そして彼女は動き出す
「……戦場ヶ原先輩、気付かせていただきありがとうございます」
私は深々と頭を下げた。
オープンキャンパスで大学の話を聞くだけの予定だったのに、思わぬ形でとてもいい話を聞くことができた。
本当に感謝の気持ちしかない。
私は先輩に出会わなければ、おそらくそのまま機会格差の存在も知らず、愛知の大学をどこか選んで動いていただろう。
東京にぼんやりとした憧れはあったが、それでも、わざわざこの住み慣れた愛知を出ていくほどのことではないと思っていた。
ただ、実際は違ったんだ。
住み慣れているという理由だけで地方にとどまるという選択は、かなり問題があるということ。
金銭的な事情で仕方なく地方にとどまるなら、それは致し方ない。
ただ、そういったリミッターがないうえで地方にとどまるのは、もうアホの子の選択でしかないということを。
真剣に向き合わなくてはならない。
どこで過ごすか。
どの大学で過ごすかが大事なのかと、ずっと思ってきた。
だが、それと同じくらい。
あるいは、それ以上に。
「どこで」過ごすかが大事だったんだ。
「真剣に、『どこで』過ごすかを考えてみます」
「ん、よろしい」
先輩はぐっと親指を立ててウィンクをしてくれた。
アイドルかよって思うぐらい可愛い。
マンツーマンライブをしてもらっている気分で私は幸福の極み乙女。です。
「でも、なんで先輩は名古屋にいるんですか?」
そう、それは単純に気になった。
これほどのことを理解していながら、なぜ名古屋に残っているのだろうか。
「まあ、理由としては、この辺りにいる海里ちゃんみたいな学生に対して、知らないから損をするっていうことをなくしてもらおうと思ってさ」
戦場ヶ原先輩はふふっと笑いながらふわりとした笑顔を浮かべていった。
控えめに言っても天使であった。正しく描写すれば女神である。
たぶん人類の始祖であるイブはこんなビジュアルしてる。
禁断の果実を食して楽園追放されたイブが目の前にいると思うと超尊い。
禁断の果実を食して得た智慧を我々に授けていただいていると思うとさらに尊い。
なぜいきなり聖書的世界観に突入してんだこれ。
我ながらヤバい扉開けちゃうかな的な世紀末的発想に陥る前に何とか現実世界に復帰した私は、その素晴らしい発想にただ感服することしかできなかった。
純粋にすごいなこの人……。
ただ、戦場ヶ原先輩は私の感動をよそに話を勧めようとしてくる。
「あ、そういえば、東京の学生生活には結構詳しい知り合いがいるんだけど、話聞きに行ってみたい?」
「え? いいんですか?」
「いいよー。東京大学で割と知名度高い知り合いも多いから、色んな東京の話とか聞けると思うよー」
「と、東京大学……? なかなか高位のお方ですね……」
「なぜにそんな聖職者について話すような表現で……」
「ただ、もし機会をいただけるなら、ぜひお話してみたいです……!」
「そかそか。じゃあ、ちょっと待ってね」
そういって戦場ヶ原先輩はスマホを耳にあてる。
しばらくして、「あ、太陽? ちょっとこっちの地域の子で東京の話を聞きたいっていうことがいるんだけど、時間作れる? ……うん、うん。わかった、じゃあそっから連絡するようにしてもらうねー」と戦場ヶ原先輩は会話を終えて、またスマホをいじりはじめる。
戦場ヶ原先輩がスマホをしばらくすわすわしていると、私のLINEにまた通知が送られてくる。
そこには「岡崎太陽」さんという方のアカウントが乗っていた。
「こいつにまた連絡してもらっていいかな? 時間を合わせてまた東京か名古屋で話でもしようだって」
「え、こちらから連絡する形で大丈夫ですか?」
「そうそう。普通に戦場ヶ原闘子から話を聞いて連絡しました、って言ってもらえれば伝わるから」
「わ、分かりました!」
「ん、よろしい」
そこから私と戦場ヶ原先輩はしばし雑談を楽しみ、スタバでそのまま解散の流れとなった。
戦場ヶ原先輩が先輩としてキャンパスに来た子に話をする時間が近づいてきたので、会場にいかなければならないということで席を立って行ってしまった。
私は少しお店に残ってちびちびとカフェラテを飲みながら物思いにふけっていた。
愛知県と東京の機会格差について。
都市圏に住んでいると思っていたのに、こんなに差があるものなんだなあ……。
しょせん名古屋感がやっぱりすごいなおい。三大都市圏って何だっけ?
東京について、私はもう少し詳しく知る必要があるのかもしれない。
私は戦場ヶ原先輩から教えてもらった岡崎さんという方にLINEでメッセージを送る。
東京のことについてもっと知れる機会を戦場ヶ原先輩が与えてくれたのだ。
しっかりとその機会を生かしていかなければならないと思う。
……それと、戦場ヶ原先輩も言っていたが、私以外にも特別な理由もなく愛知県にとどまろうとしている人には、この現実をしっかりと共有しておかなければならない。
確かに、知らなかったでは済まされないような重大なテーマだ。
普段絡んでる子たちで言えば、あの子とあの子とあの子はそのパターンだったかな。
ぼんやりと何も考えずに愛知県での進学を考えている子を列挙していくと、案外いることに気付く。
ちょうど進路調査票を出す時期も近いし、話しておいて損はないだろうなー。
私はスマホをすわすわといじりながら、言わなければならないと思った相手に今度遊びに行こうと連絡を送っていった。
「ペイフォワードっていう文化があってさ。自分が誰かから親切をしてもらったら、その恩をその人に返すんじゃなくて、もっと他の困っている人に親切を渡してあげるっていう発想なんだよ。そうやって誰かからもらった親切が連鎖的に広がっていく。そういうのって、結構素敵じゃない?」
戦場ヶ原先輩が機会格差について誰かにシェアしてあげてと言っていった時に口にしていた話だ。
ペイフォワード。
素敵だと思う。
戦場ヶ原先輩からもらった親切を広げていこう。
私は最後に残っていたカフェラテを一気に飲み干し、お店を後にした。
機会格差について参考になる記事を置いておきます。
『「底辺校」出身の田舎者が、東大に入って絶望した理由』
『都市と地方の間にある情報機会の格差を縮めるための1つの解決策』
『地方と都会の経験格差は埋まるのか--起業家らが語る「学びの場」の必要性』
『東京生活1年半を振り返る。学生で何か活動している人参考にしてほしいです。』