6.魔法が解けるとき
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店の前の細い道でアリアは居たたまれなくなってしゃがみ込んでいた。まだ話し合いは続いているらしく店の中から話し声が聞こえていた。
(何を言ってるかまでは聞こえないけど。やだなぁ……)
あまり良い話では無いらしく、時折レオナルドの怒声とベファーナの奇声が聞こえてくるのだ。これでレオナルドに魔法の解き方がバレてしまったらどうなってしまうのだろうか、とアリアは膝に顔を埋めた。
(ううん。そんなことより、みんなが心配してたなんて知らなかった)
アリアは自分に起きたことはゲームのシナリオ通りだと思っていた。だから何も心配などしていなかった。けれど、もしそれを知らなかったらどうだろうか。一生喋れないかもしれない不安に苛まれ、ソフィを恨み、部屋に閉じこもっていたかもしれない。
(みんな、心配するわよね。当たり前だわ……)
むしろアリアの考え方の方が普通とかけ離れているのだと自覚した。申し訳ない気持ちが込み上げて、胸が押しつぶされそうになる。
その時、ガチャリと扉が開きレオナルドが顔を出す。
「アリア、話は終わったから帰る仕度をしよう」
呼ばれて店内に戻ると、ベファーナは見当たらず代金の入った袋が手提げ籠の横に置いてあった。そして小さなメッセージカードが差し込まれており、簡単な挨拶が書かれていた。
『今後とも、よろしく頼むね。ベファーナ』
(新しい納品先ができたのね。よかったわ)
とても嬉しかったけれど、後ろに立っているであろうレオナルドの事が気になって素直に喜べなかった。どうにか気まずい空気を打ち消すべく、スケッチブックを開いて言い訳を書き始める。
「アリア、早いところ声を取り戻そうか」
その言葉にアリアは思わず固まった。気を取り直して書き終わったスケッチブックをレオナルドに見せようと振り向き、息を呑む。
眼鏡を外し髪を掻き上げ、壮絶な色気を放ち嫣然と笑うレオナルドが立っていたのだ。
(その顔はずるい!)
スケッチブックを見せるのも忘れて思わず後退る。けれど直ぐに壁際まで辿り着き逃げ場を失った。そしてレオナルドは壁に手を突いて、アリアを囲いこんだのだ。
「直ぐに教えてくれれば良かったのに。そうしたら私がアリアにキスして声を取り戻して済む話だったんだ」
(違う。レオナルド殿下は私のことを好きじゃなかった。ただ面白がってただけだもの)
アリアは目線をそらして、なるべくレオナルドを視界に入れないように努力した。
「アリアだって私のことが好きなんだから」
(違う。私が好きなのはフィガロ兄様だもの)
首を横に振り、違うと態度で訴える。
「へぇ。スケッチブックに私向けのメッセージをこんなに沢山準備しておいて、無自覚だったんだ」
その言葉で心が激しく揺さぶられた。動揺し言い訳すら浮かばなくなって、何かを確かめるようにレオナルドの顔を見上げたのだ。
その隙をつかれた。
顎をすくわれ軽く口付けされてしまう。
「――――これで、魔法は解けたかな?」
「…………まさか。――そんなっ!」
久々に聞こえる自分の声に驚いて両手で口元を押さえて黙り込む。ずるずると足元が崩れて床に座り込んだ。
「おかえり、アリア。フィガロも喜ぶよ」
混乱したアリアの頭を撫でながら、レオナルドは満足げに笑った。
□□□
レオナルドに連れられて、気付けばバルベリーニ侯爵家に送り届けられていた。帰りが遅いことを心配したフィガロに玄関ホールで出迎えられる。
「―― お兄様、ただ今戻りました」
「っ!アリア、声が戻ったんだね。よかった!」
駆け寄ってきたフィガロに力いっぱい抱きしめられる。鼻をすする音が聞こえて泣いているのが分かり、アリアは心苦しくなった。
(私だってキャラクターだもの。私と同じようにお兄様にも感情があるんだわ)
そんな当たり前のことが、乙女ゲームの世界だという情報で抜け落ちてしまっていたのだ。攻略情報を優先したしたアリアの身勝手な振る舞いで、大切な人達が傷ついていたのだと痛感した。
「ごめんなさい、お兄様」
「何で謝るの。辛い思いをしたのはアリアなのに」
よかった、本当によかったと頭を撫でながら喜ぶフィガロは、そのまま腕を緩めずレオナルドに話し掛けた。
「それにしても、どうやって治ったのでしょうか?殿下はご存じなのですか?」
「ああ、深海の魔女の薬を飲まされていたそうだ。詳細はここでは話せないけどね」
「そんなことがあったなんて。気づいてあげられなくてゴメンね。アリア」
「いいえ。私こそ黙っていてすみません」
詳細を伏せて話をしてくれたことにアリアは安堵した。
「古い魔法らしい。月並みだけど愛する者の口付けで解けると知ることができた。僥倖だったよ」
「っ!」
一番伏せておきたい内容をバラされてしまい、フィガロの服を思いっきり掴む。
「そうですか。良かったじゃないか、アリア。おめでとう」
その言葉にアリアは体温が上がりクラクラと眩暈がしたのだった。