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そんなつもりじゃなかった。

 「し、失礼ながら、お話、聞かせてもらいました」

 見るからに緊張している彼女をよそに、僕は小声で尖六に聞いた。

 「誰?」

 もともと女子なんてみていなかったことに加え、今は幼女化している奴の名前なんてわかるはずもない。

 「あー、俺もあんま印象ねーけど、クラスメイトの瀬川せがわさんだよ。あんまり目立たない子だな」

 「ふむ。地味な子か。そんな子が僕らに何の用だろう」

 「知らねーよ。てか直接本人に聞けよ」

 「あ、あのっ!」

 相手にされなかったのがよほど響いたのか彼女は涙目だった。

 「私……瀬川せがわ……奈七ななって言います……。それより、さっき、違和感がどうのって……」

 言葉が途切れ途切れなのは普段話しかけることのないであろう男子、それを2人同時に相手しているからだろう。気持ちはわかる。

 「あー。あれはゲームの話で……」

 尖六にこそ話したものの、ほとんど話したことのない普通の女子高生である瀬川さんに話しても9割方信用してもらえないだろう。

 ごまかそうとしたのだが、彼女は続けた。

 「私、感じてるんです……。違和感を。」

 大きく目を見開く。

 今、彼女は何と言ったか。

 違和感を感じている?この世界に?

 「本当に!?」

 ガタっと机をたたいて立ち上がる。

 喜びのあまり声が大きくなってしまった。

 クラスメイト達も何事かと注目している。

 瀬川さんに至っては涙目っていうかもう泣いている。肩を震わせて泣いている。

 そんな僕たちを見て、何も知らない人はどう思うか。

 予想を裏切らず周りの視線が冷たく刺さる。

 「ご、ごめん、大声出して。それよりも、さっきの話、本当?よかったら、具体的に聞かせてくれないかな」

 言いながら座りなおす。周りの視線は相変わらずだが、今はそれよりも彼女の言葉の方が気になるため、無視する。

 無視する。痛いけど無視する。

 痛いけど……。

 「ええと、理由まで、話せませんが……。なんとなく、違和感を感じてて……。お友達に、言ってみたけど、みんな、気にしすぎだって……。そしたら、河端君たちの、話が、聞こえてきて……」

 「なるほど。じゃあ具体的に何に違和感を持っているか、教えてくれないかな」

 そういうと、瀬川さんはなぜか赤くなった。

 「言わなきゃ……、ダメ、ですか……?」

 「勿論。言ってくれないと困る。君が唯一の手掛かりかもしれないんだ!」

 少しでも手掛かりがほしい。そのためにも、違和感を持っている箇所は重要だ。もしかすると僕たちとは別の理由で違和感をもっていて、勘違いだったということもあり得る。

 瀬川さんはまた泣きそうな顔になったあと、うつむいてぼそぼそっとつぶやいた。

 「――です」

 最後のですは辛うじて聞き取れたが、肝心の部分が全く聞き取れない。

 「え?ごめん、聞こえなかった」

 耳を瀬川さんの方に向け、今度こそ聞き取ろうとする。

 瀬川さんはさらに顔を赤している。もう湯気が出そうなくらいだ。

 「――ぃ、ですっ」

 やはり聞こえない。僕が難聴なのか、それともやはり瀬川さんが謎に恥ずかしがっているからなのか。

 さらに耳を近づける。

 「ごめん、もう少し大きな声で言ってくれる?」

 そこで何かを察したらしい尖六が止めに入ろうとしたが、すでに遅かった。

 「お、おっぱいです!バカ!」

 耳が痛いほど大きな声で叫び、彼女は自分の席に戻っていった。

 なるほど、そりゃ恥ずかしがるわけだ。

 再びクラスメイトの視線が刺さる中、昼休み終了のチャイムが鳴った。


 放課後。

 瀬川さんと話したかったが、気づいた時にはもういなかった。

 まあ無理もない。勇気を出して話しかけた男子にあんな辱めを受けたのだ。僕だったら一生もののトラウマだ。

 「尖六、今日何か用事あるか?」

 「いや、特にねえな」

 「じゃ、帰るか」

 我が校は文武両道を謳っていて強制的にどこかしらの部活に入部させられるため、早く帰ってゲームがしたい僕と尖六も、むりやり選択を迫られた。

 僕は特に入りたいところもなかったので尖六と同じ部活にしたのだが、この文芸部が当たりだったようで、部活とは名ばかりでほとんど活動はしていない。

 活動するとしてもやれ詩を書けだの、作文を書けだのしかないので、家で終わらせることができた。

 そのため僕らは授業が終わり次第帰宅しているわけなのだが、部活だけでなく途中まで帰る方向も同じなので予定が特にない時はたいてい一緒に帰る。

 靴を履き替え、外に出る。

 「いやー、お前も鬼畜だよなー」

 尖六は頭の後ろで手を組みながら言った。

 「あんなおとなしい子を泣かせた挙句、あんな事言わせるなんてなー」

 「ちょっと黙れ。声が大きい。ああもう、ほら、何人かこっち見てるじゃないか。これからはそれ禁句な。僕の中でもトラウマになりつつあることなんだから」

 こいつは人の傷口を簡単に抉りやがる。気遣いが足りないんじゃないか。

 尖六はにやにやしている。

 ――いや、こいつ確信犯だな。

 校門を出たところで、尖六は真面目な顔で話しだした。

 「でもさ、ある意味幼女化に感謝しないとかもな」

 真面目な顔といったが、何も真顔で話しているわけではない。入学式の日に友達になったのでまだ2か月くらいしか経ってないが、こいつはいつもヘラヘラ笑っている。

 ただ、そのヘラヘラにもレパートリーがあるのだ。今回は真面目な部類のヘラヘラだ。

 「縁起でもないこと言うなよ」

 僕は笑って返したが、尖六は真面目な表情のまま続けた。

 「でもさ、初めて見たぜ?女嫌いのお前が、普通に女の子と会話するとこ」

 言われてみてハッとする。

 僕にとっては幼女でも、尖六やこの世界の人間からしてみれば瀬川さんは普通の女の子なのだ。

 常に女性を避けていた僕が普通の女の子と会話しているのは確かに珍しいことなのだろう。

 ――それにしても、なんで普通に会話できたんだろう?相手は幼女とはいえ“女性”なのに。

 「ま、それはおいといて、問題はあのミスだよなー」

 気づけば尖六はいつものにこにことしたヘラヘラ顔に戻っている。

 「折角の手掛かりなのにお前がへましたからなー。もう話してくれるかわかんないぞ」

 「気の重くなること言わないでくれよ。これ以上心に負担がかかると死にそうだ」

 軽口を言い合いながらも、真剣に考える。

 尖六のいう通り、折角見つけた手掛かりを逃すのは痛い。

 とりあえず明日もう一度謝ってみようと心に決め、残りの帰路を歩いた。


 「昨日は本当にごめん!僕の気遣いが足りなかった!」

 翌朝、いつもよりも早く登校して、瀬川さんが教室に入った直後に謝った。

 昨日話したときはさほど意識していなかったが、彼女は幼女ではないのだ。

 家に帰り、その事実を改めて確認したとき、恥ずかしさが込み上げてきて体の芯から熱くなり、数十分間ベッドの上で転がり続けた。

 「……」

 しかし瀬川さんは冷たい目線で僕をにらみ、そっと自分の席についた。

 朝が早いこともありクラスメイトは少なかったが、いつもは遅刻ギリギリにくる尖六の姿もあった。

 そのほとんどは僕と瀬川さんのやり取りを見ていなかったようだが、尖六はしっかりみていたようで、必死に笑うのをこらえていた。

 頭を下げたポーズのまま固まっていた俺は、その恥ずかしさを紛らわすために、そして単純に尖六にいらついたために、彼にそっと近づき、みぞおちに一発かました。

 彼は笑いながら痛がり、ホームルームの間ずっと腹筋を抱えて悶絶していた。


 昼休み。校舎裏の日陰にぽつりと設置されているベンチで、僕は尖六と昼食をとっていた。

 この場所は穴場で、どの場所も騒がしくなるこの時間、数少ない静かな場所だった。

 そこで僕は再び彼女のことについて相談していた。

 できればこいつには相談したくなかったが、他に相談できる友人がいないため仕方がない。

 「しょうがないな。この尖六様が女の子と仲良くなる秘訣を教えてやろう」

 尖六は胸を張り、自信満々に答えた。

 「はっ、童貞が何を言っているんだか」

 「お前、相談してきたくせに無礼だな。童貞ってとこは否定しねえが、ほれ」

 そういって彼はスマホを差し出した。

 見たところ、スマホを使っているのなら誰でも利用しているであろうSNSアプリが開かれている。

 そこには連絡先を交換した人の人数や、やり取りの履歴が表示されている。

 「見よ。これが俺の戦闘力だよ」

 そこには友達の数212と記されていた。

 「な、なにいいいい!?戦闘力212だと?バカな!お前も僕と同類だと思っていたのに……」

 戦闘力……。それは社会的な強さ(リア充ステータス)の証明。

 僕に至っては母と尖六、そして中学の頃の同級生数人などで占めて11人なのに。

 「驚くのはまだ早いぜ。連絡先をよく見てみろ」

 そういわれ、1人1人のプロフィールを見ていく。

 「こ、これは……!半分が女子だ!ということは……」

 戦闘力の計算において、異性の連絡先の数は5千倍される。つまり――

 「ああ、俺の戦闘力は53万だ」

 「バ、バカな!?フ○ーザクラスだと!?」

 ありえない。フ○ーザクラスともなると、学校1のイケメン、マドンナレベルだ。

 「お前、どうやってそんな力を……?」

 尖六はフッと笑い、制服の内ポケットから一枚の写真を取り出した。

 写真にはむっきむきのボクサーが写っていた。髪も薄く茶色に染まっており、顔も美形だ。さぞかし女性にモテるだろう。

 「尖六……。お前、そんな趣味が……」

 女性にモテるだろうとは思ったがなぜそれを尖六が持っているのか。その答えはひとつしかないだろう。即ち尖六はホ――

 「違うから!どう考えたらそうなるんだよ!これは俺だよ。むかしの俺」

 なるほど、言われてみれば面影が――

 「ねーよ!どこをどう改造したらこうなるんだよ!」

 今の尖六は痩せてはいるが写真よりは若干太っている。髪の色も黒だし、眼鏡をかけているからかこんなに美形には見えない。

 なにより背丈が明らかに違った。写真のボクサーは後ろに移っているロッカーから見てかなり小柄だろうが、今の尖六は比べ物にならないほど背が高かった。

 「ならば俺の本当の姿を見せてやろう!」

 そういって尖六はおもむろに立ち上がると上着を脱ぎ、そのままシャツも脱ぎ捨て、上半身を露わにし、上腕二頭筋を見せつけるマッスルポーズをとった。

 「見よ、この肉体美。ボクシングはやめたが未だに筋トレは続けてるからな」

 言いながら今度は背筋を見せつけてくる尖六。

 「お前が着やせするのはわかったから服を着ろ」

 しかし今度は胸筋を見せつけてくる尖六。

 「しつこいぞ。服を着ろといっているだろう。お前の裸など見たくもない」

 ふりだしに戻り上腕筋を見せつけてくる尖六。

 しかも今度は何を思ったかつま先立ちでチョコチョコと近づいてくる。

 立ち上がり、それをかわす。

 「やめろ気持ち悪い!」

 「気持ち悪いとはなんだ!」

 今度は胸筋を見せつけながら走ってきた。

 ――いや誰が見ても気持ち悪いだろう!

 逃げるが、以外にも尖六は速く、追いつかれ――

 そのまま胸筋で押し倒された。

 「フハハハハッ!筋肉を馬鹿にするものは筋肉に泣くのだ!潰れろ!」

 筋肉をごりごりと押し付けてくる。

 「やめろ!暑苦しい。お前何かキャラ変わってないか?というか、こんなところ他の誰かに見られたら――」

 かつっと、足音が聞こえたときにはもう遅かった。

 ああ、これがフラグってやつかとその恐ろしさを再確認しつつも、足音の主を見上げる。

 足音の主は顔を真っ赤にして、え?え?と戸惑っている瀬川さんだった。

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