市立図書館
それは啓司と別れて二年半後、私が32歳の9月のこと
布津さんとの再会は市立図書館でだった
私は前の週に借りた本をもとあった場所に返すため本棚の間を縫って歩いていた
フエルトの手芸関係の本二冊に犬の飼育の手引書一冊、遺伝子の仕組みをわかりやすく絵本にしたものが1冊
実は最近会社の後輩達と競ってフエルトのマスコットを作っている
ふわふわの羊毛を専用の台の上でチクチク針を刺し形作ってゆく
美希さんの作る物はどこかシュールだと言って笑われる
同じ物を作っても純ちゃんのうさぎは無邪気な感じがする
沢さんの作る物はどこか勇ましい
うさぎなのに…
もともと手芸は好きだった
けど手芸って意外と材料費がかかる
お金が無かった頃はあきらめなければならない趣味だった
今はほんのちょっと貯金もあるし、ゆったりした気持ちで趣味を楽しめる
借りた本を戻し終え、今週借りる本を入り口近くのおすすめ新着図書コーナーで物色する
なんか心引かれる本がないなぁと思って顔を上げたら本を平らにディスプレイしてあったテーブルの向こう側をすっと見覚えのある人が通った
「あっ」と小さく声が出た
それに気づき布津さんが振り返る
この時、瞬間的に思ったことがある
それは…
コラーゲン飲んでてよかった、だった
実際以前会ったときよりも私の肌年齢は若いはずだ
ああ、こんなこと考えてしまうんだなあ、女というのは
自分自身のためにだけコラーゲン飲んでるんじゃなかったのか?私
「あ、美希さん…」
そう言ったっきりしばらく布津さんはぼうっとした顔をしていた
少ししてから布津さんがテーブルを回って近づいてきて話しかけてきた
私はとっさに布津さんの左手の薬指をチェックしてしまった
指輪…してない…
「美希さん…以前は失礼なことしてしまって」と言う布津さんの言葉を遮るように「気にしてませんからっ」と答える
少し声が大きかったみたいでカウンターの職員がちらりこちらを見た
「あの…美希さん、ご結婚は?」と尋ねられた
「していません」と答えたあとに私も質問する
「布津さん…なぜここに?」
「確か布津さん本を読まない人だったんじゃ…」
「あ…まあ、実は…」
「美希さん…外出ませんか?」
職員の目を気にした布津さんの申し出に図書館正面の自動扉から外に出る
玄関を出ると右斜め前方にポールの上に付いたまん丸い時計が目に入る
布津さんと私は出てその時計の向かいにある図書館の壁際に沿って置いてあるベンチに向かった
そこでベンチには座らす私達は立ち話をした
9月のまだ強い日差しが、昼下がりのベンチを熱くしていたので
「あの、なぜ布津さん図書館に?」
「実は…自分美希さんとの交際を断った後すごく後悔して、時間が経ってもなんか気になって、それをマリッジゲートを退会する時荻野さんに話したら、美希さんの理想の人は本を読む人だからもう一度会いたいなら本を読みなさいよって言われて」
「そしたら縁もつながるわよって…」
「そしていつかどこかで偶然美希さんを見かけることがあったら、角で待ち伏せしてぶつかりなさいって」
「そうすれば相手は運命感じてくれるからって」
「男の人は結果が大事だけど、女の人は出会いを含めてプロセスが大事だからって教えてくれた」
「それで、少し前からここに通ってた」
「美希さん市立図書館に近いのが気に入ってアパート決めたって言ってたの覚えていたから」
「会えないかなぁと思って…」
「あ…別にストーカー行為とかじゃないんですよ?!」
「本も借りてちゃんと読んでたからっ」
「キモイとか思わないで下さいよ!?」
急に布津さんが焦りだした
そんなこと思わないよ
だって私…
布津さんと初めて食事することになったときに布津さんが口にしていたお蕎麦屋さんにたまに行っていた
バス乗り継いで
私は美味しいお蕎麦が食べたいだけ、と自分に言い訳しつつも心の奥底では偶然布津さんに会えないかなあと思って…
私たち、似たりよったりのことしてた