beginning
高校3年、4月。
昇降口に入り、新しい自分の靴箱を探す。
伊吹 真心。
名前を見つけ、そこに靴を入れる。
「まこちゃん、おはよう」
後ろから声をかけられ振り向くと、
去年同じクラスだった子たちだった。
「おはよう」
笑顔を作り、返す。
上手く言えたかな。
その子たちは仲良く話しながら
歩いて行ってしまった。
知らず知らず詰めていた息を吐き出す。
緊張してるのはいつも自分だけ。
相手の顔色ばかりうかがっている。
そんな自分が、嫌いだ。
新しい教室はすでに生徒の声で満ちていた。
緊張して強張った手でカバンを持ち直し、
息を詰めて教室に入る。
無表情を心がけながら、人と目が合わないように
急いで自分の席を探した。
名前のせいでいつも前の方になるのは嫌だが、
すぐに席が見つかったので、今だけは感謝する。
ようやくホッと息を吐き、こっそり周囲を
確認する。
前から2番目の席で、右は廊下に面した壁
だ。
前の席の子はまだ来ていない。
後ろは去年同じクラスだった子だ。
そして、左には男子がすでに座っている。
こっそり顔を見てみるが、見覚えはない。
一度も同じクラスではなかった人のようだ。
憂鬱になってきた。
去年同じクラスだった子たちにさえ
緊張しているのに、初対面はさらにハードルが
高い。
しかも見ている限り、ずっとうつむいて
誰とも話していない。
彼と話すのは他の人より気を使いそうだ。
その時、彼がこちらを見た。
不意打ちに頭が真っ白になる。
どうしよう、何か話さないと。
「…あ、あの、私、隣なんだ。よろしく…」
情けなく尻すぼみになる。自分でも
笑顔がぎこちないのが分かる。
手に汗が滲んできた。
すると、相手は何も言わず頷いた。
…あまり良い雰囲気じゃない?
「えっと、名前聞いてもいい?
あ、私は伊吹真心、です…」
穴に入りたい。でも、これから
のためにも今やらないと。
すると彼は胸ポケットからメモ帳を出し、
シャーペンで何か書くと、紙を切ってこちらに
突き出した。
ぶっきらぼうな行動に、内心ビビりながら
受け取る。
ーー上田希、
しゃべれないから返事は筆談でする。
思わず持ち主を見る。
上田くんはすでに、
もう用はないというようにこちらを見ていない。
ポケットに手を突っ込み、足はだらしなく伸ばし、
だるそうに背もたれに背を預けている。
長めの前髪で表情が分からない。
全身から話しかけるなというオーラが
出ている気がする。
「よ、よろしく。上田くん」
彼はちらりとこちらを見ただけだった。