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第二十九話(二)「日本式の。」


 ( )顔は朝倉先輩のそれに間違いないのだが、その下の装いは、かつてヘザが着ていた黒い外衣だったのだ。

( )いかがですか。昔に着ていた外衣を、今の身体に合うように仕立て直していただきました」

( )いいね。本当にヘザが戻ってきたみたいだ──あ、そうだ。これも返さないと」

 ( )ぼくはハンカチーフに包まれたものを取り出すと、彼女の前で開いてみせる。ヘザは少しの驚きと喜びの混じったような明るい表情を見せた。

( )私の眼鏡……! ( )こちらに戻ってからなつかしいものにたくさん出会えて、感無量です」

( )そうか、君にとっては十七年ぶりのものばかりなんだよね。これをかけたらもっとヘザっぽくなるかな」

( )ふふ、では失礼して」

 ( )ヘザは顔をうつむかせて、指先で眼の中をいじり出した──ほどなくして、両目から透明なプラスチック片が取り出される。

( )あ、コンタクトレンズなんだ」

( )ええ。度数も、大体同じかと──これも偶然ではないのかもしれませんね」

 ( )眼鏡をかけると、もちろんその顔はヘザではないのだが、妙になじんでいるような気がする。

( )どうでしょう。ちょっと……ダサくないですか、これ?」

( )いや、よく似合ってる。やっぱり、見た目は結構大事だな……君をヘザと呼ぶことの違和感が少なくなったように思う」

 ( )ぼくが微笑んで言うと、ヘザは照れたように目を伏せた。

( )それは、何よりです。……さてハイアート様、ここからが本題なのですが」

( )本題?」

 ( )ぼくがおうむ返しに訊くと、彼女は頬を桜色に染めながら、魔術師の外衣の前を開いた。

 ( )途端、ぼくの全身に、ざあっと鳥肌が立った。

 ( )彼女の外衣の内側は──純白の小さな布地の衣類を上下に着けただけの格好をしていた。

 ( )要するに、下着姿だ。

 ( )日本式の。

( )ハイアート様。はばかりながら申し上げます、私に夜のお務めをお命じください」

 ( )はい。よろしくお願いします。


 ( )──じゃない!

 ( )危ない危ない。思考がマヒして、うっかり理性が爆発四散するところだった。

( )ダメだダメだ! ( )早くそれをしまってくれ!」

( )そうおっしゃらず、よくご覧になってください。ほら、ご命令したくなってきませんか……?」

 ( )手をかざして顔を背けるも、脊髄を刺激するような艶っぽいささやきで食い下がってくる。

 ( )こうなれば最終手段だ。

 ( )ぼくは、彼女の外衣の前を閉じて留め金を強固にロックする魔術をかけた。あっと小さく驚嘆を上げたヘザは、実に不満げな表情を見せた。

 ( )以前のヘザでは無理でも、今は簡単に解除できるだけの魔力制御を持っているはずだが、おそらく彼女はあえてそれをしないでいる。

( )まったく……前回も今回も、何をしてるんだ君は」

( )何をと申せば、いわゆる色仕掛けでございますが。全裸ですとドン引きする殿方もおりますし、脱がす楽しみも残すべきと聞きましたので、このような形で──」

( )詳細を訊いたんじゃないよ! ( )というか誰に聞いたのそれ──って、モエドさんに決まってるよなぁ~~……」

 ( )ぼくは頭を抱えながら、再びベッドの縁に腰を落とした。あのロリ熟女め、ヘザにくだらない知恵ばかり吹き込んでくれるなよ……。

( )それよりハイアート様、お話が違います。日本では日本の常識があるからとお断りされたのですから、こちらの世界ではこちらの常識に従って、ご責任を果たしていただくべきではないですか」

 ( )理路整然と話しているように見えるが、ヘザの鼻息はめちゃくちゃ荒い。( )待て」をされている犬みたいだ。

( )いやいや、違わないぞ。ぼくも君も、日本に戻れば白河速人と朝倉映美、学校の先輩後輩という関係であることに変わりはないんだ。ダーン・ダイマに来たからって、そう滅多なことはできないよ」

( )では、どうしたらご責任を果たしていただけるのですか」

 ( )ヘザの言葉は、いらついたような語気を帯びていた。ぼくは耳たぶを触りながら思案したのち、おもむろに口を開いた。

( )……取るべき責任なのかどうかも微妙だけど……とりあえず、順序ってものが大事じゃないかと。まずは……」

( )まずは?」

 ( )何を期待しているのか、ヘザはずいと身を乗り出してくる。

( )……戦争を終わらせよう」

( )は?」

 ( )ヘザの言葉は、さっきよりも怒気をはらんでいた。

( )そう、まずは早くここでの戦争に勝つことが最優先で最重要なんだ。それ以外のモロモロのコトは、戦争が終わってからじっくり真剣に考えさせてほしい。それでいいかな?」

( )……何か、上手く逃げられたような気がしますが……それは確かに今、最も大事な事項です。分かりました、戦争が終わりましたら私のこと──それと、小牧君とのことも、ちゃんと考えてくださいね。約束ですよ」

 ( )すっかり忘れていた。

 ( )ハム子のこともこっちに来てから冷静になって考えようと思っていたが、実際はこっちでアレコレをやっていては気が回らない。

 ( )ここは平等に、どちらも終戦後に回すことにしよう。それがいい。

( )ああ、約束しよう。ではその一環として、今日はちゃんと身体を休めて、明朝の大洞穴探索に備えることにしような。さ、部屋に戻って戻って」

 ( )ヘザの肩口をグイグイ押して、戸口へと追いやる。

 ( )ドアを閉める直前まで、彼女はずっと懐疑的な眼鏡越しのジト目を向けていた。

 ( )

 ( )宮殿から中庭に出ると、朝日のまぶしさが目に飛び込んできて、ぼくはくしゃみをした。

 ( )よく晴れたいい朝だが、どうせ光の差さないほら穴の奥へと探検するのだから天気なんか関係ない、と思うと何だかやるせない。

( )ハイアート様、おはようございます。よければご一緒にいかがですか」

( )おはよっス。これ、起き抜けには相当キツいっスよ……」

 ( )中庭ではヘザとモエドさんが、ラジオは流していないが夏休み時期の早朝によく目にする体操をしていた。ヘザが所作を先導し、その後をモエドさんがよたよたと倣っている。

( )スタンプを押してくれて、欄が埋まったらノートと鉛筆をもらえるならやろうかな」

( )小学生ですか」

 ( )フフッとヘザが笑った。昨晩のことを引きずっていない様子に、ぼくはこっそりと安堵した。

( )そうだ、ヘザ様、ハイアート様。天気もいいし、この後少しお散歩しないっスか? ( )お連れしたい場所があるっスよ」

 ( )腰に手を当ててのけぞりながら、モエドさんが訊いた。

( )そうだな。この早い時間ではナホイがまだ起きてこないだろうし、反対する理由はないな」

 ( )ほどなくして、体操を終えた二人と共に、城の正門から街道へと出てのんびりと歩いていく。モエドさんは街外れへと足を向け、ぼくたちはその後についていった。

 ( )しばらくして、大小さまざま、色とりどりに咲き乱れる花園が見えてきた。しかしその庭園の中をよく見れば、あまたの墓標が立ち並んでいる。

 ( )戦死者墓地だ。

 ( )ダーン・ダイマでは、ほとんどの国に戦死した兵士を戦いの地に埋葬する文化があり、魔界も例外ではない。ここでは特に先の魔界戦争、及び現在も続く第二次魔界戦争の戦死者の遺体が敵味方を問わず葬られ、その一つ一つに勇敢さを讃えるための石碑が建てられている。

 ( )なので、ここには共に魔王を討伐したかつての友人であるトットー……そして、マーカムの碑もある。

 ( )数々の草花と墓碑を縫う小道をたどれば、墓地の中央付近に、周囲と比べてひときわ大きな彼らの石碑が──

( )……()()、建っているな」

 ( )ひどく嫌な予感がして隣のヘザを見やる。彼女も満面に渋い表情を浮かべていた。

( )到着っス。ハイアート様も、一応は一度拝んでおくべきっスからね」

 ( )マーカムの碑の隣に寄り添うように立つ、真新しい墓。予想どおり、その表面には( )ヘザ・エンプ=オツオロ、七三歳没。その勇猛果敢なる魂を讃える」と刻まれている。

( )ハイアート様、自分の墓を見るというのは……何とも複雑です。自分が幽霊にでもなったような気分がします」

( )だろうね。ぼくには、その気持ちがまったく想像できないな……」

 ( )ヘザは神妙な面持ちで墓碑を見つめている。ぼくも似たような表情だったに違いない。

( )しかし、殿下のお計らいも意味がなかったっスね。せめて魂の旅路が、マーカム氏と同じであればと願って隣同士にしたんスけど──」

( )そういうことか。マーカム卿は私のような平民などにひとすじに愛情を傾けてくださったのに、死んでまでもなお義理を欠いてばかりだ……彼の愛に応えられたならよかったのだが、私の心はもう、ハイアート様しか愛せなかったのだ」

( )そっスね、ココロの問題だけはどーにもならないっスよねぇ……あら? ( )ハイアート様どうしたんスか?」

 ( )ぼくはマーカムの墓の前に突っ伏して、栽◯マンの自爆を食らったヤ◯チャのような格好になっていた。

( )コレは、アレだな。例によって『まったく気づかなかった』という──」

( )あー。ハイアート様、『とんでもない唐変木』っスからねぇ……」

 ( )もう何とでも言ってください。

 ( )しかし、本当に納得できない。マーカムは家柄も人柄もパーフェクトで、ぼくなんかより千二百パーセント出来た人物だった。

 ( )その彼を袖にしてまでかける想いの、何と荷の重いことか……親友の無念まで背負い込んだように感じて、ひどく気分が落ち込んでしまった。

( )さ、そろそろ城に戻るっスよ。さすがにナホイ氏も起きた頃でしょうし……ハイアート様、いつまでへこんでるっスか。もう行くっスよ」

( )……はーい」

 ( )ぼくは立ち上がると、二人の背中を追ってふらふらと歩き出した。


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