1.前世を思い出しました
開け放たれた窓から入る風が、レースのカーテンを揺らす。白い調度品にペールブルーの絨毯を合わせた爽やかな色合いの部屋でスヤスヤと寝息が聞こえた。
その部屋の主は、肩下で切り揃えられたプラチナブロンドをアクア色のリボンで結び、シュミーズドレスを着用しリラックスした姿でベッドに横たわっている。
けれど次の瞬間、カッと瞳が見開かれ、その小さな口から絶叫ともとれる悲鳴が上がった。
「い、いや、いやよ。失敗したわ……」
遠くから、錯乱した彼女の部屋に向かう足音が響き、次いでドアが乱暴に開け放たれる。
「どうしたの、アリア。凄い悲鳴が聞こえたんだけど!」
アリアと呼ばれ、その声に反応するようにゆっくりと扉へと顔を向ける。大きく開いた瞳が、扉に立つ人物を捉えて更に見開かれた。
「……フィガロ・バルベリーニ?」
「うん」
「お兄様?」
「うん」
ゆっくりと首を傾けたアリアを、フィガロは心配した。
「どうしたの、アリア。もしかして怖い夢を見ただけ?」
「……はい。そうです」
辛うじて、アリアは声を絞り出した。
「びっくりさせないでよ。皆には僕から説明しておくから、ちゃんと目が覚めたら降りておいで。もうすぐディナーの時間だから、それまでにね」
そう言うと、フィガロはアリアの部屋を出て行った。その背中を見つめながらアリアは呟く。
「呆けてる場合じゃないわ。早く手を打たないと、取り返しがつかないことになってしまう」
ベッドから起き上がり机に向かうと、先程夢で見た出来事をスケッチブックに書き出すべく万年筆を握りしめた。
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「あーいたいた。やっと見つけた!」
白いワンピースのような服で、真っ白な肌に真っ白な腰まである髪を緩く三つ編みにした姿に、既視感を覚えて凝視する。
「時期が来たら必要な記憶だけ思い出させる約束なんてするもんじゃないな。見つけるのに苦労したよ」
ふわりと手をかざされ、キラキラと輝く粉が振りかけられる。途端に頭の中で映像が流れだした。
「これで、約束は果たしたな」
感謝しろ、と目の前の創世者様がふんぞり返る。けれどその映像で重要なことを思い出したアリアは、思わず叫んだ。
「ちょっと。遅いじゃない!」
「チッ。仕方ないだろ!こっちだって忙しいんだ。それに多少遅れても大丈夫だと言ったから承諾したんだ」
「だからって半年も遅れないでよ!」
「知らん!約束は果たしたからな。これで終わりだ」
そう言い捨てて、創世者様は去って行った。
「ちょっと、待ちなさいよぉぉぉぉ」
その叫び声と共に、アリアは覚醒したのだ。
「――って、あんな怪しい自分を創世者様とか言ってた奴とのやり取りは、この際どうでも良いのよ」
大切なのは頭に流れた映像で得た情報だ。夢で思い出したのは、ここが前世でプレイしていた乙女ゲームの世界だということだった。
「普通、夢で終わらせるわよね。こんな話」
でも、そうは問屋が卸さない理由がアリアにはあった。
そもそもアリアが前世でこの乙女ゲーム『World of Ocean Heart』を転生先に選んだ理由はただ一つ。必ずハッピーエンドになるからだ。
『―― 学園卒業後は養子である兄のフィガロと結婚して、侯爵家を継ぎ幸せに暮らしました ――』
の一文がテロップで出て終わるのだ。エンドスチルも無いので、ゲーム的には悲恋エンドやグッドエンドのルートだ。けれど、内容はまごう事なきハッピーエンドだとアリアは思っている。
そして、前世の自分はどうせ今世もリアルでは何も出来ないと踏んでいた。だから多少思い出すタイミングが遅くても問題なんて起きるはずないと思ったのだ。
「何もしなければ、お兄様とハッピーエンドだったのに」
けれど、学園入学から今日までの記憶は予想を見事に裏切っていた。アリアは頭を抱えて溜息をつく。
「知らなかったとはいえ、私は何てコトをしてしまったのかしら……」
その時、部屋の扉がノックされる。ディナーの時間をフィガロが教えに来たのだった。