書店で君と
私はとある書店でアルバイトとして働いている。もともとマンガとかラノベが好きで、ファッション雑誌もよく愛読している。本好きには書店がオススメだと友人に言われ、面接で楽々雇ってもらえた。もう働き始めて数ヶ月といったところだ。時の流れは本当に速い。
この店には、毎週、決まった時間に本を買っていくお客がいる。本の種類はマンガやラノベから、数学の参考書や哲学書など、いろいろだ。けれど、決まった時間に買いに来る以外は、一見なんら特徴もないただのお客だ。なのに私は彼のことが気になっている。
よく見ると、整った顔立ちに、短くさっぱりした印象を与えてくる黒髪。筋肉質な腕が袖から覗き、胸筋が軽くシャツを押し上げている。なんというか、普通に街で見かけそうなただのスポーティーな雰囲気の細マッチョな青年だ。ただ、感情の一切をどこかに置いてきてしまったような無表情は、良く言えばクール、悪く言えば非情に見える。そして、店員である私とのレジでの受け応えは、これ以上ないほど淡々としている。あまりの淡白さに、彼が本当に人間なのかどうか疑いたくなるほどだ。
マンガもずっと無表情で読んでいるのではないだろうか。その光景を想像してみた。……作家さんが少し気の毒に思えた。
彼はなにを考えているのだろう。もしかしたら、なにも考えていないのかも。いや、哲学書なんていう私が一生読むことのないだろう本を買っていくのだ。なにか難しいことでも考えているに違いない。
今日は金曜日。つまり彼が来店する曜日だ。そして今は午後七時頃。そろそろ彼が来店する時間帯だ。
あ、来た。彼だ。
「いらっしゃいませー」
お、今日は科学系の書籍のコーナーか、それともその隣の心理学コーナーか。彼の足取りには迷いがなく、すぐに棚に隠れて姿が見えなくなった。そういえば、彼は見たところ大学生っぽいけど、理系なのか文系なのか、いまいち判断できないな。
思ったよりも早く、彼がレジに向かってきた。けど、おかしい。なにも持っていない。目当ての本がなかったのだろうか。
「すみません。この本を探しているのですが、こちらには置いておられないのでしょうか」
丁寧かつ、淡々とした抑揚のない口調でそう言いながら、彼は紙を手渡してきた。
「今在庫の確認をしますので、少々お待ちください」
それを受け取ると、私はレジのすぐ近くに置いてあるパソコンに書名を打ち込む。在庫は……なかった。とはいえ、この人が訊いてきた時点で予想していたことだ。
「申し訳ありません。在庫にはございませんでした。お取り寄せすることができますが、どうされますか?」
「では、それでお願いします」
彼も私の言葉を予想していたのだろう。受け応えにいつも通り色がない。
「少々お待ちください」
私は注文のために業者に電話を掛ける。在庫があることを確認できた。
「はい。ではこちらの用紙に名前、住所、電話番号等をご記入ください。身分証を拝見してもよろしいでしょうか」
「はい」
彼はすでに財布から取り出していた運転免許証を丁寧に私に手渡した後、私から用紙とボールペンを受け取ると、早速書き始めた。私は免許証と用紙の住所等を見比べながら、感心していた。彼は書道をやっていたのだろうか。とても綺麗な字だ。それにすらっとした長い指にも見惚れてしまいそうだ。
彼が書き終わったのを認めると、間を置かずに声を掛ける。
「では手付け金として、えー……」
「いえ、全額払います」
私の言葉を遮るように、彼はそう申し出てきた。もうすでにお金を取り出している。手慣れているなぁ。よく注文するのだろうか。まぁ、この人なら不思議はない。
「はい。ちょうどお預かりいたします。少々お待ちください」
レジに移動して会計を済ませる。レジから吐き出されるレシートを手に取りながら、私は焦っていた。
さて、どうしよう……。話しかけてみようかな。いや、でもなんか、軽くあしらわれそう。ううん!弱気になったら負け!よし、何気ない感じで……。
「いつも難しそうな本を読まれるのですね」
レシートを手渡しながら、何気ない感じを装って話しかけてみた。言ってから、チラ、と一瞬彼の顔を覗き見てみる。め、目が合った!ヤバイ!顔が急に熱くなってきたっ。私はすぐに目を逸らした。心臓がうるさいくらいに早鐘を打っている。れ、冷静に、冷静に……。
「あなたはいつも通り、お美しいですね」
一瞬、周りの音の一切が消え、時が止まったような錯覚を覚えた。その魔法は一秒にも満たない時間の間に解け、すぐに音が戻ってきた。
「……えっ?」
だが、空白の後に待っていたのは混乱だった。え、え、……と意味を持たない呟きだけが、頭の中で木霊するのみ。
「では、来週また来ますね」
彼は私の顔を見たまま、ふっ、と軽く微笑んでから踵を返すと、ゆっくりと店から出て行った。
「ぁ……はい……」
これは……夢ですか。




