頭痛と胃痛のコンボ。
いったい何が起きているのかすぐには理解できなかったが、うっすらと、頭の奥の方では理解し始めていた。
明らかに異常事態ではあったが、今まで何本ものアニメやゲームをプレイしてきたおかげだろうか。
深く深呼吸する。
そして、カッと目を見開き――
そのまま倒れた。
薄れゆく意識の中、驚いた様子の幼女の顔が見えた。
「――う」
なんだろう。どこからか声がする。
「――ぞう」
やめてくれ。悪夢を見ていて気分が悪いんだ。しばらく一人にしておいてくれ。
「小僧!」
「うわあああああああああああ!」
暗く、何もない世界。
地面を踏む感覚さえもなく、暗い闇が広がっているのみ。
そこに立っていたのはいつぞやのおっさんだった。
「まったく。人の前に来るたびに叫びおって……」
「会いたかったぞこんちくしょー。これはいったいどういうことだ!?なんでうちの母さんが幼女になってる!?」
おっさんはにやっと笑って答えた。
「ほ~、小僧、よくあれがお前の母だとわかったな。親戚の娘だとか思わなかったのか」
「生憎、僕に親戚なんていないんでね。知らない幼女が家に来るなんて考えられないし」
詳しくは知らないが僕には親戚がいない。いるのかもしれないが、会ったことはない。
昔は気にしていたが、母には聞きづらく尋ねていない。今では、聞く必要性も特にないし、この世の中には知らない方がいいこともあると、割り切っている。
「それよりもどういうことだよ?ていうか、やっぱりあれは母さんなんだな?説明してもらうぞおっさん」
「む……?説明も何も、小僧が望んだことだろう?俺は小僧の願いを叶えてやったにすぎん」
おっさんは平然としていう。
「あの状況で言われても冗談かなにかだと思うだろ?普通。まあいい、とにかく元に戻してくれ」
確かに僕の方も少しくらいは悪かったのかもしれない。だがわざわざゴミ捨て場で寝るなんて、自分はゴミですと言っているようなものだ。
そんなおっさんの言うことなど、誰が信じるだろうか。
しかし、事態は思っているよりも深刻だった。
「戻す?そりゃあ無理だ」
開いた口が塞がらないとはこのことだ。
勝手に節介を焼いたくせにその後始末をできないとはどういうことか。
「俺はすでに小僧の願いを叶えてやった。これ以上小僧の願いを叶えてやることはできん」
そろそろ我慢の限界だった。ロジリフのプレイ時間を邪魔された挙句この仕打ちだ。
「お前っ……いい加減にしろよ!何様のつもりだよ!」
おっさんは再びにやりと笑う。
「神様だよ、小僧」
こいつは何を言っているのだろう。
どこの世界に粗大ごみのような神がいるのだろうか。
「いや~、天界で酒飲みながら賭博やってたんだがよ~。三大天使が三人とも怒りやがってよ。人界に堕とされた挙句仕事してくるまで帰ってくるなと。厳しーよなー」
いや、粗大ごみ以下だ。こんなふざけた理由で僕が迷惑しているというのか。
僕の我慢は限界を超え、爆発した。
「それで……。神の仕事ってのが世界を混乱に陥れることだったってのかよ?」
自然と声も大きくなる。
「いいからさっさと元に戻せよ!迷惑なんだよ!僕は……。僕はただ、ゲームが早くやりたかっただけなんだ……」
そう。ゲームがしたかっただけなのに。
なぜ、こんな目に合うのか。
自称神のおっさんは俺を見て、はぁーっとため息をつき、頭をぽりぽりと掻きながら言った。
「俺の仕事は、善良な人間にそれなりの対価を与えることだ。いいから、この世界を少し見て回れ。ほら、もうそろそろ起きる時間だぞ」
どこからか僕を呼ぶ声がしてくる。と同時に、強い眠気に襲われる。
反論する暇もなく、僕の意識は再び落ちた。
目を覚ますと、そこはさっきの暗い世界とは反対に明るい世界だった。
次第に意識もはっきりとしてくる。だんだんと、周りの状況も見えてくる。
ベッドで寝ているようだが僕のベッドではない。左上にはテレビがあり、右側には窓がついている。
病院だった。心配そうに僕を見つめる母の姿もある。
「大丈夫?悟」
やはり母は幼女と化している。夢ではなかった。
正直、まだ頭はくらくらするが、一応大丈夫とだけいっておく。
「とりあえず、看護師さん呼んでくるから。おとなしくしててね」
これからどうするべきかを考える。
あの自称神は元に戻すことはできないと言っていた。
だがこのまま見過ごすことはできないだろう。
どうにかできないだろうか。もう一度あの神が堕ちてくるのを待つ?いや、それではダメだ。また堕ちてくるかどうかも、同じ場所に堕ちてくるかもわからない。
何か方法はあるはずだ。この状況を打開する攻略法が……。
「お待たせしました。こんばんは、河端さん。気分はどうですか?」
聞きなれない声が聞こえてくる。
そういえば、と母さんが看護師さんを連れてくると言っていたことを思い出す。
しかし、声は聞こえるものの、あたりを見回しても肝心な看護師さんの姿が見えない。
まさかと思いつつ、視線を下に下げてみると――
――いた。
「え、ええ、大丈夫です。もうこの通り元気で……」
――そういえばあのクソ神、僕の願いを叶えたといっていたな。
そう、僕の願いは母さんを幼女にしてくれとかいうどこぞのマザコンみたいな願いではなく、世界中の女性をみな幼女にしてくれという重度のロリコンのような願いだった。
一応断っておくが、僕はロリコンではない。断じて。
「本当に大丈夫ですか?顔色がすぐれませんが……」
「ダイジョウブデスヨ。ハハハ……」
この看護師が幼女だということは、やはり世界中の女性が幼女化してるということだろうか。
頭痛に加え胃が痛くなるのを感じながら、退院の手続きをすませた。
翌朝。
今日こそ学校を休んでやろうかと思ったが、現状の把握を優先したかったので行くことにした。
「んじゃ、いってきます」
「いってらっしゃーい!あ、今日お母さん、飲み会で遅くなるから、悪いけど夕飯適当にすませといてね」
そういって母はウインクした。
たまにこういうことがある。うちは母子家庭で母が稼いでくれている。
なので仕事仲間との付き合いもあるだろうと理解している。
いつもは年甲斐もなくウインクかよと呆れていたものだが、幼女化した今はいささか様になっていた。
家を出て、住宅街の中を歩く。不安でいっぱいだ。入学式の時を思い出す。
――懐かしいな。うちの学校はなぜか女子比率が高いから、怖かったんだよな……。
本当ならばこんな高校行きたくなかった。
僕の地元は田舎で学校が少なく、3校しかない。僕が通う自称進学校の路里高校、工業系の粗歩最高校、唯一の私立校、無仮高校の3校である。
母子家庭でお金のない僕が私立に行くのは難しく、また同じ理由で遠くの高校へ通うわけにもいかない。かといって僕は将来なりたい職があるわけでもなく、半強制的に今の高校へ通うことになった。
成績は十分に足りていたし、そんな感じで高校を決めたのでろくに下調べはしなかった。女子が多いという事実は入学式の日に母から聞いて初めて知ったのだ。
ちなみに中学の頃の友人はみな他の2校に行ってしまい、心細い中尖六と出会うのだが、それはまた別の話。
住宅街を過ぎ、通学路へ出る。学校までは歩いていける距離なので交通費がかからなくて助かっている。
歩いていると、小学生とすれ違った。
近くには小学校があるので時々すれ違うことがあるのだ。
その中に違和感のある子がいた。
背丈は同じくらいなのに、その子は私服ではなく僕の高校と同じ制服を着ているのだ。
どうやら本当に、この世界の女性はすべて幼女と化してしまったらしい。
よく周りを見渡せば、OLらしきスーツを着た幼女や、畑を耕す幼女もいる。
なんとも異様な光景であるが、この光景にも慣れてきたようで、頭痛や胃痛はなかった。
はあーっと深いため息をつき、学校までの道を急いだ。
教室のドアを開けると、やはり幼女が目に飛び込んでくる。その中に混じって、一人背の高い親友の姿を見て、安堵の涙が込み上げてくる。
教室に入っていきなり泣き出した僕を見て、尖六が駆け寄ってきた。
「おいおい、どうしたんだよ。何かあったのか?」
「尖六。お前がまともでいてくれてよかった……!それより、何か違和感はないか?」
「なんだよそのすがる様な目は……。違和感があるといえば、教室に入ってきた瞬間に泣き出したお前にだよ」
大きく肩を落とす。やはり、か。
これだけ大きな、異常な変化があったというのに大騒ぎになっていないことから想像はついていたが、幼女化は違和感なく受け入れられているらしい。
「んなことよりよ、ロジリフ、どうだった?クリアしたんだろ?」
言われて思い出す。そういえば、いろいろなことが起こりすぎて全くプレイできていない。
「クリアできてないです……。というか、ほとんど進んでないです……」
今になって悲しみがあふれてくる。それが涙となって再び頬を伝う。
「おいおい、泣くなって。お前がロジリフできてないなんてな。何か相当の理由があったんだろ?話してみろよ」
「お前でもきっと信じてはくれないと思うが……。」
今まで起きたことを話すと、尖六はうつむき、深刻そうな顔をしたあと――
盛大に噴き出した。
「ぶっハハハハッ!お前、それ本気かよ!ゴミ捨て場で捨てられてたおっさんが神?そんでもって世界中の女性を幼女に変えてくれと願った?傑作だなこりゃー!」
やはり信じてもらえないかと落ち込んだが、尖六はひとしきり笑ったあと、左手をスタイリッシュに顔に当て、言った。
「だが信じる。」
どこかで聞いたことのある台詞だったが、うれしかった。
「お前のロジリフ愛は知っている。そんなお前がプレイできない理由といったらそれくらい奇想天外な理由があってもおかしくないだろう?」
「尖六……!」
本当にいい親友をもったものだと思う。
そして、また涙となって三度頬を伝うのだった。
「しかしな~。幼女化か。よし、じゃあちょっとこれを見てくれ。」
昼休み、尖六がスマホで3枚の写真を順番に見せてきた。
「この写真の女の子たち、いくつに見える?」
女性嫌いな僕が女性の年齢なんてわかるかどうか心配だったが、1枚目から、小学校低学年くらい、小学校高学年くらい、高校生くらいに見えた。
そのまま尖六に伝えると、尖六の顔がひきつっていった。
「お前……。さっきまで7割くらい信じてなかったが、これで6割まで晴れたぜ」
「信じてくれたんじゃなかったのかよ!台詞言いたかっただけかよ!僕の涙を返せ!」
「その涙、3分の2は俺のせいじゃないだろ。それより正解発表だ。1枚目から順に、17、22、67だ」
僕の顔までひきつる。
いかに女性の年齢がわからなくとも、最後の67くらいはわかってもいいはずだ。だが写真の女性はどこからどうみても高校生だった。
「嘘だろ…」
「その顔を見て5割まで減ったぜ」
それでも半信半疑じゃないかと突っ込む余裕はなかった。
「尖六、どうやったら元の世界に戻ると思う?」
「んー?俺からしたらこれがもう元の世界なんだがなー」
――1人が2人になったところで何も変わらない、か。
「あの、ちょっといいですか?」
僕たちの話に割り込んできたのは、クラスメイトの幼女だった。