引っ越し
引っ越しは4月の終わりにした
いいって言ったんだけど都内に住む弟が当日手伝いに来てくれた
車で来てくれたから結構助かった
前のマンションで使っていたベットは引っ越し業者さんに頼んで捨ててもらったので、引越し先近くのホームセンターに敷布団買いに行ったりして
そこで弟は引っ越し祝いと言って自転車を私に買ってくれたし、早めの夕飯はアパート近くのお蕎麦屋さんで天ぷら蕎麦をご馳走してくれた
「嘉一、ごめんね、引っ越し手伝ってもらった上に夕飯までご馳走になっちゃって」
「ははは、いいよ、いいよ」
「でも良かった、姉ちゃんが変な男と別れて」
変な男…
「何年一緒にいたの?」
「六年」
「六年かー、花の二十代の半分以上も」
「なんかもったいなかったね、失われた六年」
失われた六年?…
「俺さ、まさか姉ちゃんがこういう人生送るとは思わなかったな」
「言っちゃ悪いけど尻すぼみの人生だよね」
「ホント、言ってくれるね…」
「それに私の人生総括するには早すぎるよ」
「まだ平均寿命の半分も生きていない」
「ん〜でもさ、三十って女の人にとっては中間決算期みたいなもんじゃん?」
「俺漠然と姉ちゃんは三十くらいの時はそこそこエリートの男と結婚して子供は二人いて…なんて考えていたからさ」
「小学校のときなんか、けっこういろんな先生におっ、美希の弟か〜随分感じが違うなって言われた」
「姉ちゃん美少女だったし、ハキハキして頭も良かったし」
「それに比べ俺、引っ込み思案だったし成績も超平凡だった」
「まあ、姉ちゃんがブチ切れたときの恐さは家族のみぞ知るって感じだったけど」
「横中のマドンナ…なんて言われた時代もあったのに…なんか色に狂って没落したね」
色に狂って…
「没落っていうか…私はただ早生だっただけじゃないかなって思うよ」
「なんにでも早生と奥手ってあるじゃない?」
「中学に入った頃から勉強もそれほどできなくなっちゃったし」
「後から伸びる子の方が本当の実力があったりするんだよね」
「ふふ、高校受験に失敗した頃からちょっと潮目が変わったよ、私」
「就活もボロボロだったし」
「その代わり嘉一の運が伸びたよね」
弟は給料の出る大学校に入り、そのままその省庁に就職した
「それなりに努力しましたよ私は、姉ちゃんに追いつき追い越そうと」
「そして貯蓄額でぶっちぎり引き離しこうして姉ちゃんにお蕎麦ご馳走してあげてる」
「…ありがとうございます」
そう言って私は素直に頭を下げた
嘉一は親が自慢できる職についただけではなく、結婚を考えてる育ちのいい彼女がいる
きっちりステレオタイプの幸せを手に入れている
ん?あれ…もしかしたらお母さん
嘉一のために私を結婚させようとしている?
嘉一が結婚するとき、向こうの親戚とかにああ、三十過ぎてるけど結婚していない姉がいるんだって思わせないように?
なんだかなぁ
でもまあいいや
今はボロクソ言いながらもいろいろ気づかってくれる弟がいることを幸せに思おう
この海老の天ぷらの旨味と共に弟の情けが身に染みるし‥
自転車、ほんとにありがたい
結局私は会社の近くのアパートを借りた
会社まで自転車で7分
築16年の鉄骨2階建て、二階の一番東側
家賃四万三千円の部屋
廊下に申しわけ程度の流しがある六畳のワンルーム
トイレとお風呂場が別になっているのがありがたい
啓司と出会って引っ越す前に住んでいたところもこんな感じだった
そしてケータイもスマホに変えた
これでマリッジゲートのパソコン使いに通わなくてすむ
会社の人にあのビルに入るところを見られるリスクが減る…と思ってたんだけど…
会社の人たちは、特に女子はみんな知っていた
私がマリッジゲートに入会したことを
引っ越し先から弟がプレゼントしてくれた自転車で初めて会社に出勤した日に私はそれを知る