影
中途半端だけどアップ。一応、時代は三国。
奇跡があるのなら、神がいるのなら、あの時すでに助けられたはずだ。そんな都合のいいモノは存在するはずもない。分かり切ったこと。ゆえに、自分に蓋をし壊れないように施した。自分が自分である以上に生きていく為に必要な事だった。言い訳だと理解出来ていても、それ以外思いつかなかった。
普通の日常だった。戦争なんて、争いなんて身近にない出来事で。気づけば、知らない土地にいた。奴隷商人にさらわれ気づけば奴隷。あえていうなら、戦争用の使い捨ての駒として買われたのが良かった。自分が使い勝手の良い駒になっていけば、簡単に切り捨てられることはない。僅かな希望に縋り付いた。必死で技を磨き、吐き気や悪寒に耐え、顔に出さずにし黙々とただ任されたことのみやっていた。
簡単に捨て駒にされないように。簡単に切り捨てられないように。ただ彼らの望む以上に働けるよう心がけた。相手の先を読んで行動した。
気がついたときには、平然と顔色一つ変えずに人を殺せた。人を嵌めれた。誰かの為なんて出来やしないから見捨てた。自分の身が一番可愛い。自分の為だけに力を上げ技術を磨く。罵られようが悪意を向けられようが変わることない一線。
自分が自分でいられる為の一線。いや、もうすでに半分以上壊れかけていた自分の――ほんの欠片を壊さない為の自己防衛だった。
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眼が覚めれば見慣れない天井が眼に映った。
(…………。ああ、失敗したんだった)
任務はいたって簡単だった。ある人物の暗殺。暗殺はもう慣れていた。屋敷を進入するのも、目標人物までは安易に近づけた。――だけど、失敗した。
(あれは……、軍師の腕ではないだろう)
見た目はスラッとした美青年だった。だが、油断をすれば殺される土地にいた。――いや、力をつけなければ切り捨てられる。ゆえにそれなりの技量はあったはずだ。外見に惑わされずに、本気で切りにかかったハズだった。それをいとも簡単に防がれた。死を覚悟した。どちらにしても失敗は死を意味した。良い駒で簡単に切り捨てにくい存在になったとはいえ、リスクを冒してまで救いに来るほどの存在にはなっていない。切り捨てられることなど分かり切っていた。
(そもそも、ここはどこだ)
普通は牢に入れるだろう。だが、いるのは客間と思われる部屋の一室。そもそも、防がれた時に力量を悟った。敵わないと。どちらにしろ、失敗すれば自分に待つのは死のみ。首に手刀を入れられたときに、奥歯に仕込んでいた毒をかみ砕いて飲み込んだ。意識が薄れゆく中なら、大した痛みもなく死ねるだろうと思って。そもそも痛覚などないに久しかったが……。
身体に若干の気だるさが残っている。夢ではない。だが、味方が救ったわけではないだろう。あそこはそういった場所ではない事をよく理解していた。だとしたら考えあられることは一つ。だが、理解出来なかった。
思考回路が読めない者は恐い。何を考えているか分かれば防ぎようはある。だが、分からなければ防ぎようがない。
(とんだ、弱者だ。今も昔も)
慣れれば慣れるほど、昔の事を忘れていった。今では、名前すらおぼろげで思いだす事もない。――にもかかわらず弱いという事実は変わらなかった。死にたいといくら願っても恐怖ゆえに死ねなかった。弱かったから。ある意味、望んだ結果だったのだろう。心の奥底で望んで、そういった結果になって
(でも、結局は馬鹿みたいに息を吸っている)
身体をゆっくりと起こす。流れる汗、ベトつく衣服に眉を寄せ――そして固まった。視界の端に見えたモノに。
(気配を感じなかった!?)
すぐさま跳び起き、近くに武器になりえるモノを探す。だが生憎とそんな都合のいいモノはなかった。ゆえに構えた。そこには、自分が殺しに来た軍師が微笑んで立っていた。
「初めまして。眼が覚めて何よりです。なんせ、三日三晩寝ていましたからね。具合はどうですか?」
綺麗な顔に笑みを浮かべ近寄ってくるソレに、恐怖が沸き上がった。得体のしれない恐怖。ああ、こういうのはどうしても麻痺してはくれないと自嘲気味に思いながら彼女は強気に笑う。だが、それも次に放たれた言葉によって消し飛んだ。
「私の部下になる気はございませんか?」
「は?」
思わず間抜けな声を上げた。そもそも一般論として自分を殺しに来た者を勧誘するはずがない。それゆえに除外されていた可能性を言われて困惑するなというのが無理な話だった。いや、彼女の立場からしてそんな奇異な事を言うのは――考えるのはいなかった。
のちに主従関係を結び、王佐の才と呼ばれた荀彧――字を文若と二五六番――文若により雨雷と名付けられた者の出会いである。
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「馬鹿げたことを言うな。それが自分を殺しに来た人間に言う言葉か」
何も喋る気はなかった。ただ、気がつけばそう言っていた。もしもの為の、拷問の訓練は受けている。痛覚は、とうの昔に無くなった。――いや、おそらくは自分が壊れるのを恐れて麻痺させていったというのが正しいのかもしれない。――ただ、黙っていればよかった。なのに、気がつけば言葉に出して言っていた。確かな小さな変化だった。
軍師は気にせずに淡く笑い、近くのイスに腰掛けた。不思議と嫌な気はしなかった。
「あなたは私を殺しに来たわけではないでしょう。いえ、事実殺しには来たのでしょうが、それはモノのついでではありませんか?相撃ちになればいい程度の事でしょう?」
疑問を投げかけられるが、明らかに確信持って言われた言葉に何も返事することなく、ただ下を見つめた。それは軍師から荀彧からしてみれば肯定しているようなものだった。
「死に場所を探していたのではありませんか?いえ、ココを死に場所にしたのでしょう」
「何故、そう思う」
答える必要はない。なのに、気がつけばまた口を開いていた。
(この、温かい声音が悪い)
耳に響く心地いい声が悪い。そう悪態付きながら返事を待つ。何故、ばれたのか。いや、自分自身最近になってようやく気がついたことを、何故気がつくことが出来たのか。ずっと心の奥底に封じてきたものだった。己を守る為だけに。
「あなたは今の主あるじに忠誠を誓っているわけではない。でも、瞳には覚悟が見えました」
「……」
理解出来なかった。それなりに表情の誤魔化しは得意である。ゆえに、言われたことの理解が出来なかった。そもそも忠誠など起きるはずない。自分は利用されているだけだし、自分も生きる為に利用しているだけだった。
(眼で、分かるか。恐ろしいな)
「そもそも、あなたが本気で来たのなら私も無傷ではいられなかったでしょう。私は頭脳労働が本職ですよ。いくらなんでも、肉体労働を本職としている方と同じ土俵で互角以上には戦えませんよ」
冗談めいた言葉に笑う。あきらかに手慣れた手つきだった。もう何人も手にかけた。本気だった。それを平然と見ずに細腕で受け止めたのだ。無駄のない洗練された動き。ソレを同じ土俵ではないなど、どんな化け物が潜んでいるのか聞きたいくらいだ。
(何が、同じ土俵で戦えないだ。アレは明らかに歴戦の猛者の眼だったぞ)
それなりに場数を踏んでいる。相手が己より強いか弱いかなんてすぐにわかる。見極めが戦場において己の命を左右するといっても過言ではない。弱者は相手の顔色を見ないと生きていけない。ゆえに笑った。どんな時でも弱みを見せてはいけない。余裕めいて見せようと笑った。だけども無駄だった。
「辛ければ、我慢しなくてもいいんですよ」
「何……が」
ポンポンと一定のリズムで頭を撫でられる。返事を聞く前に液体が、頬を伝ったのを感じた。
(あの時も、涙もろくも出なかったのに…………泣いているのか?)
悲しくはないハズだった。辛くもないハズだった。だから、涙も出ないハズだった。そんな思いとは裏腹に涙は眼から溢れ出し止まらなかった。
ゆっくりと頭を引き寄せられる。気がつけば抱きしめられていた。久々に感じる、人の温もり。悲しい、つらい、苦しい。一度自覚していくと、それ以外の感情が浮かばなかった。
(何故、止まらない。何故、何故)
止めようと思っても、止まることなくあふれ続ける。この世界で初めて、泣いた。声を押し殺して泣き続けた。
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「落ち着きましたか?よければ名前を聞いてもいいですか?」
「……」
彼女は喋らなかった。いや、喋れなかった。前に呼ばれていた名など忘れた。今言われているのは名などではない。期待に添えないだろうと判断したからだ。ただ、ずっと言葉を待ち見つめてくる瞳に居心地が悪くなった。
やがて、掠れた声で言う。
「それは名前などではないでしょう」
呆れたように言われても、それ以外呼ばれていないし言いようがない。困ったのを察してか――彼女自身の表情筋はほとんど機能していないに等しいのだが――荀彧は少し考えるようにして言った。
「よければ私が名前をつけても?」
「……」
答えることなく彼女は下を見つめる。それを肯定と受け取った荀彧は、両手で彼女の顔を自分に向けさせた。黒髪に黒い瞳。おそらくは自分より数歳歳下だろうが、ソレより若く見える顔。
(どんな生き方を――いえ、考えれば分かり切った事ですが……あまりにも)
己の感情を外に出さずに微笑む。ただそれは、作り笑いではなく心から本心からのモノだった。
「雨雷というのはどうですか?」
「う……らい」
「ええ、雨雷です。あなたにピッタリだと思うのですが」
(うらい、うらい……雨雷。悪くはない)
何度も名前を繰り返し頷く。悪くはない。ココに来て初めて思えた感情の数々。彼女の――雨雷の答えは決まったも同然だった。そんな彼女を察してか荀彧は笑う。
「ふふ、では改めて自己紹介をしましょうか。私はそうですね……文若と呼んでくれれば構いませんよ。雨雷」
「ぶん……じゃ、く様?」
「ええ」
無意識に雨雷は文若の胸に頭をすりよせる。それは今まで甘えられなかった反動なのかもしれない。無意識に行動をしていた。無論、そんなことは荀彧には知る由もない。ただ、察しはついていた。
「そろそろ、離してください。ご飯を持ってきてあげますから」
「……」
中々、手を離さない雨雷に文若は苦笑しながらも無理に手を離させようとはしなかった。結局、手は離してもらえずに彼女は寝た。寝てからも案外、力は強いモノで仕方なく上着は脱いで彼女にかぶせてから部屋を出た。
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温かい手。感じることのなかった温もり。何も意図もなく接したとは思えないし、何かしらあるのは理解していた。それでも、構わないと思ってしまった。
ハマったのは彼女かあるいは
設定だけあって、書いてなかったのその1。
一応、続く。