばかりの笑顔と圧に、レオナルドはフィガロの本気を感じていた。
「だとすると、グリマルディ公爵の暴挙を懸念して、婚約の申し入れを遠慮している私に出来ることが無いんだが。エスコートもファーストダンスも諦めろと?」
笑顔で不機嫌なオーラを遠慮無く出したレオナルドに、フィガロは一つのケースを差し出した。
「こちらをレオナルド殿下に贈呈します。僕が試作品としてデザインしたものの一つですから、お渡ししても差し支えないかと」
渡されたケースを開いて、レオナルドの目が面白そうに細められる。
「確かにこういう楽しみ方もあるね。勉強になるよ。頂こう」
「それから、これはレナルディアナ王国との交易を盤石にするために、僕自身があちらの国の令嬢とお見合いしたいと考えて調べていて知った情報の一部です」
そう言ってフィガロは一枚の紙をレオナルドに渡す。
「へぇ。レナルディアナ王国の第二王子は私達と同い年で、しかも決まった相手が居ないのか。ああ、王太子に既に王子も姫もいるから自由に過ごせるんだろうな」
「この際、一気に片付けてしまうのも手かと思いまして。かの令嬢も、このままこの国にいても肩身が狭くなるばかりでしょう。それに娘が居なくなれば殿下も遠慮する必要が無くなるのでは?」
主語を省いてフィガロはレオナルドにけしかける。
「覚えておこう」
「間に合えば、殿下がファーストダンスにありつけるかもしれませんね」
柔和な顔で笑顔を作り念押してくるフィガロは、グリマルディ公爵家を断罪したいのだろう。
「フィガロ。グリマルディ公爵の件は、君が調べてくれた愛人に貢いで散財したスキャンダルと私が肩代わりした借金の件、さらにこの話があれば心置きなく事を進められる。ソフィに別の未来まで用意してくれた君の優しさに感謝する」
貰った紙をピラピラと振って示唆してみせた。
「殿下、僕はアリアに危害を加えるものが居なくなりさえすれば構いません。それに綺麗にまとまるなら、それに越したことはないでしょう」
わざわざ事を荒立てて敵対関係を作る下手は打たず、自分の手は汚さずに煩わしい相手を排除しようとするフィガロのやり方は、レオナルドには好ましく思えた。
自然と緩む口元に手を当てて、レオナルドはクスクスと笑った。




