東京と地方の絶望的機会格差
私は先輩に導かれるようにして名大の図書館に向かっていく。
まさかミス名大だと私が感じてしまうような圧倒的美人から話を聞けるとは……。
今日オープンキャンパスに来てよかった……!
「あ、そういえば自己紹介がまだでした、すみません、私は西川海里って言います。高校2年です」
「こちらこそまだ自己紹介できてなかったですね、すみません、戦場ヶ原闘子です。教育学部の3年生です」
「え、教育学部なんですか! 個人的に今のところは教育学部を受験する予定なんです!」
「そうなんですね! そうするとちょうどいいですね、受験勉強とかも含めて相談に乗りますよ!」
なんという偶然、神が与えてくれた機会に感謝しなくてはならない……!
私が神への感謝の気持ちを高めて、今度教会に行くべきかを思案しつつ雑談をしているうちにスタバに着いた。
そこでも戦場ヶ原先輩がおごりでカフェラテを買ってくれたので、それをたしなみながら雑談をして名大のことを知っていった。
途中それなりの頻度で図書館を出入りする人に手を振ったりしている戦場ヶ原先輩の姿が印象的だった。
だいたい5人に一人ぐらいは手を振ったり会釈をしたりしている説isある。
いや、この人知り合い多すぎじゃない??
「Hey,知り合い。振り向いて」って呼びかけたら数十人が反応するレベル。
私はHey,Siriさえ使いこなせていないのに……。OK,Google派です。
「先輩、知り合いの方が多いんですね」
「え? そうかな?」
「そうだと思いますよ、5人に一人ぐらいの割合では会釈とか色々してましたよね?」
「まあ、教育学部が近いからっていうのもあるんじゃない? でも、確かに他の人に比べて顔は広い方かも。学生団体の東海支部の代表だから」
「そうなんですか、すごいですね……!」
「ありがと、とはいえ、高校生だと学生団体とかそういうのイメージ湧かないよねー」
「確かに……。サークルとか部活ぐらいしかイメージが付かないですね……」
「ま、サークルや部活と似たようなものだよー。取り扱う活動が、サークルや部活から乖離してくると学生団体みたいな形になるイメージじゃないかな、とらえやすく言うと」
「ほえー……」
「いや、絶対分かってないでしょ」
「すみません、かなりわかってないです」
「ふふ、まあ大学にこればわかるよ。高校生の頃でも人によっては学生団体に入ってたりはするけどね」
「そうなんですね。先輩が所属しているのはどういう学生団体ですか?」
「ジャッキーズっていう団体で、自分が取り組みたいことに本気で取り組んでる学生を増やそうとしている団体かなー。その子が本気で取り組めることを見つけるのを手伝って、それを応援する団体みたいな感じ。まあ、もっと広く、学生の視野を広げるっていうこと自体もやってるけどね」
「なんかそれ、結構素敵ですね。私も使ってみたいです。使ってみるにはどうすればいいですか?」
「お、食い気味でいいね、まあ目の前にいる私も代表だからこの場で色々しちゃえるよ?」
「そうか! お時間が大丈夫であればぜひお願いしたいです!」
私はかくっと頭を下げてお辞儀をした。
「とはいえ、私として何かこういう風に応援してほしいとか、そういうのは特にないんですけど……。本気で取り組めることとかもないし……」
「ん、そこは問題なし。というか、高校時代にそんなの見つかっている人はまれだからね。ただ、海里ちゃんと話していてどうしても気になったポイントが一個あるんだよね」
「気になるポイントですか?」
「うん。名古屋大学が目指せる大学で一番高いところで、今はざっくり志望校として置いている、って言ってたよね。まあ高いところに置くのは別に問題ない。ただ、志望校群を聞いていると、県内にこだわってるのかな、と思うところがあってさ。というか」
戦場ヶ原先輩はそこでいったん間をおいた。
この後に何か重要な伝えたいことがある場合、先輩は毎回間を取って話してくれていた。
今回もそのたぐいなのかもしれない。
こころして次の言葉を聞いてみよう。
「東京がないなというか。そこはどうなのかな?」
「東京ですか? いや、特に考えてないんですよね」
「そうなんだ、何か理由があるの?」
「理由、ですか? や、まあ、地元でいいかなみたいな?」
「親御さんに、地元にいなさいって言われてるとか?」
「あー……えーと……」
そう言われて私は自分の記憶をたどる。
ただ、必ずしもそうは言われていない気がする。
私は一人っ子のため、子育てにかかってきているお金が兄弟のいるお家に比べて少ないんだろうなという実感は知り合いから話を聞いていてもあった。
私立大学にお姉さん二人が入っている知り合いとかは、本当にそういった面で大変とのことで、地元の国公立を目指してくれと早々から言われているらしい。
まあ、私もできる限り費用はかけたくないし国公立を目指すことにも抵抗はないので、今のところそういった場所を視野に入れている。
ただ、ひとりっ子だったというのもあり、子育てにかかった金額がまだ少ないためか、家で「東京に行くのは止めてほしい」といった話はあまり聞かないな……。
というか、そもそも真面目に県外に出ることなんて考えていなかったので、相談等もしたことがなかった。
「特に言われてない気がしますね。私ひとりっ子なので、子育てにかかっている金額が少ないのもあるかもしれないんですが」
「そうなんだ、じゃあ東京を意識的に排除しているわけじゃないんだね」
戦場ヶ原先輩はふむふむとうなずいた。
そしてすっと真面目な顔になって、私の方に力のある瞳を向けてくる。
私もそれにこたえるように戦場ヶ原先輩の瞳を覗き込む。
「じゃあ、東京の大学は視野に入れて考えた方がいいよ」
「そうなんですか?」
「そうなんだよねえ。東京と地方、まあ愛知県も、ここでは東京ではないという意味で地方っていうことにしちゃうけどさ、東京と地方の機会格差って本当に洒落にならないレベルだから。名古屋ではできないけど東京ではできることなんて無限にあるからね、本当に」
「そうなんですか? でも、なんというか、実感できないですね……」
なるほど、機会格差がね。
うんうん、間違いない。地方と東京の格差って話題になるもんね。
いやまて、そもそも機会格差って何それ?
けーだぶりゅーえすけー!
あれ、今そこはかとないみみみ感でてた?
「すみません、そもそも機会格差ってなんでしたっけ?」
「まあ、ざっくりいうと、自分が色々な機会に触れられるチャンスの格差って感じじゃないかな。教育学部志望だよね?」
「そうです、今のところ教育学部を考えてます」
「先生になりたいって感じ?」
「それもあります。あと単純に興味があって」
「そかそか、分かった。じゃあ、先生に関わることや教育に関わることの情報を手に入れたり、人と交流して何か新しいことをしたいと思ったとしよう。そういう場合、やっぱり同じようなことに興味がある人と巡り合えるチャンスが多いかどうかって大事そうだよね?」
「確かに、それはかなり大事ですよね。興味がない人にそういうこと話してもマジでうざがられるだけなんで……」
「あ、話したこととかはあるんだ?」
「ありますよー、宇宙人を見るような目で見られました」
すると、先輩は人差し指を私の方に差し出してきた。
私も人差し指を伸ばして先輩の指の先に触れる。
「いやETじゃねえわ。やっぱり完全に宇宙人扱いされちゃってるんですが?」
戦場ヶ原先輩は私のツッコミにくくっとおなかを抱えて笑っている。
「いや、よくわかったね、かなり的確なノリボケとノリツッコミだったよ。期待通りすぎてすごい感動した」
「今日初めてあった人にも宇宙人認定されてしまって私はもう立ち直れそうにありません……」
せつなみがすごい……。
「立ち直れなくても大丈夫、今は関係ない話だから」
「フォローではなく思わぬ追撃がきた!?」
「ここは1つトイレに流そうじゃないか」
「水に流すという意味合いとしてはあっているような気がするのに、なんとなく使いたくない表現ですね……」
「それね。まあ、いったん宇宙人については置いておこう。私もそういう経験あるからかなり共感するよ」
戦場ヶ原先輩はうんうんとうなずいている。
誰もが一度や二度ぐらいはある経験なのかもしれない。
自分の興味分野ではあるが、相手にとって興味分野ではないことを口にして、ちょっと気まずい感じになった経験。
あれ、一度やっちゃうと結構空気感的に気まずいから、次回以降日和っちゃうんだよなー。怖いわー。
話題選びに慎重になったのもそういうのがきっかけだったかも。
「そう、だからこそ、自分と同じ興味分野を持っている人と巡り合える機会がどれくらいあるか、というのは非常に重要だと思わない?」
「確かに。それは大事です」
「そうだよね。その巡り合える機会の格差が、地方と東京とでは歴然と存在する、ということなんだよ。それが地方と東京の機会格差ってやつ」
「なるほど、そうなんですね……」
とはいえ、やはり簡単にはイメージできないものだ。
「でも、名古屋っていうほど地方じゃないですよね?」
「名古屋はねえ……。まあ、都会ではあるけど、やっぱり地方って感じがするよね」
「そうなんですか?」
「うん。まあ、……しょせん名古屋じゃん?」
「……なんとなくわかりました。しょせん名古屋ですからね……」
そう、しょせん名古屋じゃんと言われてしまえば、しょせん名古屋になってしまうぐらいには名古屋はやっぱり名古屋である。
まあこのちょうどいいへっぽこ感があるからこそ肩肘はらないですごせる癒し系な都市なんだと思う、名古屋。
なんか名古屋って響きからしてこう、へっぽこ感があるからね、ほんと。
和やかって名古屋のへっぽこ癒し系感が語源になってるんじゃないか説さえある。それはないな。
とりあえず、しょせん名古屋といわれたら納得してしまう程度には残念な名古屋なのであった。
「まあでも、実例を示しながら東京と地方の格差を追っていけば、よりリアルに感じられると思うからね」
そういって戦場ヶ原先輩はスマホを取り出してぽちぽちといじり始める。
かなりどうでもいいけど、スマホってポチポチって表現で正しいのだろうか。
ガラケー時代から引き継がれた擬音語だからちょっと雰囲気が違うんじゃないだろうか。
スワイプとかタップを基本として操作するわけだから、「すわすわ」とか「たぷたぷ」っていう擬音語が正しいのかもしれない。やばい超絶ダサい。
とりあえず私がスマホの操作の擬音語に関して新しい表現を創出しようと頭をひねっていると、さっき交換したLINEに戦場ヶ原先輩からメッセージが送られてくる。
タイトルは『SENSEI PORTAL』となっていた。
「これ、日本最大の教員向けイベント情報サイトの先生ポータルっていうやつなんだけどね」
そういって先輩はスマホを私の方において画面を見せつつ、たぷたぷと操作してくれる。うん、ださ可愛い。
「へえ、こんなサイトがあるんですね」
「そうそう。例えば教員になろうとか思ったら、ここでイベントを調べると教員採用試験対策のイベントとかも出てくるから、共通の興味分野を持った相手と知り合えるわけだよ」
「ふむふむ、確かにそうですよね」
「そう考えると、このサイトで東京と愛知のイベント件数を比較すれば、ざっくりだけど機会格差がどれくらいあるかを可視化できそうだよね?」
「確かにそうですね……」
「例えば、ある月で比べてみよう」
先輩はすわすわとスマホの画面を操作しながら、ある月のイベント数について調べる。
東京は125件あるね、とカウントする。
なるほど、確かに。
ていうか、一か月で教育系のイベントだけで125回も開かれてるのか東京。
なんというか……さすが東京だ。
さて次に愛知県だね、と先輩は愛知県で同じ月のイベントの数を数え始める。
私もいっしょに数を追っていく。
そして出た数。
31件ェ……。
え、少なすぎちゃう? 東京の1/4なんですけど? 同じ期間ですよね?
私は衝撃が強かったため、「ちょっといいですか?」と先輩からスマホを借りて、もう一度東京と愛知を見比べる。
うん、同じ期間である。
いや、少なくない?
私があまりの衝撃にDr.stoneよろしく石化をしていると、先輩はさらに調べごとを始める。
そして、石化した私の前にまた新しい情報を提示してくる。
ちょっと待って、私まだ奇跡の水をかけられてないから動けないって! 誰か硝酸持ってきて!
私はしょうがないので3700年の時を経てまた動き始めながらその画面を見る。
4件ェ……。
もはや東京の前では塵ほどの数でしかない。
1/30って。
ミニカーぐらいでしかこんなスケール感見たことないですよ?
「どう? これが、地方と東京の、埋められない機会格差だよ」
戦場ヶ原先輩のそのセリフは私の耳にも非常に重く届いた。
機会格差。
まったく意識したことはなかったが、まさかこれほど洒落にならないレベルだったなんて。
「しかもね。教育というたった一つの分野において、東京と愛知では4倍の機会格差がある。たった一か月間で。そう考えると、1年で行けばどれくらいの機会格差があるだろう?」
「1年間だとすると、ざっと12倍なわけで……。50倍ぐらいですかね」
「そうだよね。しかも、私たちは大学入学時点で18歳になってるわけで。まあ、12歳ぐらい、中学生ぐらいから物心ついてこういう分野に興味があれば参加できるようになっているとして、6年間分。1年で50倍の差があるということは、6年で?」
「300倍……」
「そうだよね。しかも、これが教育というたった一分野でもある訳だから。冷静に考えて他の分野でもあるはずだよね? ざっくり適当に見積もって、5個ぐらい自分が興味がある分野があるとしよう。そうなると、中学生以降の6年間で東京との機会格差は?」
「1500倍……」
「その通り。1500倍だよ」
中学生、高校生の期間だけで考えても、1500倍。
実際にはもっと若い頃から英才教育などは始まっているかもしれないので、もっと早い段階から如実な機会格差が横たわっている可能性がある。
1500倍にとどまらないレベル感の格差が、そこにはある。
今まで全く計算したことはなかったし、興味も全くなかったけど。
これは、純粋にヤバい数字だと思った。
しかも、愛知県でこれだ。
三大都市圏と呼ばれる名古屋を有する愛知県でさえこれ。
三重県などの地方に至っては、教育系のイベントだけについても、愛知県と比べても7倍ぐらいの差があったわけで。
純粋計算で行くと、中学高校を通じて、10500倍の機会格差。
……え、同じ国ですかここ?
「戦場ヶ原先輩。……この数字は、ヤバいですね」
「ヤバいよね。洒落になってないと思うよ」
戦場ヶ原先輩はうんと頷きながら言った。
そして次の言葉を繋げる。
「そして今、海里ちゃんは、特に深い理由もなく、教育分野だけでも、1年あたり50倍の機会格差を受け入れて愛知県にとどまろうとしていた。5分野興味分野があれば、1年あたり250倍だ。これって、とってももったいなくない?」
「……もったいないどころの騒ぎではないですよね。ただのアホの子ですよ……」
そう、これだけの機会格差を何も考えずに受け入れるなんて、本当にアホの子以外のなんでもない。
私は気づいてしまった以上、この課題に関して、本当に向き合い、東京に出るか、愛知に残ってその機会格差を受け入れるかを考えなくてはならない。