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第四話(二)「私に夜の務めをお命じにならないのですか?」


 ( )その翌朝、城門の前で旅支度の整ったヘザと再会した。

( )おはようございます、ハイアート卿」

( )き、き、卿? ( )そんな偉そうな呼ばれ方をされても、何か、変な感じだ」

 ( )困った顔をするぼくを、ヘザは不思議そうに見つめた。

( )何をおっしゃいます、ハイアート卿は騎士でございましょう。貴族なのですから、本当にお偉いのです」

( )それはそうなんだろうけど、その、何だか落ち着かないよ。これから一緒に長旅をするのだから、名前ぐらいはもっと気楽に呼んでほしいんだ」

( )私は平民ですので、おそれ多くもそのような無礼なことを、許されてよいものではありません」

( )無礼でも何でも、ぼくが許すと言ってるんだからいいんだ。ぼくは、人付き合いが得意な方ではないけど、そう距離を置かれてはますます上手くできる気がしない。君とぼくだけの道中で仲良くできないのは、その……困る」

 ( )少し考えるそぶりをして、ヘザは言った。

( )……それでは、ハイアート……様」

( )……うーん、まぁ、それでいいや。ヘザさん、よろしく頼みます」

( )どうぞ、ヘザとお呼び捨てください。私も、距離を置かれるような呼ばれ方は好みませんので」

 ( )その時、今までまったく無表情を崩さなかったヘザの口の端が、わずかに持ち上がったように見えた──

 ( )

 ( )かくしてゲイバム王国騎士の証の剣を腰に下げ、使節として城から旅立ったあの日から今までずっと、ぼくの傍らにはいつもヘザがいた。

 ( )その間、彼女とはそれなりに色々とあって。

 ( )特に、旅立ってから一週間ほど経った頃合いに( )ハイアート様。はばかりながら申し上げますが、私に夜の務めをお命じにならないのですか?」と言われた時は、本当にあせった。

 ( )その時はぼくたちがそういう関係を持つべきではないということを切々と説いて事なきを得たが、そんなトラブルばかりでも共にあった長い年月は、出会った頃からは想像もつかないぐらいに彼女とぼくを気の置けない間柄にしてくれたと、少なくともぼくは思っている。ヘザがどう思ってくれているかは、ぼくには分からないが……。

 ( )そしてその後五年の月日をかけて多くの国々を巡り、合計十四カ国との合意により商業都市ローシロムブに代表者が集結し、ローシロムブ連盟が成立。

 ( )同時に連盟軍も編成され、そこにぼくとヘザと、ヘザの次に大切な友となったマラン王国の精霊術師マーカム、さらにアーエン師匠も加わり、あの戦争の先陣に加わることとなった。

 ( )多くの人命を奪い、また奪われる戦いの日々は本当に辛いものだった。ぼくの失態からアーエン師匠が戦死した時は、ヘザとマーカムの支えなしに戦い続けることはできなかっただろう。

 ( )そうしてついにぼくたちの軍勢が魔界の国境を越えて侵攻した時、この戦争を速やかに終わらせる機会が訪れた──

 ( )

 ( )噂に聞く魔界にも、陽は昇り、そして落ちることを、この時のぼくは初めて知った。

 ( )魔界という響きに対して、何時でも暗く陰鬱な地域というイメージを勝手に持っていたのだ。二十年以上の年月をこのダーン・ダイマで過ごしていても、かつて少年だった時に漫画やゲームで培った偏見はそうそう拭えないらしい。

 ( )そもそも魔界とは、正しくはバヌバ魔族王国といい、ダーン・ダイマのほぼ中央に位置する、巨大な二つの山脈の合間にある国の俗称だ。

 ( )また魔族と言っても、その地域が周囲に比べ低くくぼんでおり、魔素が澱みやすいために魔素の染性を濃厚に受けやすいこの国の人間がそう呼ばれただけで、実はこの世界に数ある人種のひとつに過ぎないのだ。

 ( )ただ、特に濃度が高くなった魔素からは、強く凶暴で恐ろしい魔物が生じることがある。

 ( )そのため魔界は、魔物がはびこるとても危険な地域として世の人々から敬遠されていて、その印象に引きずられるように、そこに住まう魔族も多くの種族から忌み嫌われる存在になっていったという──

 ( )ぼくの属する連盟軍ゲイバム・マラン合同部隊は魔界の南端にある蝦蟇口砦(がまぐちとりで)を陥落させ、その日のうちに付近の集落を制圧していた。ぼくは夕暮れを待って、ヘザを連れてその集落の外れにある民家に向かっていた。

( )誰にも見つからなかったかな」

( )マーカム中隊長に部隊員の注意を引いてもらった上に、光精霊術で姿を隠して、風精霊術で足音も消しておいて、少々ご心配が過ぎるのではありませんか。ハイアート様」

( )確かにね。でも、こと生き延びる上で、慎重であるに過ぎたることはないよ。さ、ヘザはここで見張っていてくれ。ここからはぼくだけで行く」

( )了解しました。ハイアート様、私が申しても鳥に飛び方を教えるようなものですが、どうか警戒を怠らず、無事にお戻りください」

 ( )民家の周囲が見える場所にヘザを待たせ、ぼくはゆっくりと、夜露をしのぐ用途にしか役に立たなさそうに見える粗末なその家屋へと歩み寄り、精霊術を解いて木製のドアを強く叩いた。

( )……誰に会いに来た」

 ( )扉の反対側から、つぶやくような低い声がした。

( )澱みの子に」

 ( )ぼくは答えた。ドアが軋んで開き、長身の男がその隙間から顔をのぞかせた。

 ( )浅黒い肌に、銀の長髪は、おおよその魔族が特徴として持つものだった。切れ長の鋭い目、一見華奢に見える細面。絵に描いたような美男子だった。

( )君が『六行の大魔術師』で間違いないか」

( )シラカー・ハイアートだ。その名で呼ばれるのは英雄とやらの印象が先走っているように思えて、正直なところ好きではないんだ」

 ( )ぼくが苦笑いを浮かべながら肩をすくめると、魔族の男はふっと微笑んで、ドアを大きく開けた。

( )ではハイアート殿、入ってくれ。俺以外は誰もいないから安心してほしい」

 ( )招かれるままに、家の中に入った。家具の類いは中央にテーブルと二脚の椅子があるのみで他は一切置かれておらず、誰かが隠れられるような場所はまったくない。ぼくと男は、ほぼ同時に椅子に腰をかけて、テーブルを挟んで向き合った。

( )自己紹介が遅れたが、俺はグーク・エ=ラ=ギッタ。族王ギッタ=ギヌの次男であり、一応は、王太子ということになっている」

( )……本物か? ( )本当に王子であるなら、こんな所に護衛もなしにいることが考えにくい」

( )危険は承知の上だし、万が一のために身元を証明するものは何も持たずに来たから、そこは信じてもらう他にないな」

 ( )目の前の男が、王子だとたばかることで得るメリットはあまり感じられない。嘘みたいな話だからこそ、逆に真実味を感じる。

( )分かった、君をグーク王子だと信じよう。それならば、ますます一体どういうことなのか、詳しく聞きたい」

 ( )ぼくはグークの目をまっすぐにねめ返しながら、言った。

( )──君が、魔王への造反の企てがあり、ぼくたちと共闘したいということの真意を」

( )……俺とて、父を討ちたいわけではないのだ」

 ( )グークの表情に翳りが差した。

( )しかし、父はこの戦争を、魔族が滅ぶか魔族以外を滅ぼすか、どちらかの結末を迎えるまで止めぬと公言してはばからぬ。ついに本土決戦にまで及んだ今、俺は魔族を、この国に生きる民たちを生きて残すために、この戦争を一刻も早く終わらせたい」

( )……」

( )魔王が死ねば、俺が即位する。そうしたらすぐに降伏し、この戦争を終わらせるつもりだ。それを約束することを条件に……君は俺の首を持って、この国がゲイバムの同君連合国として王の庇護を賜れるよう申し立ててほしいのだ」

( )グーク王子、君は……!」

( )ハイアート殿。君は、君自身がいくらそれを嫌おうとも、世界の救世主であり英雄だ。英雄の献言であれば、王も聞き届けてくれよう。頼む、俺に力を貸してくれ」

 ( )ぼくは納得が行かなかった。

 ( )この国が彼を失うなんてことが、決してあってはいけない。

( )分かった。ぼくは君に協力したいと思う。ただ……ぼくは君の首を取ることはできない」

( )それは無理だ。戦争を起こした以上、敗戦国は相応の落としどころがいる。常識的に考えれば、王を処刑しないわけにはいくまい」

( )しかし……」

 ( )ぼくは右の耳たぶを撫でながら少しの間思慮にふけった後、おもむろに言った。

( )……そうだな、逆にぼくから取引を申し入れたい。もし君の協力の元に迅速に魔王が倒され、無為に消耗せずに戦争を終わらせられたなら、ぼくは君から王権を剥奪し連盟軍により魔界を占領統治する。そして魔界の建て直しを行い、国力を回復した暁には君を王として魔界を王政復古し和平を結ぶ、という見返りでどうだ」

( )なんだと!」

 ( )グークは驚愕を隠せずにいた。まるでバカを見るような顔をしているな、とぼくは胸の内で密かに自嘲した。

( )なぜだ。そんな回りくどいやり方をした挙句、国を譲り渡すなんてあり得ぬ。そもそも俺を生かしておく理由など──」

( )ある」

 ( )ぼくはグークの言葉をぴしゃりと遮った。

( )君には道理がある。理由は、それだけで十分だ。それに、ローシロムブ連盟軍を創って魔界に対抗したのは他でもないこのぼくだ。いわばケンカを買ったのだから、ぼくにはこのケンカを、ぼくが考える理想的な形で終わらせる責任がある」

( )理想的な、形?」

( )そうだ。この国が、本当にこの国を愛する者たちの手で治められるという、理想的な形だ」

 ( )グークは、身体を震わせて、うつむいていた。

 ( )テーブルの上に二つ、雫がこぼれ落ちてできた染みを、ぼくはそっぽを向いて見ないふりをした。

( )──それでグーク、その迅速に魔王を倒すための君の協力についてなんだが……君は、魔王の城に密かに潜り込むのに良い経路や手段を知らないか?」


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