藤田くん
「ごめん、なんか変な話聞かせちゃった」
「藤田くんは残業帰りだった?」
「うん、そう」
「俺も前はよく総務に行って菊川さんに愚痴聞いてもらっていたから」
「そうだね、研究職で入ったつもりなのに、二年だけ営業をやれって言われてそのまま営業になっちゃったもんね、藤田くん」
「なまじ社交的だったのがアダになったね」
「はは、ホントだよ」
「どーせ営業するならこんな小さい塗料会社じゃなくて、給料のいい証券会社とかに入ればよかった」
「今はもう諦めたけどさ、新入社員の頃はもやもやしたよ、ずっと化け学学んできたのにって」
「…新入社員の頃は藤田くん口説いてきたよね」
「断ったらさ、じゃあお互い三十まで独身だったら結婚しようとか言って」
この私の言葉に藤田くんは、ひえっと言う感じの顔をした
「や、や、若い頃菊川さん可愛かったから、あっ今も可愛いけど」
「俺独身だけど彼女いるからっ」
なに焦ってんの?
馬鹿ね、迫ったりしないわよ
ふふ…
新入社員の私は誘えても、三十になった私は無理ってことか
「ねえ藤田くん、私うっかり余計なこと話しちゃったけど、もし藤田くんが会社で今日のこと話したりしたら…」
「私もいろいろ話しちゃうかもよ?」
「うっわ、こえっ」
「菊川さん、彼氏、菊川さんのそういうとこ怖くて逃げ出したんじゃないの〜」
そう言って藤田くんは最後に憎まれ口をたたいた
いや、でも少し人に話してスッキリしたな
私は帰りの電車の中ではっきり馬鹿だねって言ってくれた藤田くんに感謝した
…今まで親兄弟や地元の友達にもさんざん言われてたんだけど…
耳に入ってこなかった
啓司を養うばかばかしさを
だいたいあいつはアンニュイな文学者を気取っていたけどエセだったよな
親を嫌っていたわりにはたまに家に帰っていい服買ってもらったり、美味しいもの食べさせてもらったりしていた
国民年金も健康保険も親に払ってもらっていた
もちろんスマホ代も
それでいて、家族に愛されてこなかった的な小説書いて雑誌に採用された
なんだかすごくちゃっかりしている
ほんのちょっとアルバイトでもして三万でも生活費を入れてくれたら、それだけで私はずいぶん楽だったのに、面接受けたくないとか人に頭下げたくないとか言って働いてくれなかった
本当の貧乏と不自由さを味わってきたのは私だけなんだ
未だにガラケーだし、化粧品もスーパーで安いの買ってる
牛肉なんか正月に実家で食べたきりだ
それもかなり肩身の狭い雰囲気の中で
ほんと、馬鹿みたいだったな、私
もしかしたら良かったのかもしれない
ずっと啓司と一緒にいるよりは、裏切られ、別れることになって…
一年前だったらなお良し…だったか?
さあ、指示どうり結婚相談所に入会したからお金出してもらえるな
どのあたりに引っ越そう
やっぱり会社の近くがいいよね
家賃安いし通勤もラクだし…
でも…何でかな…
東京を離れたくない気もする