魔女と失恋の惚れ薬 01
「失礼する。”湖の魔女”殿のお宅で間違いないだろうか」
あり得ない訪問者に驚いた魔女ロゼは、玄関扉を開けた姿勢のまま固まっていた。頬に垂れていた薄紅色の髪を耳にかける。
そんなに――いや、全く広くないロゼの仕事部屋兼住居の戸口に立っているのは、人目を避けるように全身をすっぽりとローブで身を包んだ男だった。
「はい……ええ。”湖の善き魔女”の庵です」
「唐突だが、依頼を受けてもらいたい」
男は端的に目的だけを告げる。
居丈高な、誰かに命令することに慣れきった声だった。
かすかにローブから覗く男の顔は、ほのかなランプの明かりだけでもわかるほどに整っている。
ロゼはこの男を知っていた。
名を、ハリージュ・アズムという。
魔女の家に来た者が身分を隠したがるのは当然だ。
ここに来ること自体が不名誉であるし、気まぐれな魔女に何か報復を受けてはたまらない。
こんなところとは無縁だと思っていたハリージュが、一体全体どんな用事なのかと、ロゼは固唾をのんで見守った。
ハリージュが神妙に口を開く。
「惚れ薬を作って欲しい」
あまりにも驚きすぎたために、手に持っていたレタスを無意識にロゼは咥えた。もぐもぐと咀嚼する。
新鮮なレタスは、シャキシャキとした食感を遺憾無く口内に伝える。
「……あいにくと、惚れ薬は現在品切れしておりまして」
「なら、作れるのだな?」
「ええ、まあ」
下手を打ったかもしれない。
ローブのフードに顔を隠し、歯切れ悪く返答した時には、すでに話は進んでいた。
「では依頼しよう。製薬に必要な物があれば、こちらで揃える」
「……お高いですよ?」
「言い値で払おう」
「それにお時間も、かなり頂くことになるかと……」
「待とう。申し訳ないが、この件に関して、拒否権はないと思って欲しい」
もぐもぐもぐ、ごっくん。
ロゼはレタスを飲み込んだ。
威圧的にそう言ったハリージュは、驚くぐらいに、申し訳なくなさそうな顔をしていた。
※ 2020年3月16日にMノベルスさんから2巻発売しております。
※ 2020年夏にコミカライズ連載開始しました。
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