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啓司

「私ね、六年間収入の無い男を養っていたの」


「うちの安い給料で」


「誘われた飲み会を断ったり、お昼塩おにぎりにゆで卵だけの質素な手作り弁当を食べていたり、毛玉のついたコート着てたのも節約して貯金したかったわけじゃなくてほんとにお金がなかったの」


「この前初めて彼が書いた小説が雑誌に載って、ささやかだけど原稿料が振り込まれて、その通帳見て共に喜びあった数日後だった」


「彼が浮気していた相手が妊娠したって聞かされたのは」


藤田くんはげげって顔をした

あー面倒くさい話を聞くことになっちゃったよって顔

完全に引いてる


かまわず話を続ける


「だから部屋、追い出した」


「一緒に暮らしてた部屋引っ越したいかけど、ほんとにカツカツでやってきたから私には貯金が無い」


「親に泣きついて引っ越し代貸してって頼んだら、お金出してくれるって言ったの」


「結婚相談所に登録すれば」



「はあはあ、なるほど、三十女の親の気持ちが出てるね」


「いや、なんか菊川さんのイメージ大きく崩れたわ」


「しっかりしてるから、ダメ男と同棲するタイプには見えない」


「多分マンションでも買うために一生懸命貯金してるのと思ってた」


「みんなそう思ってるよ」


「俺、ガツガツ金貯めるよりおしゃれして玉の輿とか狙らったほうが効率いいのにってずっと思ってた」


「せっかく美人なんだから」


「ねえ、その無収入の男のどこがよったのさ」



「さあ…いっぱいあるような、無いような…」


「今となってはよくわかんない」


「特別優しくもなったし、顔も地味で背も高くなかった」


「医者の息子だったけど、その割には行儀も頭も良くなかった」


「六年前、彼が大学四年で学校やめちゃってプラプラしているときに、国立国会図書館のロッカールームで出会った」



「国立国会図書館?へえ、菊川さんそんなとこに出入りしてたんだ?」

 


「入館前に手荷物をロッカーに預けようとして私が落とした百円玉が転がって啓司の足元で止まった」


「ほんとに信じられないくらい長い距離転がったんだよ?」


「しかも直角に曲がったの、あの百円玉」


「なんかそれがすごく不思議で、神様がなにかを教えてくれたような気がしちゃったの」



「…乙女だね」



「お姉さん、百円玉ロッカーに入るの嫌がってるよ、こんなとこまで逃げてきて…この百円俺に助けを求めてきた」


「これちょうだい、代わりに俺の百円玉あげるからって言われて…」



「う…悪いけどちょっと痛くない?その男」



「ふふ、そうかもね」


「そのときは言われたとおりに百円玉交換して別れたんだけど二ヶ月後に偶然また国会図書館で会って」


「少し話した後、彼は私の部屋に遊びに来てそのまま自分の家に帰らなくなっちゃった」


「もう自然にするりと私の部屋に住み着いた」


「実家では優秀な兄といつも比べられてダメ人間扱いされていたみたいだから逃げ場を探していたんだと思う」


「書いてた小説も家族問題ばかりテーマに選んでいたし」


「彼はしょっちゅう国会図書館に通ってたから、彼が永田町に通いやすいように私は東京に引っ越した」



「え…自分は千葉の会社に勤めてるのに?」


「馬鹿だね」



「うん、ほんと、馬鹿」


「わざわざ家賃の高い東京で暮らすなんて」


「ふふ、浮気相手とも国会図書館で出会ったんだって」


「私の手作りのおにぎり持って通っていた国会図書館で…」


「なんか笑えない?」



「あちゃー」

「…ねえ、もう一度聞くけどその男のどこが良かったの?」



「強いて…言えば…」



「強いて言えば?」



「信じられないくらい美味しくカップ焼きそばを作ってくれた」



「は?」



「料理とか全然できない人だったんだけど、ただ彼の作るカップ焼きそばがほんとに美味しかった」


「麺の硬さとか、均等なソースの混ぜ具合とか」


「面倒くさがってたまにしか作ってくれなかったけど」


「私はこの世の食べ物の中で彼の作ったカップ焼きそばが一番好きだった」




「…惚れてたねぇ」とため息混じりに言う藤田くんの一言にまた涙が出そうになったけど、寸止めした


少し、喋りすぎた

口止めしなきゃ



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