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お題☆短編集

06.要注意人物

作者: 雪嶋おとお

要注意人物


「廊下は走らないように」


落ち着いた声が廊下に響き渡る。

その声の持ち主は髪の毛を七三に分け、銀縁の眼鏡をかけた男だった。

腕には風紀委員長という腕章が付けられ、胸元の名札には「里中圭一」と書かれている。


里中は学生服のポケットからシールのようなものを取り出した。そして目の前にいる男にペタリと張り付ける。


「二年A組、伊達太一。一点減点」


すると里中の後ろにいた風紀委員、これまたメガネの女は一字一句漏らさず、手持ちのノートに書き記した。

伊達は里中を睨みつけ、軽く舌打ちをしてその場を立ち去った。

その様子を生徒達は訝しげに見つめている。そしてひそひそと小声で話し始めた。


「厳しすぎるぜ風紀委員のやつら」

「ほんと、何様よ。減点減点ってうるさいよね」


その会話が聞こえたのか里中は周囲をギロリと睨んだ。

まずい、と思ったのか生徒達はその場から逃げるようにそそくさと立ち去った。


「では、教室に戻ります」


里中はそう言うと廊下を歩き始めた。そしてメガネの女もその後をついて行こうとした。

すると背後から、バタバタと騒がしい足音が聞こえてきた。

廊下を走るなと先ほ注意したばかりなんだが!と怒りを感じながら、後ろを振り向いた瞬間、金髪の女が里中の横を勢いよく通り過ぎて行った。


「ヤバイ!早く宿題出しにいかないと!ゴリゴリに怒られる!!!」


注意する間もなく、女は角を曲がり里中達がいる廊下を走り去って行った。

一瞬呆気にとられていた里中だが、はっと我に返り、目の前にいる風紀委員にこう告げた。


「君は先に戻っていてくれ。私はあの女に減点処罰をしてくる」



「失礼しましたー」


だるそうな声で「科学室」とプレートに書かれた教室の扉を閉める生徒。

その生徒は先ほどの金髪の女だった。口を尖らせながら廊下をとぼとぼと歩く。


「1分遅刻したぐらいで…ゴリゴリはうるさいなぁ」

「1分でも遅刻は遅刻だ」


ぴしゃりと鋭い声が女に投げかけられる。周りに生徒は誰もいないため、その声は廊下中に響き渡った。


「あれ、風紀委員長。アタシに何の用?」

「何の用だと?二年C組、佐々木リオ。お前に減点処罰をしに来た」


その声色と醸し出す雰囲気から感じ取られるのは「怒り」だった。

鋭い瞳でリオを睨みつける。普通の人だったら逃げ出すところだが、リオは不思議そうな顔をして里中を見つめた。


「減点処罰?あぁ、もしかしてさっき廊下走った時のこと?」

「話が早いな。その通りだ。しかしそれ以外だけはない」

「えー?他に何があるの?」


その言葉を皮切りに、里中の心の何かブレーキのようなものが弾けた。

眼鏡を片手で上げ、大きく息を吸いこんだ。そして―


「まず、その金髪。髪の毛を染めるのは校則違反だが?それになんだその制服は!やたら短いスカート、ボタンの開いたシャツ、指定以外のカーディガン!!いいか校則にはこう書いてある、スカートはひざ丈、制服のシャツは第一ボタンまできっちりと締めること、そしてカーディガンは指定のものを着用することと!それから……」


相手に反論をさせる隙を与えないように、次から次へとまくし立てるように話す里中。

そんな里中の様子を、リオは上から下へとじっと見つめていた。その表情から察するに、恐らく里中の話はほとんど聞いていない。

すると突然、リオは里中につかつかと近づいていった。

リオの行動に気付いた里中の一瞬の隙を突き、銀縁の眼鏡を奪った。


「なっ!な、な何をする!?」


予想外の行動に里中は、自分でも珍しく狼狽していた。

あまりに唐突すぎて自分でもどうしていいかわからず、そう叫ぶのが精いっぱいだった。

そんな里中の反応もおかまいなしに、リオは眼鏡を片手で持ち、十数センチの距離まで顔を近づけた。


「へー!意外と綺麗な顔してんじゃん♪」


とても嬉しそうにニッと笑うリオ。

距離も近いことのあるせいか里中の顔は徐々に赤く染まっていった。


「か、返せ!!」


上昇する顔の温度を否定するかのようにリオから目線を外し、里中は叫んだ。

そんな思いも知らずにリオはあっさりと眼鏡を里中に返した。


「メガネない方がかっこいいよ、圭ちゃん」

「けっ、圭ちゃん!?」


なんなんだこの女は!次の行動が全く読めない、と里中はますますパニックに陥る。

返せと言われて返してもらった眼鏡をかけるのを忘れてしまうくらいに。

そんな里中を見て、リオは目を光らせにやりと口角を上げた。


「あと…」


リオは突然里中の頭部に手を伸ばした。

すると髪の毛をぐしゃぐしゃとかき乱す。まるで犬を可愛がるかのように。

一つの乱れもなく綺麗に整えられた髪の毛が崩れていく。


「お、おい!」

「あっやっぱり!前から思ってたけど整えない方がかっこいい!!」


里中の頭から手をどけると、満足そうに笑った。

次から次へと出てくる突拍子のないリオの行動に、もはや里中は空いた口がふさがらない。

するとリオの鞄から携帯電話の着信音がした。

リオは鞄から携帯電話を取り出し慣れた手つきで確認すると、驚いた顔になった。


「ヤバイ!バンド練習忘れてた!!アタシ行かなきゃ!またね圭ちゃん♪」


里中にウインクをして鼻歌を歌いながら廊下を走るリオ。

パタパタと階段を駆け下りる音が響く中、里中は茫然とその場に立ちつくしていた。

「校則違反」ということに関しては人一倍うるさい彼が、携帯電話の使用や廊下を走るという校則違反を忘れてしまうほどに。

やがて足音が聞こえなくなると、里中は我に返った。


「くそっ…!校則違反者を見逃すなど俺らしくもない…」


眼鏡を掛け直し、胸のポケットから櫛を取り出して髪を整える。

この数十分間で起こった出来事を思い出す。

しかし思い返せば思い返すほど、怒りが沸いてくるのではなく、胸の高鳴りが大きくなっていく。

里中の頭に浮かんでいたのはよく笑うリオの姿だった。


「あいつは…要注意人物だ」


それがどういう意味での注意なのか、彼はまだ知らない。


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