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東方天照月  作者: 如月真琴
Chapter1 いつか見た幻想
7/8

第5話  いつまでも、これからも。

「…………」

「…………お、おう」

「いや、そんな微妙な反応をされるとすごく気まずいのですが。ここは一つ主人公らしく、ハッと驚いてみたりですね――」

「そうなんだ、すごいね」


 まぁ、驚いたんですけどね。ただ横文字が多すぎて一瞬理解が遅れただけだ。

 それに《女神ゲームマスター》なんていう、聞いたこともない役職名に面食らったのもある。その場のノリだけで名乗ったようには思えないが、一体どれだけ偉い人なのだろうか。あまり大物のオーラは感じないのだが。


「――ふぅ、この語り口は私の友人が考えてくれたものですが、やはり大袈裟すぎて名乗ったことを後悔しかけましたよ。次回からは無難なものを一人で考えましょう」


 ニユリウスは気恥ずかしそうに目を逸らすと、明後日の方を向いてぶつくさと呟いている。本題がなかなか前に進んでくれない。それとも互いに言葉の意味を咀嚼する時間でも設けてくれているのだろうか。

 それにしてもシンプルな空間だ。部屋の広さは有り余るほどだが、正面の巨大モニターと周辺機器を除けば家具らしい家具もなく、壁紙は白一色で統一されている。マンガで表現するなら背景塗りの手間が省けて楽そうだが、ゴチャゴチャしたものを好む私のような現代人には物足りなさを感じさせる。まずはキッチンやトイレが見当たらない件について。

 それに比べ、天井に映し出される景色はまぁまぁ興味を惹かれる対象だ。


「あれがデネブアルタイルベガ……」

「君は指さす夏の大三角。……そろそろ本題に戻りましょうか。話を右へ右へと脱線させるのは私の悪い癖なのです。まずは何から話しましょうか」


 そこで言葉を一旦区切ると、彼女は意味ありげにクスリと微笑みを浮かべた。

 ニユリウスも下地が美少女のそれなので、こうした何気ない仕草も可愛らしく映える。しかし可愛さ余って憎さ百倍というやつだろうか、苛立ちが募るだけだった。

 もう一度パフェに会いたい。あるいは空飛ぶ少女と話がしたい。そんな思いが私の中で爆発の兆しを見せている。


「幻想郷というものの概要はさっき説明した通りです。――それで、あなたは察しの通り、ただの人間だということを肝に銘じてください。一般的に妖怪や神なんかとは比べ物にならないぐらい弱い種族です。だから些細な出来事で死んでしまった。

 けれど、あなたは特別な人間です。それは私の話を聞くまでもなく、パフェの話を聞くまでもなく、最初《第1話》の時点であなた自身が気付いているはず」


 相変わらずクドくて中身の薄い台詞の中で、唐突に問いかけてくるような口調。それこそがニユリウスの得意とする話術なのだろう。さきほどの女神ゲームマスターという役職の本分が、何だか理解できたような気がする。

 彼女は何でも知っているのだろう。聞けばどれくらい答えてくれるのだろう。


「あのさ……ニユリウス」

「はい、何でしょうか」

「私が目覚めたとき、昔のことを全て忘れていた。その中身をもし知っているなら、今あなたが教えてくれないかな?」

「…………」


 我ながらトンチンカンな発言だったように思える。これがニユリウスじゃなければ全く相手にされなかっただろう。しかし彼女は万知万能まちばんのう女神ゲームマスターなのだから、きっと答えを示してくれるはずだと思い浮かんだ。

 ニユリウスは困惑したような、あるいは憐憫したように目を細め、しばし間を取っていた。やがて口を開き、次なる(NEXT)道《STAGE》を言い渡すために――。


「……申し訳ありませんが、私から教えられることは何もありません。あなたの過去は自分で見つけるべきであり、それこそ琴音がここで生きることの意味なのですから」

「…………へ??」


 予想外に難しいことを言われ、何が何だか混乱してきた。

 私は幻想郷で暮らしてきた。その証拠を見つけるために、ここで生きている……?


「いや、言ってる意味が分からないよ! 私は記憶喪失で困っているんだ! もしも解決できる方法があるなら、それを――――」

「あなたの過去を封印したのは、私ですので」

「…………はあ!?」


 一瞬理解が遅れ、一瞬で理解した。

 だとすれば私が次に取るべき行動は決まっている。

 目の前に居る、お澄まし顔の女神に掴みかかり、そのまま取っ組み合いの喧嘩に持ち込む。

 抵抗されるかと思ったが、存外あっさりとニユリウスは私の意のままに倒れこんだ。感情のままに、思い切り彼女を睨みつける。ニユリウスはそうされることを覚悟していたのか、眉一つしかめることなく私の激昂を受け止めた。

 それだけで怒りが収まったわけじゃない。感情のままに、何度も何度も彼女の顔を殴りつける。――何かに阻まれて彼女を傷つけることは出来ず、その右手は透明な壁を打ち続ける。悔しくて、涙が溢れ始めた。

 やがて糸が切れたように動けなくなった私は、そのままニユリウスの身体と重なるように倒れ込んだ。裾にギュッと爪を立てて嗚咽を漏らし、白い服を涙で濡らす。

 不意に頭を撫でられ、顔がカッと熱くなった。


「もう……何なんだよ……!」

「……今はそれでいいですよ。琴音」

「アンタは一体……何がしたいの?」

「その答えも、あなたが見つけるべきです」

「私は一体……何をすればいいの?」

「過去を知りたいのでしょう? ならば自分の力で歩き出すべきです。私はあなたにちょっとした能力を授けるため、こうして接触しただけですから」


 どこまでも優しげに、ニユリウスは私に手を差し伸べる。これが人と女神の差だとでも言うのだろうか。絶対的な力と知識の差を見せつけられていた。

 気付けば彼女の腕に抱擁されていた私は抵抗することも出来ず、彼女の中での儀式が終わるまで、悔しさと恥ずかしさを耐えていた。


「これからあなたは、何度も辛い思いをするでしょう。力や優しさだけでは解決できない問題にも直面するでしょう。逃げても構いません。戦っても構いません。全力で選んだ道なら、後悔する必要もありません。琴音はあなた自身が思うより、ずっと恵まれた人物なのです。感受性の尽き果てるまで全力で往きて、想像力の枯れるまで何度も挑んで、生命力の消えるその時まで諦めないことが大事です。

 ――あなたが次のレベルになるには、あと 2253の経験値が必要です。私はここでずっと見守っていますから、活躍を期待していますよ。琴音」

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